俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ

澤谷弥(さわたに わたる)

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おまけ

こうやって罠は仕組まれた(2)

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 一夜明けると、カリッドにとってはいつもの日常が始まる。朝食は忙しい家族が集まる貴重な時間。カリッドより七つも年上の兄は学院を卒業したばかりであるが、父の跡を継ぐ者として仕事を手伝っている。
 母親も母親にしかできない仕事というものがあり、それの予定が入れば忙しなく動いている。カリッドは四歳下の妹と共に家庭教師によって勉強の時間が主だった。その合間に妹と遊ぶか、本を読むか、もしくは護衛の男に訓練をつけてもらうか。それがカリッドの一日だった。

「お母様」
 忙しい合間を縫って子供たちに顔を出してくれる母親がカリッドは大好きだ。もちろん妹も。すぐその膝の上は妹にとられてしまうけれど、そうやって微笑み合っている二人を見るのもカリッドにとっては心安らぐ時間の一つだ。

 母親の隣に寄り添うようにして座って、カリッドは声をかけた。
「お母さま。僕、昨日、初めて閨教育というものを受けたのですが」
 新しいことを知るとすぐに口にしたくなるのは、子供ながら「よく知っているわね、たくさん勉強したのね」と褒められたいからだろう。
「僕がお母さまのお腹の中にいたというのは本当ですか?」

 閨教育という言葉を耳にした母親は、その次にどのような言葉が続くのかと思ってドキリと思ったが、子供らしい言葉が続いたため安心する。この幼い娘にも聞かせても良い話であると判断したためだ。

「そうよ、カリッドもイリナも、このお腹の中にいたのよ。カリッドは覚えていないかしら? イリナがお腹の中にいたときには、一生懸命話しかけていたのよ?」

「そうなんですか。覚えていません、そんなこと」
 そう言われてなぜか急に恥ずかしくなったカリッド。顔中を真っ赤に染め上げるとぶんぶんと首がもぎ取れるのではないかと思うほど振ってしまった。それを見た母親は、うふふと楽しそうに見ている。

「イリナはお母さまのお腹の中にいたことを覚えています。とっても暗くて狭かったけど、カリッドお兄さまの声が聞こえたので、寂しくありませんでした」

「まあ」
 母親は妹の頭を嬉しそうに撫でる。

「いいなあ、イリナは。お母さまのお腹の中にいたことまで覚えているなんて」

「たまにね。そういう子供もいるらしいのよ。それに成長と共に忘れるとも言われているから。でも、間違いなくカリッドもここにいたのよ」
 母親はカリッドの左手を優しくとると、その手を自らのお腹の上に導いた。

「大きな赤ちゃんが、こんなところにいるなんて、本当に不思議ですね」

「ええ、そうね。お腹の中でね、カリッドもイリナも、一生懸命動いていたわ。ぽこぽことお腹を蹴られるとね、ここに、カリッドの足の形がくっきりと見えたのよ」
 どこか懐かしい表情を浮かべる母親。
「お父様もザカリーもね、あなたたちが生まれてくることを、それはもう楽しみにされていたわ」

 仕事で忙しく、なかなか顔を合わせる機会が少ない父と兄だけれど、そうやって自分たちが生まれてくることを楽しみにしていたという話を聞くことは、悪いことではない。むしろ嬉しい。

「命の誕生というものは、とても神秘的なものですね」

「そうね。あなたたちがあの人たちの子供で良かったと、今でも思えるもの」

「僕にもそう思えるような日がきますか?」

「そうね。そういう相手と出会ったときに、きっとそう思うようになるわ」
 母親の話は抽象的過ぎてよくわからなかった。それでも自分は望まれて生まれてきたのだということはわかったし、そういう機会をくれた閨教育というものは悪くないなとカリッドは思っていた。
 母親は呼び出されてすぐに仕事に戻ってしまったけれど、カリッドは可愛い妹の髪の毛を動きやすいように三つ編みに編んでから一つにくるりんとまとめてあげた。

「カリッドお兄さま。お勉強終わったなら、遊びましょう」
 イリナは小さな手を差し出してきた。
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