婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)

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第三章

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◇◆◇◆

 食堂までは歩いていくようだ。街の中は道が狭いため、魔導車での移動はできないらしい。荷物が多い時は、馬を引く。それがこのシャルコの街での暮らし方。

「らっしゃい、って。なんだ、隊長と姫さんじゃないか。今日は家族サービスかい、隊長」

「そんなところだな。ああ、ちょうどいい。明日から、こっちで働くことになった妻の妹のリディアだ。せっかくだから、美味しい食堂を教えておこうと思ってね」
 ヘイデンは砕けた口調の男にも嫌な顔一つせず、にこやかに答える。
「さっすが隊長。ここが美味しいっていうことだけはわかってるんだな」
 ガハハと男は豪快に笑った。

「ディア。この熊のような大男は、採掘師長のガイル。採掘場で働いている採掘師たちをとりまとめているんだ。休みの日はこうやって、食堂を手伝っている働き者の男だ。だから、たまに働きすぎて、ぶっ倒れる」
 恐らくそこは笑うところなのだろう。だけど、リューディアにはそこまでの機転が無い。

「リディア、です……」
 ガイルの迫力に負けて、リューディアの口から出てきた言葉はそれだけ。

「姫さんの妹らしく、可愛らしい顔立ちをしてんな。手なんか白くてきれいだし、こんなんで採鉱の仕事なんてできんのかぁ?」
 いかにもリューディアを見下しているような言い方だ。

「あんた」
 間に入ってきたのは銀のお盆で水の入ったグラスを五個持ってきたふくよかな女性。
「そうやって、女性を馬鹿にするような言い方、私が許さないよ」

「ふん」
 ガイルはひくっと鼻の穴を大きく膨らませると、厨房の方へと逃げていく。

「せっかく食べに来てくれたのに、気分を悪くさせて申し訳ないね。お詫びにデザートをサービスするから許してやって。あの人も悪気があるわけじゃないんだけどね。やっぱりね、まだ、慣れないっていうかね。それでもね、あんたたち夫婦がここに来てからは、随分仕事がしやすくなったって、喜んでるんだから」
 と言う女性の顔は優しい。このふくよかな女性は、あのガイルの妻。だからこそ、ガイルにあのような口調で話しかけることができるのだ。
「デザートは、アイスでいいかい?」
 ミルコとヴィルが「あいすー」「あいしゅー」と喜び始めたため、食後のデザートが決まってしまった。
 注文をとった彼女も厨房の方へと消えていく。

「お義姉さまは、姫さんと呼ばれているのですか?」
 先ほどからそれが気になっていた。リューディアが尋ねると、イルメリは困った様に目尻を下げて微笑む。
「そうなの。まだね、採掘師たちに認めてもらえなくてね。仕事はやりがいもあって楽しいのだけれど、その、採掘師たちの関係がね。そこだけが問題かな」

「だけど、メリーの場合は、親しみも込められているとは思うのだが。俺たち魔導士と採掘師の関係っていうのは、昔から微妙な関係なんだよ。だからって、嫌になって王都に戻るとか、言わないでくれよ、ディア。黙っていたわけじゃないんだ。騙したわけでもない」

「はい……」
 ヘイデンの言うこともなんとなくわかるような気がする。だから騙されたとは思っていない。人間関係がうまく築けないというのは、リューディアだっていやとなるほど経験しているから。
 でもリューディアは、大好きな義姉がそのような扱いを受けているということが悔しかった。
「でしたら……。仕事で認めてもらえればいいということなのですね。そうすれば、彼らとの関係も少しは良くなるのでしょうか……」

「そういうことだな、お嬢ちゃん」
 先ほどのガイルが両手にお盆を持って隣に立っていた。
「ほらよ、卵とじ丼四つ。小さいお椀はこっちのチビたちの分だ」

「チビじゃないもん、ミルコだもん」
「ちびじゃないもん、ヴィルだもん」

「おお、そりゃおっちゃんが悪かった。ミルコとヴィル。熱いから父ちゃんと母ちゃんに分けて貰えよ」

「気持ち悪がらないでくださいね。お父さんたら、小さな子供は好きみたいなんです。でも、大人は自分のことを馬鹿にしてくるから嫌いなんですって」

「おい、スージー。余計なこと言ってんな。一応、俺の上官なんだ」
 スージーとは、スープを運んできたこの少女の名だろう。会話から察するに二人は親子。
「ええ、一応上官のその一です」
「同じく、一応上官のその二です」

「いつも贔屓にしてくださってありがとうございます。あら、こちらの方は?」
 ヘイデンやスージーの口ぶりからするに、彼らは顔馴染なのだろう。だからこそ彼女はリューディアに気付いた。

「え、と。リディアです」
「リディアは妻の妹でね。明日から、採掘場で働き始めるんだ」
 ヘイデンが言うと、うんうんとイルメリも首を振っている。

「え、てことは。リディアさんもお父さんの上官になるの? 見たところ、私と同じくらいの年に見えるんだけど。いくつ?」
 同じくらいの年に見えるからこそ、リューディアには親しみをこめて砕けた口調で話してくるのか。
「え、と。十八になったところです」

「やだぁ、同い年じゃない。ねえ、あのね、ホント、お父さんたらむかつくからさ。顎で使ってやって。リディアさん、この街は初めて?」

「あ、はい」

「お仕事、休みの時は遊んでね。私、街を案内してあげる。よろしくね」
 スージーの屈託なき笑顔が眩しい。
「あ、この卵とじ丼。この食堂の看板メニューなの。スープとサラダはお替り自由だから。蓋をとるときも熱いから、気を付けてね」
 スージーはスープやサラダをテーブルの上に並べ終えると「ごゆっくり、どうぞ」と言ってカウンターの方へと戻っていく。
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