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第二章(7)
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クローディアが今日の仕事は終わりだと口にすれば、ほかの二人は挨拶をして帰っていく。
彼女たちとは、よくも悪くもない関係を築けている、と思っている。必要以上にシェリルに干渉しないし、シェリルも仕事以外では彼女たちとの接点はない。
だが一つだけ懸念事項があるとすれば、彼女たちもまたキャサリンとはそれなりの仲を築いている点だろう。
そこで扉が叩かれた。
「お兄様、また来たの?」
イライアスの姿を捉えたクローディアは、顔を曇らせる。
「クローディア、ご機嫌はいかがかな?」
「お兄様の顔さえ見なければ最高だったのに」
そのやりとりをシェリルはハラハラしながら見ていた。もしかしたら、イライアスが変なことを言うのではと、気が気ではなかった。
クローディアは、自分より背の高いイライアスを見上げるかのように背中を反らした。
「俺はシェリルを迎えにきたんだ」
シェリルとしては、そこで名前を呼んでほしくなかった。クローディアが振り返って、シェリルを真っすぐに見つめてくる。
「あ、あの……帰ります」
シェリルはクローディアの顔を見ないように下を向いたまま、イライアスの側に向かう。できることなら彼を無視して通り過ぎたいところ。
「お兄様。シェリルに変なことをしたら承知しませんからね」
「変なこととは、どういうことだ?」
「変なことは変なことです」
「あ、つまりこういうことか」
シェリルの右手をとったイライアスは、その甲に唇を近づけた。
「なっ……何をなさるの?」
シェリルが声をあげたわけではない。悲鳴のように叫んだのはクローディアだ。
「何もクローディアが驚くことはないだろう? 俺は愛おしい恋人に、口づけただけだ」
これ以上この場にいてはいけないと、シェリルの本能が訴える。
イライアスはクローディアの反応を見て楽しんでいる。そのために、シェリルはいいように利用されてしまうのだ。
「殿下。行きましょう」
「そうそう、クローディア。今日はシェリルと一緒に夕食をとるから」
クローディアに見せつけるかのようにイライアスはシェリルの手をしっかりと握りしめる。
「し、失礼します」
イライアスと手をつないだまま、執務室を後にしたのは不可抗力だ。
扉が閉まり、向こう側の空間と遮断されたことでほっと気が抜けた。
「殿下。手を離してください。わたしは自室に戻りますので」
つながれた手をぶんぶんと振り回す。しかしイライアスはその手を解放するつもりはなさそうだ。
「そうだな。そのままの格好でも問題はないが、もう少し華やかなドレスのほうがいいだろう」
彼が何を言っているのか、さっぱりとわからない。
「わたしは部屋に戻って、あとは休むだけですが?」
「だからさっきも言っただろう? シェリルは俺と一緒に夕食をとるんだよ。最近、仕事が忙しくて、一緒に夕食をとれなくて悪かった」
そのような約束をした記憶はない。だが、これもきっと命令の一つなのだろう。
「もしかして……ご命令ですか?」
シェリルが睨みつけるかのようにしてイライアスの顔を見上げれば、彼は片眉をあげる。少し口を開きかけ、間をおいてから言う。
「そうだ……命令だ」
「わかりました。すぐに着替えますので」
「では、部屋の外で待ってる」
「いえ、殿下は先に部屋にお戻りください。着替えたらわたしが伺いますので」
ふとイライアスが顔を曇らせる。
「本当に、来てくれるのか?」
その表情が捨てられた子犬の姿と重なった。
「……殿下?」
「いや、なんでもない。着替えが終わったら、俺の部屋に来い。話は通しておく」
「はい、承知しました」
イライアスは律儀にも部屋まで送ってくれたが、その間、手はつながれたままだった。
シェリルが急いで着替えて彼の部屋へと向かうと、破顔したイライアスが出迎えてくれた。なぜかその笑顔に、胸の奥が疼いた。
彼女たちとは、よくも悪くもない関係を築けている、と思っている。必要以上にシェリルに干渉しないし、シェリルも仕事以外では彼女たちとの接点はない。
だが一つだけ懸念事項があるとすれば、彼女たちもまたキャサリンとはそれなりの仲を築いている点だろう。
そこで扉が叩かれた。
「お兄様、また来たの?」
イライアスの姿を捉えたクローディアは、顔を曇らせる。
「クローディア、ご機嫌はいかがかな?」
「お兄様の顔さえ見なければ最高だったのに」
そのやりとりをシェリルはハラハラしながら見ていた。もしかしたら、イライアスが変なことを言うのではと、気が気ではなかった。
クローディアは、自分より背の高いイライアスを見上げるかのように背中を反らした。
「俺はシェリルを迎えにきたんだ」
シェリルとしては、そこで名前を呼んでほしくなかった。クローディアが振り返って、シェリルを真っすぐに見つめてくる。
「あ、あの……帰ります」
シェリルはクローディアの顔を見ないように下を向いたまま、イライアスの側に向かう。できることなら彼を無視して通り過ぎたいところ。
「お兄様。シェリルに変なことをしたら承知しませんからね」
「変なこととは、どういうことだ?」
「変なことは変なことです」
「あ、つまりこういうことか」
シェリルの右手をとったイライアスは、その甲に唇を近づけた。
「なっ……何をなさるの?」
シェリルが声をあげたわけではない。悲鳴のように叫んだのはクローディアだ。
「何もクローディアが驚くことはないだろう? 俺は愛おしい恋人に、口づけただけだ」
これ以上この場にいてはいけないと、シェリルの本能が訴える。
イライアスはクローディアの反応を見て楽しんでいる。そのために、シェリルはいいように利用されてしまうのだ。
「殿下。行きましょう」
「そうそう、クローディア。今日はシェリルと一緒に夕食をとるから」
クローディアに見せつけるかのようにイライアスはシェリルの手をしっかりと握りしめる。
「し、失礼します」
イライアスと手をつないだまま、執務室を後にしたのは不可抗力だ。
扉が閉まり、向こう側の空間と遮断されたことでほっと気が抜けた。
「殿下。手を離してください。わたしは自室に戻りますので」
つながれた手をぶんぶんと振り回す。しかしイライアスはその手を解放するつもりはなさそうだ。
「そうだな。そのままの格好でも問題はないが、もう少し華やかなドレスのほうがいいだろう」
彼が何を言っているのか、さっぱりとわからない。
「わたしは部屋に戻って、あとは休むだけですが?」
「だからさっきも言っただろう? シェリルは俺と一緒に夕食をとるんだよ。最近、仕事が忙しくて、一緒に夕食をとれなくて悪かった」
そのような約束をした記憶はない。だが、これもきっと命令の一つなのだろう。
「もしかして……ご命令ですか?」
シェリルが睨みつけるかのようにしてイライアスの顔を見上げれば、彼は片眉をあげる。少し口を開きかけ、間をおいてから言う。
「そうだ……命令だ」
「わかりました。すぐに着替えますので」
「では、部屋の外で待ってる」
「いえ、殿下は先に部屋にお戻りください。着替えたらわたしが伺いますので」
ふとイライアスが顔を曇らせる。
「本当に、来てくれるのか?」
その表情が捨てられた子犬の姿と重なった。
「……殿下?」
「いや、なんでもない。着替えが終わったら、俺の部屋に来い。話は通しておく」
「はい、承知しました」
イライアスは律儀にも部屋まで送ってくれたが、その間、手はつながれたままだった。
シェリルが急いで着替えて彼の部屋へと向かうと、破顔したイライアスが出迎えてくれた。なぜかその笑顔に、胸の奥が疼いた。
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