俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ

澤谷弥(さわたに わたる)

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本編

たんたんと罠にはめる(6)

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 さて、恋人役とは何をしたらいいのだろうか。
 それに、カリッドの両親と会うために、どのような服を着るべきなのか。その辺をカリッドに相談しなければならない、と思っていた。
 隣の部屋に荷物を置いたカリッドが戻ってきた。

「あ、団長」

 カリッドの姿を見るや否や、モニカは声をかける。それにカリッドは顔をしかめた。モニカの前まですたすたと歩いてきて、彼女を見下ろしながら言う。

「俺たちは恋人なんだ。その、俺のことを団長と呼ぶのはやめろ」

「え、でしたら、なんてお呼びしたらよろしいでしょうか」
 モニカはすっと立ち上がって尋ねた。上官が立っているときは立つ、上官が座っているときは腰を落とす。それが騎士団内でのルール。

「モニカ、座ってくれ。これは騎士としての任務ではない」

「いえ、ですが。団長の恋人役というのは任務ですよね」

「そう、だが。そう、いや、ま。その、あれだ。恋人役が恋人役とばれないような任務だ。だから、君が俺のことを団長と呼んでしまっては、偽物の恋人であることがばれてしまうだろう」

「つまり、任務遂行のため、団長のことは団長と呼んではならない、ということですね」

「そうだ、任務遂行のためだ」
 とにかく座れ、と言われたモニカは、もう一度ふかふかソファに身を沈めた。すると、カリッドが距離を縮めてその隣に座る。

「だ、団長。距離が近いです」

「だから、団長と呼ぶな」

「でしたら、なんとお呼びすればよろしいのですか? カリッドさま? カリッドさん? さすがに呼び捨てはできません」

「リディ……と」

「え?」

 思わず大きな声で聞き返してしまったモニカだが、どうやらそれがカリッドの耳の近くだったようだ。彼は耳を押さえながら、モニカに視線を送る。

「あ、すいません。団長。つい」

「だから、団長ではない。俺のことはリディと呼べ。これから君が私のことを団長と呼ぶたびに……。そうだな、口づけをしよう」

 自分で提案しておきながら、カリッドは心の中では超絶焦っていた。

(我ながらなんて馬鹿げた提案をしてしまったのだろう)

 だが、これはチャンスだ。彼女と、堂々と接吻を交わすための。

「え? 口づけ? なんで?」

「その、俺たちは恋人同士だろう? 口づけの練習もしたほうがいいと思うのだが。だからって、今から口づけの練習をする、と言うと君は身構えるだろう?」

「いや、まあ、そうかもしれませんが……。だからって、そんな急に団長のことを、そんな風にお呼びできないですよ」

「口づけ、一回だな」

「ええー」
 と、また、モニカがカリッドの耳元で大きな声をあげたため、彼は顔をしかめた。

「淑女たるもの、常に冷静でいたまえ」

「私は騎士ですが」

「俺の恋人としての話だ。偽物であるとばれたら、特別報酬は無しだぞ。いいのか、あのマルセルの魔導弓まどうきゅう……」

「うぅ……」
 魔導弓を出されてしまっては、反論できない。それが喉から手が出るほど欲しくて、取得する必要もない長期休暇を取ってまでここまで来てしまったのだから。

「は、はい。努力します」

「では、まず。俺のことを、その、名前で呼んでみろ。いや、名前じゃない。愛称だ」

「え、えと……。リディ?」
 モニカが少し照れながら、上目遣いでカリッドを見てそんな風に呼ぶ。もうそれだけでカリッドの心臓は通常の倍近く速く鳴り始めた。

(か、かわいい……)

 と言うのがカリッドの心の声である。だが、それを彼女に気付かれてはならない。なにしろこれはあくまでも恋人『役』なのだから。その気持ちを表情に出すようなことをしてはならない。

「いいか? 俺のことは今後、そうやって愛称で呼ぶように。恋人なのだから、愛称で呼び合うのは当たり前だ」

「わかりました、団長。あ」

「口づけ、二回だな。そんなに、俺と口づけがしたいのか?」

「そ、それは習慣というものです。今まで団長と呼んでいたのに、いきなり、その愛称で呼ぶなんて恐れ多いと言いますか、なんと言いますか」

「だから君は俺の恋人なんだ。恐れ多いとか思う必要は無い。わかったな?」

「はい、団長……あっ」

「口づけ、三回だ」
 カリッドは嬉しそうに笑うと、いきなりモニカに顔を近づけてきた。ちゅっと、軽く唇を合わせる。
 それはほんの瞬間の軽い口づけであったが、モニカが目を白黒させるには充分なものであった。

「え、と。団長?」

「口づけ、四回目」

「え、いやいやいやいや。そう、じゃなくて。なんですか? 今の」

「口づけ、だな。恋人同士なのだから、当たり前だろう。それに、俺を団長と呼ぶたび口づけをすると言っていたはずだ。残り、三回あるから、覚悟しとけ」

 当たり前なのか、とモニカは頭を抱えたくなった。

「口づけもしない関係であったら、俺の両親に君が偽物の恋人であることがばれてしまう。だから、君が俺のことを団長と呼ぶたびに、俺は君に口づけをする。まあ、練習だと思ってくれ」

 口づけの練習って、何なの? というモニカの心の声は残念ながらカリッドには届かない。
 そして、そうやって口づけをする口実を得たカリッドの心の中は、小さな妖精たちがひらひらと舞い踊っている気分だった。
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