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第五章:それは追加契約になります(6)
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今までの話を聞いたかぎりでは、聖女召喚の儀を行っても召喚されるのはマリアンヌである。それなのに、なぜイリヤが登場するのか。
そこで馬車が止まる。
「着いたようだな。続きは部屋で話そう」
クライブのエスコートで馬車から降りるものの、先ほどの話が気になって仕方ない。
召喚の儀式で召喚されるのはマリアンヌであるはずなのに、なぜそこにイリヤが現れるのか。
いくらイリヤに魔法が使えると言っても、転移魔法といった高度な魔法は使えない。もしかしたら、魔法使いたちにそれを頼むのだろうか。
しかし、頼んだら頼んだで、秘密を知る者が増える。秘密を知るものが増えれば、それだけリスクは高まる。
クライブと並んで王城の回廊を歩くのは初めてではないというのに、人からの視線を感じる。クライブと歩くといつもこうだ。イリヤとクライブが結婚した事実を、彼らが知っているのか知らないのか、それすらイリヤは知らない。クライブが結婚したことを、公にしているのかしていないのかすらわからない。わからないまま、四か月が過ぎた。
つまり、気にしてはいけないのだ。それはいつものこと。
今日、案内された場所は国王の執務室である。この場所は、イリヤが初めて王城を訪れたときに通された部屋でもある。
「陛下、イリヤを連れてきました。今日は、マリアンヌはおりませんからね」
「おお、イリヤ嬢。忙しいところ、呼び立ててしまってすまない」
「ご無沙汰しております、エーヴァルト様」
スカートの裾をつまんで挨拶をすると、クライブが冷たい視線でイリヤを見下ろした。
「……イリヤ。いつから陛下を名前で呼ぶようになったのだ?」
クライブのこめかみがふるふると震えているように見える。
「そうですね。いつからと言われると、いつからでしょう?」
確か、前回、マリアンヌを連れてきたとき。かもしれない。
トリシャを名前で呼んでいたら、エーヴァルトも名前で呼んでほしいと言い出した。かもしれない。
そうクライブに答えると、彼は目を細くして「そうか」とだけ呟く。
「閣下、どうかされました?」
イリヤが首を傾げると、エーヴァルトは笑いをこらえている。
「イリヤ嬢、とにかくそこに座ってくれ。クライブもな」
エーヴァルトに促されて、イリヤがソファに座ると、クライブも隣に座ってくる。
「閣下……近くないですか?」
じとっと視線を向けると、クライブは「ふん」と腕を組んで足を組んだ。つまり、その場から動くつもりはないようだ。イリヤが少しだけ腰を浮かせようとしたら、今度はクライブがギロリと睨んできた。だから、結局その場から動けなくなった。
いつの間にか給仕がやってきて、テーブルの上にお茶やらお菓子やらを並べていく。
「イリヤ嬢は、キャラメルのお菓子が好きだと聞いていたからね。呼び立てたお詫びだ。食べながら話を聞いてほしい」
にっこりと笑っているエーヴァルトに対して、クライブは不機嫌である。
「イリヤはキャラメルが好きなのか? オレはそんな話を聞いたことがない」
イリヤだって、エーヴァルトにはそのようなことを言った覚えがない。だけど以前、トリシャにはどのようなお菓子が好きかを聞かれたことがあったから、トリシャからエーヴァルトに情報が流れたのだろう。
「以前、トリシャ様に聞かれたから答えただけですよ」
「そうか」
そこで馬車が止まる。
「着いたようだな。続きは部屋で話そう」
クライブのエスコートで馬車から降りるものの、先ほどの話が気になって仕方ない。
召喚の儀式で召喚されるのはマリアンヌであるはずなのに、なぜそこにイリヤが現れるのか。
いくらイリヤに魔法が使えると言っても、転移魔法といった高度な魔法は使えない。もしかしたら、魔法使いたちにそれを頼むのだろうか。
しかし、頼んだら頼んだで、秘密を知る者が増える。秘密を知るものが増えれば、それだけリスクは高まる。
クライブと並んで王城の回廊を歩くのは初めてではないというのに、人からの視線を感じる。クライブと歩くといつもこうだ。イリヤとクライブが結婚した事実を、彼らが知っているのか知らないのか、それすらイリヤは知らない。クライブが結婚したことを、公にしているのかしていないのかすらわからない。わからないまま、四か月が過ぎた。
つまり、気にしてはいけないのだ。それはいつものこと。
今日、案内された場所は国王の執務室である。この場所は、イリヤが初めて王城を訪れたときに通された部屋でもある。
「陛下、イリヤを連れてきました。今日は、マリアンヌはおりませんからね」
「おお、イリヤ嬢。忙しいところ、呼び立ててしまってすまない」
「ご無沙汰しております、エーヴァルト様」
スカートの裾をつまんで挨拶をすると、クライブが冷たい視線でイリヤを見下ろした。
「……イリヤ。いつから陛下を名前で呼ぶようになったのだ?」
クライブのこめかみがふるふると震えているように見える。
「そうですね。いつからと言われると、いつからでしょう?」
確か、前回、マリアンヌを連れてきたとき。かもしれない。
トリシャを名前で呼んでいたら、エーヴァルトも名前で呼んでほしいと言い出した。かもしれない。
そうクライブに答えると、彼は目を細くして「そうか」とだけ呟く。
「閣下、どうかされました?」
イリヤが首を傾げると、エーヴァルトは笑いをこらえている。
「イリヤ嬢、とにかくそこに座ってくれ。クライブもな」
エーヴァルトに促されて、イリヤがソファに座ると、クライブも隣に座ってくる。
「閣下……近くないですか?」
じとっと視線を向けると、クライブは「ふん」と腕を組んで足を組んだ。つまり、その場から動くつもりはないようだ。イリヤが少しだけ腰を浮かせようとしたら、今度はクライブがギロリと睨んできた。だから、結局その場から動けなくなった。
いつの間にか給仕がやってきて、テーブルの上にお茶やらお菓子やらを並べていく。
「イリヤ嬢は、キャラメルのお菓子が好きだと聞いていたからね。呼び立てたお詫びだ。食べながら話を聞いてほしい」
にっこりと笑っているエーヴァルトに対して、クライブは不機嫌である。
「イリヤはキャラメルが好きなのか? オレはそんな話を聞いたことがない」
イリヤだって、エーヴァルトにはそのようなことを言った覚えがない。だけど以前、トリシャにはどのようなお菓子が好きかを聞かれたことがあったから、トリシャからエーヴァルトに情報が流れたのだろう。
「以前、トリシャ様に聞かれたから答えただけですよ」
「そうか」
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