婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)

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第三章

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「父上、ディアのことはおまかせください」
 大きな体で大きな瞳を潤ませているコンラット公爵に長兄が伝えると、なぜか母親であるサフィーナの方がぽろぽろと泣き出して、愛娘をぎゅっと抱きしめた。

「お母さま、お兄さまもお義姉さまもいらっしゃいますから……」

「えぇ、そうね。あなたがこちらに戻って来ることを、楽しみに待っているわ」
 両親に背中を押されたリューディアは、兄家族と共に魔導車へと乗り込んだ。魔導車は動力が馬ではなく、魔宝石に封じられている魔力によって動く車両。馬と違い、途中で休憩などを挟まなくても良いし、単純に速度も出る。
 ヘイデンとイルメリは並んで座り、その向かい側にリューディア。そしてなぜか彼女の両脇に甥っ子であるミルコとヴィルがいる。リューディアの服装も、普段屋敷にいるときのようなドレスではなく、動きやすいようなワンピース姿。動きやすそうな服装であるのは、何もリューディアだけではない。ヘイデンもイルメリもミルコもヴィルも。郷に入れば郷に従えということのようだ。

「ああ、なるほど」
 と魔導車が動き出したところで、感心したようにリューディアが声をあげた。
「魔宝石が足りなくなると、こうやって魔導車を動かすこともできなくなるのですね」

「そうだ」
 足と腕を組んで、背もたれに寄り掛かりながらくつろいでいるヘイデンは大げさに頷く。
「俺たちの生活は魔宝石によって支えられているからね」

「ですが。その、採掘現場において、わたくしがお役に立てるのでしょうか?」
 リューディアにとってそれが不安だった。もしかして、足手纏いになるのではないか、と。

「あるよ。採掘部隊の仕事はいろいろあるからね」
 そこでヘイデンが右手の人差し指、中指、薬指の三本を立てた。
「採掘部隊の仕事は大きく三つにわかれるんだ。探鉱たんこう採鉱さいこう選鉱せんこうの三つだ。まずは一つ目」
 と、人差し指だけになる。
探鉱たんこうと呼ばれる仕事だが。これは、魔宝石の原石が眠っている場所を探す仕事。今はボワヴァン山脈のシャルコの街に近いところに原石があるのがわかっているから、そこを採掘している。だが、そこを掘り尽くしてしまったらどうなる? また新しい採掘場所を探さなければならない。それはボワヴァン山脈の別な場所かもしれないし、もしかしたら、他の山脈かもしれない。山脈でなく、どこかの地下かもしれない。そういった魔法石の原石が眠っていそうな場所を探していくのが探鉱の仕事だ。これは一日でできるような仕事ではなく、何日も何年もかけて、次の採掘場所を探していく。もちろん、その採掘場所に人が住んでいたらどうなる? そういうことも加味していかなきゃならないから、何気に地味な仕事なんだ」
 ヘイデンの口調が熱い。こうやって好きな物を語るときに、ついつい熱が入ってしまうのは技術者の特徴でもある。

 そして彼の指は中指も立った。
「次に採鉱さいこうと呼ばれる仕事だ。主に俺とイルメリがそれについている。これもその名の通り、原石を採るための仕事だ。だが俺たち魔導士団が担当するのは採掘そのものじゃない。採掘がスケジュール通りすすめられるように調整したり、採掘現場の安全を管理したりするのが俺たちの仕事。だから、前回の崩落事故は、まあ、俺の失態だ……」
 そこで悔しそうにヘイデンは顔を歪める。
「現場で実際に採掘にあたっているのはシャルコの街の人間だ。彼ら、少し頑固なところはあるが、まあ、あれなんだ。職人気質って呼ばれるようなあれだな。だけど、腹を割って話せば、悪い奴らじゃない。口は悪いが」
 リューディアはこの兄をそこまで言わせてしまう現場の人たちに興味を持ったのだが、それでも少し不安になってしまう。

 ヘイデンの立てている指が再び三本になった。
「最後が選鉱せんこうと呼ばれる仕事だ。これは採掘した魔宝石を選定する仕事。天然ものだから、不純物が混ざっていたり、形が崩れていたりする。そういったものを選別して取り除くのが選鉱の仕事だ。イルメリはもともと選鉱を専門としていたが、今回の人手不足によって、選鉱から採鉱に異動している」
 イルメリの名前が出てきたときに、彼女はちょっと苦笑していた。何か、あるのだろうか。

「それで、わたくしのお仕事は?」
 そこでリューディアは目眼の弦に手を伸ばして、眼鏡の位置を押し上げた。

「ああ」
 再びヘイデンは大げさに頷く。
「ディア、お前にもその採鉱の現場で働いて欲しい。まあ、事故のおかげでその現場から離れてしまった魔導士たちがあまりにも多くてな」
 とまた苦笑している。
「大変な仕事ではあるが、やりがいのある仕事だ。先に行った通り、俺もイルメリもそこで働いているから、知らない人たちに囲まれるよりは、まだ俺たちと一緒の方がいいだろう?」

「え、ええ、そうですね」
 ヘイデンの話を聞きながら、リューディアは膝の上にのっている二つの頭を優しく撫でていた。車両に乗り込んだ時は、我先にと口を開いた二人の甥っ子だが、はしゃぎ疲れたのか飽きたのか、今ではリューディアの膝枕ですやすやと眠っている。

「重くない?」
 イルメリが聞いてきたが、重くありませんとリューディアは答え、頭を撫でる手を休めることはなかった。

「そうだ、リューディア。前々から言っていたように、お前の名前はリディア・オーストンということになっている」
 魔導士団の採掘部隊で仕事をするにあたり、ヘイデンはリューディアに新しい名を与えていた。オーストンという姓はイルメリの実家のもの。つまり、リューディアはイルメリの妹という設定になっているのだ。
「まあ、俺たちはお前のことをディアと呼ぶから、あまり気にはならないと思うが」

「リディア・オーストン……」
 リューディアは新しく与えられた名を口にする。それを口にしただけで、新しい自分になれたような気がするのが不思議だった。
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