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第四章(7)
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「ええ、イライアス様も見ましたよね? 落ちた本を拾ってもらったのです」
その前後のやりとりを、彼に伝える気はなかった。シェリルにとって陰口をささやかれたり、小突かれたりするのはよくあることだからだ。学園時代のころからそうであったが、クローディア付き補佐官となってからも、それが続いた。
王女付きという一種の社会的地位は、王城に仕える令嬢たちの憧れの身分であり、彼女たちにとって、そこにシェリルのような女がいることが許せないのだ。
「半分、持ってやる」
その言葉とともにシェリルの手が軽くなった。イライアスがシェリルの腕から、ひょいっと荷物を三分の二ほど奪い取った。
「そのようなこと、殿下にしていただくわけには……」
王太子と補佐官。荷物を持つのがどちらの仕事であるかなど、一目瞭然だというのに。
「おまえは俺の婚約者だ。婚約者が困っていたら、助けたい。ただそれだけだ」
「あっ……、ありがとうございます……」
手首がずきずきと痛んでいたから、軽くなっただけでずいぶんと楽になった。
だが手首の他にも、胸の奥がずきんと痛んだのが気になった。少しだけ、目頭が熱い。
「別に、礼を言われることじゃない」
イライアスはぶっきらぼうにそう言った。
熱を帯びた目頭に気づかれぬよう、シェリルは彼の半歩後ろをついていく。
クローディアの執務室にイライアスと共に入ると、クローディアは少しだけ顔をしかめた。
「クローディア様、頼まれていた資料をお持ちしました」
「お兄様も一緒なのね」
そう言ったクローディアは目をすがめる。まるで、怪しいものを見るような目つきだ。
「申し訳ありません。わたしの仕事なのに、資料が多すぎて……手伝っていただきました」
「まぁ、かまわないけれど……それよりもシェリル、その手、どうしたの?」
先ほど令嬢に踏まれた右手を、クローディアに気づかれてしまった。手の甲が少しだけ腫れあがっていたためだ。
「資料を運んでいるときに、転んでしまいまして……恐らく、そのときにぶつけたのかと」
資料を机の上に置くとすぐに、右手を背中に回して隠した。
「ふ~ん?」
クローディアの視線は執拗にシェリルを追い、そこからイライアスへと移る。
「お兄様も自分の部屋へと戻ったらいかが? 資料はきちんといただきましたから」
「シェリル。仕事が終わったら、迎えにくる」
イライアスはクローディアをギロリと睨みつけてから、部屋から出ていった。彼の姿が見えなくなって、シェリルはほっと胸をなでおろす。
だが誰かに見られている感じがして顔をあげると、クローディアと目が合った。途端に彼女は慌てて視線を逸らす。
(……クローディア様、どうかされたのかしら?)
右手をさすりながら、シェリルも自席に着いた。
クローディア宛の手紙や書類の確認がまだ残っていた。それを目の前にして、気づかれぬように小さく息を吐く。
(わたしはいつまでクローディア様にお仕えできるのかしら)
クローディアの縁談がまとまれば、彼女はワルリス公爵領へと向かうだろう。
(……そうなると、わたしは?)
だが、クローディアはイライアスが結婚しなければ結婚しないと言っていたはずだ。
クローディアとワルリス公爵子息の縁談が持ち上がったのも、イライアスとシェリルの婚約が決まったからだろう。
ここでイライアスとシェリルが婚約を解消したらどうなるのだろうか。
クローディアも縁談を断るのだろうか。
いや、彼女のことだから婚約が決まればそれを解消するようなことはしないだろう。となれば、クローディアが結婚しなくても婚約が決まった段階で、イライアスとの婚約を解消すればいいのだ。
だがそうなったとき、クローディアが嫁ぐまでは彼女の補佐官として側にいることはできるのだろうか。
そう考えながら、知らぬうちに右手をさすっていた。
その前後のやりとりを、彼に伝える気はなかった。シェリルにとって陰口をささやかれたり、小突かれたりするのはよくあることだからだ。学園時代のころからそうであったが、クローディア付き補佐官となってからも、それが続いた。
王女付きという一種の社会的地位は、王城に仕える令嬢たちの憧れの身分であり、彼女たちにとって、そこにシェリルのような女がいることが許せないのだ。
「半分、持ってやる」
その言葉とともにシェリルの手が軽くなった。イライアスがシェリルの腕から、ひょいっと荷物を三分の二ほど奪い取った。
「そのようなこと、殿下にしていただくわけには……」
王太子と補佐官。荷物を持つのがどちらの仕事であるかなど、一目瞭然だというのに。
「おまえは俺の婚約者だ。婚約者が困っていたら、助けたい。ただそれだけだ」
「あっ……、ありがとうございます……」
手首がずきずきと痛んでいたから、軽くなっただけでずいぶんと楽になった。
だが手首の他にも、胸の奥がずきんと痛んだのが気になった。少しだけ、目頭が熱い。
「別に、礼を言われることじゃない」
イライアスはぶっきらぼうにそう言った。
熱を帯びた目頭に気づかれぬよう、シェリルは彼の半歩後ろをついていく。
クローディアの執務室にイライアスと共に入ると、クローディアは少しだけ顔をしかめた。
「クローディア様、頼まれていた資料をお持ちしました」
「お兄様も一緒なのね」
そう言ったクローディアは目をすがめる。まるで、怪しいものを見るような目つきだ。
「申し訳ありません。わたしの仕事なのに、資料が多すぎて……手伝っていただきました」
「まぁ、かまわないけれど……それよりもシェリル、その手、どうしたの?」
先ほど令嬢に踏まれた右手を、クローディアに気づかれてしまった。手の甲が少しだけ腫れあがっていたためだ。
「資料を運んでいるときに、転んでしまいまして……恐らく、そのときにぶつけたのかと」
資料を机の上に置くとすぐに、右手を背中に回して隠した。
「ふ~ん?」
クローディアの視線は執拗にシェリルを追い、そこからイライアスへと移る。
「お兄様も自分の部屋へと戻ったらいかが? 資料はきちんといただきましたから」
「シェリル。仕事が終わったら、迎えにくる」
イライアスはクローディアをギロリと睨みつけてから、部屋から出ていった。彼の姿が見えなくなって、シェリルはほっと胸をなでおろす。
だが誰かに見られている感じがして顔をあげると、クローディアと目が合った。途端に彼女は慌てて視線を逸らす。
(……クローディア様、どうかされたのかしら?)
右手をさすりながら、シェリルも自席に着いた。
クローディア宛の手紙や書類の確認がまだ残っていた。それを目の前にして、気づかれぬように小さく息を吐く。
(わたしはいつまでクローディア様にお仕えできるのかしら)
クローディアの縁談がまとまれば、彼女はワルリス公爵領へと向かうだろう。
(……そうなると、わたしは?)
だが、クローディアはイライアスが結婚しなければ結婚しないと言っていたはずだ。
クローディアとワルリス公爵子息の縁談が持ち上がったのも、イライアスとシェリルの婚約が決まったからだろう。
ここでイライアスとシェリルが婚約を解消したらどうなるのだろうか。
クローディアも縁談を断るのだろうか。
いや、彼女のことだから婚約が決まればそれを解消するようなことはしないだろう。となれば、クローディアが結婚しなくても婚約が決まった段階で、イライアスとの婚約を解消すればいいのだ。
だがそうなったとき、クローディアが嫁ぐまでは彼女の補佐官として側にいることはできるのだろうか。
そう考えながら、知らぬうちに右手をさすっていた。
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