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第三章
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魔導車はコトコトとシャルコの街へと向かっている。リューディアはシャルコの街で、兄夫婦が住んでいる官舎にお世話になる予定である。部屋は空いているから、リューディアの為に一部屋、もしくは一軒家を準備することも可能なのだが、元々引きこもりのリューディアを一人で生活させるにはいささかというよりは大変不安であったため、イルメリが一緒に暮らしましょうと提案してくれた。これには二人の甥っこも大喜びで、大喜びの結果が今、リューディアの両脇を陣取ってこうやって幸せそうに眠りについている、というわけである。
王都から魔導車を走らせること二時間。シャルコの街の外れの官舎に着いた。ここは魔導士団の採掘部隊に所属する人間が住んでいる一帯であるらしい。
車両から降りると、乾いた土の匂いがした。空の終わりがすぐに見えてしまうのは、すぐそこにボワヴァン山脈があるからだ。
「うわぁ。本当に王都とは違うのですね」
リューディアはつい、きょろきょろと周囲を見回してしまう。王都の街も数える程度しか行った事のないリューディアではあるが、それでもあそことこのシャルコの雰囲気が違うことくらいわかる。
「ディア。悪いがここに侍女はいない。自分のことは自分でやるようになるから、それだけは覚えておいてくれ。ただ、手伝い人を雇うことはできるから、手の回らないところは手伝ってもらっている。だが、基本的に掃除や洗濯、料理は全てイルメリがやっている。できれば、イルメリのそういったことも手伝ってもらえると、助かる。まあ、俺も少しはやるのだが……」
と最後の方の声が小さくなっていくのは、ヘイデン自身は大したことをやっていないから、なのか。
「まあ、お義姉さまが? はい、わたくしにできるかどうかわかりませんが。手伝わせてください」
「あらためてよろしくね、ディア」
「こちらこそ、お世話になります」
そうやって官舎の前で、今後の心構えの話をしていたところ、一人の青年がこちらに気付いたようで声をかけてきた。
「あ、部隊長。イルメリさん。ご家族でお出かけですか?」
人懐こい笑みを浮かべている男だ。
「ああ、エリック。ちょうど、妻の実家に行っていたところだったんだ。新しい仲間をスカウトしてきた」
と言うヘイデンはわざとらしいのだが、エリックと呼ばれた彼は気にならないようだ。
「新しい仲間? え、新人ですか?」
「ええ、私の妹のリディアよ。リディア、こちらは同じ採掘部隊のエリック・タイラーさん」
「エリック・タイラーです。お姉さんにはいつもお世話になっております」
「あ、はい。リディア・オーストンです。姉がいつもお世話になっております」
少しはにかみながら挨拶をしたリューディアを、エリックは不躾に見つめてくる。
「うわぁ。こんな可愛らしい方と一緒に仕事ができるなんて」
「エリック。妹は、少し引っ込み思案で人見知りのところがあるから。あまりいじめないであげて」
「イルメリさん、僕、いじめてないですよ。イルメリさんにこんな可愛らしい妹さんがいらしたんだな、って」
「そうね。妹とは少し年が離れているから。でもね、こう見えても優秀な魔導士だから。即戦力よ、即戦力。明日、また現場でみんなに紹介するわ」
「はい。リディアさん、これからお世話になりますね」
「あ、はい」
唐突に話を振られたリューディアは戸惑いながらも、返事をした。エリックは頭を下げると街の方へと消えていく。これから、買い出しにでも行くのだろうか。
「大丈夫? ディア」
少し呆けている義妹を案じてか、イルメリが声をかけてきた。
「あ、はい。大丈夫です。少し、緊張してしまいました」
緊張の原因。それは「ブス」と言う言葉が彼の口から出てくるのではないか、ということ。だが、それも杞憂で済んだようだ。あのエリックという男は、リューディアに向かって「ブス」ではなく「可愛らしい方」と表現してくれた。
「あら、ディア。顔がにやけてる。エリックのこと、気になるの? 彼はダメよ。ふらふらしてるから」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、その、可愛らしいって、言われて、その……」
「やだわ、ディア。あなたって本当に可愛い」
「ディーかわいい」
「かわいい」
母親の言葉に同調し始めて、二人の息子たちも可愛いと合唱を始める。
「おいおいお前たち。あまりディアを揶揄うなよ。ただでさえ、その言葉に慣れていないんだから」
そう。慣れていない。可愛い、という言葉に。家族に言われても、それは「欲目」からくるものだと思っているから。
だからなおさら、初対面の彼に言われてしまっては、余計に恥ずかしい。
カチャっと音を立てて、リューディアは眼鏡の位置を直した。
「よし、荷物を置いたら、昼ご飯を食べに行こう。近くに美味しい食堂があるんだ」
リューディアから見たら、普段の兄とは違う一面を見たような気持ちだった。コンラット家のヘイデンではなく、シャルコの街のヘイデン。そう、表現するのがしっくりくるのかもしれない。
そこでまた、リューディアは眼鏡の位置をカチャリと直した。仮に自分がシャルコの街のリディアになったとしても、それでもこの眼鏡が外れてしまうのが、怖い。
王都から魔導車を走らせること二時間。シャルコの街の外れの官舎に着いた。ここは魔導士団の採掘部隊に所属する人間が住んでいる一帯であるらしい。
車両から降りると、乾いた土の匂いがした。空の終わりがすぐに見えてしまうのは、すぐそこにボワヴァン山脈があるからだ。
「うわぁ。本当に王都とは違うのですね」
リューディアはつい、きょろきょろと周囲を見回してしまう。王都の街も数える程度しか行った事のないリューディアではあるが、それでもあそことこのシャルコの雰囲気が違うことくらいわかる。
「ディア。悪いがここに侍女はいない。自分のことは自分でやるようになるから、それだけは覚えておいてくれ。ただ、手伝い人を雇うことはできるから、手の回らないところは手伝ってもらっている。だが、基本的に掃除や洗濯、料理は全てイルメリがやっている。できれば、イルメリのそういったことも手伝ってもらえると、助かる。まあ、俺も少しはやるのだが……」
と最後の方の声が小さくなっていくのは、ヘイデン自身は大したことをやっていないから、なのか。
「まあ、お義姉さまが? はい、わたくしにできるかどうかわかりませんが。手伝わせてください」
「あらためてよろしくね、ディア」
「こちらこそ、お世話になります」
そうやって官舎の前で、今後の心構えの話をしていたところ、一人の青年がこちらに気付いたようで声をかけてきた。
「あ、部隊長。イルメリさん。ご家族でお出かけですか?」
人懐こい笑みを浮かべている男だ。
「ああ、エリック。ちょうど、妻の実家に行っていたところだったんだ。新しい仲間をスカウトしてきた」
と言うヘイデンはわざとらしいのだが、エリックと呼ばれた彼は気にならないようだ。
「新しい仲間? え、新人ですか?」
「ええ、私の妹のリディアよ。リディア、こちらは同じ採掘部隊のエリック・タイラーさん」
「エリック・タイラーです。お姉さんにはいつもお世話になっております」
「あ、はい。リディア・オーストンです。姉がいつもお世話になっております」
少しはにかみながら挨拶をしたリューディアを、エリックは不躾に見つめてくる。
「うわぁ。こんな可愛らしい方と一緒に仕事ができるなんて」
「エリック。妹は、少し引っ込み思案で人見知りのところがあるから。あまりいじめないであげて」
「イルメリさん、僕、いじめてないですよ。イルメリさんにこんな可愛らしい妹さんがいらしたんだな、って」
「そうね。妹とは少し年が離れているから。でもね、こう見えても優秀な魔導士だから。即戦力よ、即戦力。明日、また現場でみんなに紹介するわ」
「はい。リディアさん、これからお世話になりますね」
「あ、はい」
唐突に話を振られたリューディアは戸惑いながらも、返事をした。エリックは頭を下げると街の方へと消えていく。これから、買い出しにでも行くのだろうか。
「大丈夫? ディア」
少し呆けている義妹を案じてか、イルメリが声をかけてきた。
「あ、はい。大丈夫です。少し、緊張してしまいました」
緊張の原因。それは「ブス」と言う言葉が彼の口から出てくるのではないか、ということ。だが、それも杞憂で済んだようだ。あのエリックという男は、リューディアに向かって「ブス」ではなく「可愛らしい方」と表現してくれた。
「あら、ディア。顔がにやけてる。エリックのこと、気になるの? 彼はダメよ。ふらふらしてるから」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、その、可愛らしいって、言われて、その……」
「やだわ、ディア。あなたって本当に可愛い」
「ディーかわいい」
「かわいい」
母親の言葉に同調し始めて、二人の息子たちも可愛いと合唱を始める。
「おいおいお前たち。あまりディアを揶揄うなよ。ただでさえ、その言葉に慣れていないんだから」
そう。慣れていない。可愛い、という言葉に。家族に言われても、それは「欲目」からくるものだと思っているから。
だからなおさら、初対面の彼に言われてしまっては、余計に恥ずかしい。
カチャっと音を立てて、リューディアは眼鏡の位置を直した。
「よし、荷物を置いたら、昼ご飯を食べに行こう。近くに美味しい食堂があるんだ」
リューディアから見たら、普段の兄とは違う一面を見たような気持ちだった。コンラット家のヘイデンではなく、シャルコの街のヘイデン。そう、表現するのがしっくりくるのかもしれない。
そこでまた、リューディアは眼鏡の位置をカチャリと直した。仮に自分がシャルコの街のリディアになったとしても、それでもこの眼鏡が外れてしまうのが、怖い。
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