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4:大好きなお姉さまが狙われているようです(13)
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コンスタッドとシオンは、五日間にわたり領主館に滞在した。彼らはこの後、王都セッテへ向かい、そちらの視察を行う予定だという。
二人を案内するのは、もちろんケアード公爵だ。ついでに、砂糖の新たな販路を開拓する商談も進めるらしい。外交大臣のときに築いた人脈を使うのだ。
「お父さま!」
セシリアは、顔を上げて手を振った。まるで「こっちに来て」と言わんばかりの仕草だ。
「どうした、セシリア? 寂しいのか? お父様は寂しいぞ。かわいいセシリアと離れるなんて、耐えられないよ!」
ケアード公爵は、娘を力強く抱きしめた。その腕には、父親としての深い愛情と暑苦しさが込められている。
「あ、はい。寂しいのは寂しいのですが……。それよりも、イライザさまが今どうされているか、確認していただけますか? 本来なら、そろそろイライザさまが聖女として公表される時期なんです」
セシリアの言葉には、どこか切実な響きがあった。それは、謎の記憶によるものだ。その記憶によれば、王都セッテでは今頃、聖女の誕生を祝う喜びの声が響いているはずだった。
しかし、フェルトンの地には、そうした噂すら届いていない。王都とフェルトンでは距離があるため、話が遅れるのは仕方ないのかもしれない。
だからこそセシリアの胸には、不安が広がっていた。
「わかった。私の大切なエレノアを傷つけた者たちだからな。しっかり調べておくよ」
イライザが聖女かもしれないという話は、セシリアがフェルトンに来る前に、家族にそれとなく伝えていた。ケアード公爵は、娘のそんな妄想のような話を、軽く笑いながらも心の片隅に留めてくれていたのだ。
公爵はニヤリと笑い、セシリアをそっと解放した。その笑顔には、娘への信頼と、どこか企むような雰囲気が漂っている。
父親たちが領主館を去ると、屋敷は一気に静けさに包まれた。
「セシリア、なんだかつまらなそうね?」
いつの間にかサロンに入ってきたエレノアが、セシリアの向かい側のソファに腰を下ろした。彼女の声には、軽いからかいの色が混じっていた。
「つまらなくなんてありませんよ、お姉さま」
セシリアは慌てて否定したが、その声には少しだけ力がない。
「そう? でも、なんだか寂しそうよ。シング公爵たちがいらっしゃったときは、ずいぶん賑やかだったものね。男の兄弟がいたら、あんな感じなのかしら?」
エレノアの言葉に、セシリアは少し考え込んだ。
「でも、シング公爵は、お姉さまのお兄さまになりたいとは思っていないと思います。セシリアの……お兄さまには、なるかも……? しれませんが? もしかして、ですけど?」
セシリアの言葉に、エレノアは小さく笑った。彼女の前には、静かに紅茶が置かれ、湯気がゆらゆらと立ち上っている。
「シング公爵ね……」
エレノアはそう呟き、窓の外に視線を移した。彼女がコンスタッドに対してどんな感情を抱いているのか、セシリアにははっきりとはわからない。ただ、セシリアの目には、二人がどこかお似合いに見えた。
だが、コンスタッドのあの積極的な態度は、周囲の目を引くほど。彼がエレノアにぐいぐいと迫る姿は、確かに魅力的だが、得策とは言えないかもしれない。
「セシリア~! エレノア~! お腹、空いた~」
突然、モリスの元気な声がサロンに響いた。彼女はいつも「お腹が空いた」を合言葉に現れる。魔法を使うと異様に腹が減るんだよねと、モリス自身がよく口にしていた。
モリスが席につくと、給仕が慣れた手つきで彼女の前にも紅茶とお菓子を並べた。砂糖菓子の甘い香りが、静かなサロンにふわりと広がる。
「モリス、ちょっと聞いてもいいですか?」
セシリアは、ずっと気になっていた質問を切り出した。
「セシリアがロックウェルに行くと言ったら、モリスはどうしますか?」
これまで聞く機会がなかったのは、シオンたちが滞在していたとき、なんだかんだで彼がセシリアのそばにいたからだ。
「どうするって? どうもしないけど? なんだい? 留学でもしたいのかい?」
モリスはクッキーを口に放り込みながら、気楽に答えた。
「違いますよ。ロックウェルでも砂糖を作ることになるかもしれないから、お姉さまについていこうかなって思っているんです」
「ああ、それならいいとこ一か月くらいか?」
モリスがそう言うと、エレノアが即座に訂正した。
「いいえ、十日くらいよ。あまり長くこちらを空けられないもの」
エレノアの言葉からは、代表代理としての責任が感じられた。
「だったら、私も一緒に行こうかな!」
モリスの軽い調子の言葉に、セシリアは琥珀色の瞳を大きく見開いた。
「え? モリスも一緒に?」
「里帰りだよ、里帰り! それで、いつ行くんだい? あの畑の世話を誰かに頼まなければいけないしね」
モリスは、まるで旅行の計画でも立てるように楽しげに言った。
「今すぐというわけではないわ。ロックウェルと正式にさとうきび事業の契約を結んで、環境を整えて……だから、早くても半年後、遅ければ一年後くらいかしら?」
エレノアが落ち着いた口調で説明すると、モリスは「なるほどね」と頷き、白磁のカップに手を伸ばした。
「ロックウェルといっても、シング公爵と手を組むんだろ? ロックウェルのシング公爵と、アッシュクロフのケアード公爵。この二家が手を結べば……。さて、誰がどう動くかな?」
モリスの言葉は、どこか意味深だった。
セシリアには、その言葉の裏に隠された含みがなど理解できない。
ただ、エレノアの顔が一瞬、難しい表情に変わったのを見逃さなかった。
二人を案内するのは、もちろんケアード公爵だ。ついでに、砂糖の新たな販路を開拓する商談も進めるらしい。外交大臣のときに築いた人脈を使うのだ。
「お父さま!」
セシリアは、顔を上げて手を振った。まるで「こっちに来て」と言わんばかりの仕草だ。
「どうした、セシリア? 寂しいのか? お父様は寂しいぞ。かわいいセシリアと離れるなんて、耐えられないよ!」
ケアード公爵は、娘を力強く抱きしめた。その腕には、父親としての深い愛情と暑苦しさが込められている。
「あ、はい。寂しいのは寂しいのですが……。それよりも、イライザさまが今どうされているか、確認していただけますか? 本来なら、そろそろイライザさまが聖女として公表される時期なんです」
セシリアの言葉には、どこか切実な響きがあった。それは、謎の記憶によるものだ。その記憶によれば、王都セッテでは今頃、聖女の誕生を祝う喜びの声が響いているはずだった。
しかし、フェルトンの地には、そうした噂すら届いていない。王都とフェルトンでは距離があるため、話が遅れるのは仕方ないのかもしれない。
だからこそセシリアの胸には、不安が広がっていた。
「わかった。私の大切なエレノアを傷つけた者たちだからな。しっかり調べておくよ」
イライザが聖女かもしれないという話は、セシリアがフェルトンに来る前に、家族にそれとなく伝えていた。ケアード公爵は、娘のそんな妄想のような話を、軽く笑いながらも心の片隅に留めてくれていたのだ。
公爵はニヤリと笑い、セシリアをそっと解放した。その笑顔には、娘への信頼と、どこか企むような雰囲気が漂っている。
父親たちが領主館を去ると、屋敷は一気に静けさに包まれた。
「セシリア、なんだかつまらなそうね?」
いつの間にかサロンに入ってきたエレノアが、セシリアの向かい側のソファに腰を下ろした。彼女の声には、軽いからかいの色が混じっていた。
「つまらなくなんてありませんよ、お姉さま」
セシリアは慌てて否定したが、その声には少しだけ力がない。
「そう? でも、なんだか寂しそうよ。シング公爵たちがいらっしゃったときは、ずいぶん賑やかだったものね。男の兄弟がいたら、あんな感じなのかしら?」
エレノアの言葉に、セシリアは少し考え込んだ。
「でも、シング公爵は、お姉さまのお兄さまになりたいとは思っていないと思います。セシリアの……お兄さまには、なるかも……? しれませんが? もしかして、ですけど?」
セシリアの言葉に、エレノアは小さく笑った。彼女の前には、静かに紅茶が置かれ、湯気がゆらゆらと立ち上っている。
「シング公爵ね……」
エレノアはそう呟き、窓の外に視線を移した。彼女がコンスタッドに対してどんな感情を抱いているのか、セシリアにははっきりとはわからない。ただ、セシリアの目には、二人がどこかお似合いに見えた。
だが、コンスタッドのあの積極的な態度は、周囲の目を引くほど。彼がエレノアにぐいぐいと迫る姿は、確かに魅力的だが、得策とは言えないかもしれない。
「セシリア~! エレノア~! お腹、空いた~」
突然、モリスの元気な声がサロンに響いた。彼女はいつも「お腹が空いた」を合言葉に現れる。魔法を使うと異様に腹が減るんだよねと、モリス自身がよく口にしていた。
モリスが席につくと、給仕が慣れた手つきで彼女の前にも紅茶とお菓子を並べた。砂糖菓子の甘い香りが、静かなサロンにふわりと広がる。
「モリス、ちょっと聞いてもいいですか?」
セシリアは、ずっと気になっていた質問を切り出した。
「セシリアがロックウェルに行くと言ったら、モリスはどうしますか?」
これまで聞く機会がなかったのは、シオンたちが滞在していたとき、なんだかんだで彼がセシリアのそばにいたからだ。
「どうするって? どうもしないけど? なんだい? 留学でもしたいのかい?」
モリスはクッキーを口に放り込みながら、気楽に答えた。
「違いますよ。ロックウェルでも砂糖を作ることになるかもしれないから、お姉さまについていこうかなって思っているんです」
「ああ、それならいいとこ一か月くらいか?」
モリスがそう言うと、エレノアが即座に訂正した。
「いいえ、十日くらいよ。あまり長くこちらを空けられないもの」
エレノアの言葉からは、代表代理としての責任が感じられた。
「だったら、私も一緒に行こうかな!」
モリスの軽い調子の言葉に、セシリアは琥珀色の瞳を大きく見開いた。
「え? モリスも一緒に?」
「里帰りだよ、里帰り! それで、いつ行くんだい? あの畑の世話を誰かに頼まなければいけないしね」
モリスは、まるで旅行の計画でも立てるように楽しげに言った。
「今すぐというわけではないわ。ロックウェルと正式にさとうきび事業の契約を結んで、環境を整えて……だから、早くても半年後、遅ければ一年後くらいかしら?」
エレノアが落ち着いた口調で説明すると、モリスは「なるほどね」と頷き、白磁のカップに手を伸ばした。
「ロックウェルといっても、シング公爵と手を組むんだろ? ロックウェルのシング公爵と、アッシュクロフのケアード公爵。この二家が手を結べば……。さて、誰がどう動くかな?」
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