堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
10 / 67
【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

10.大人の時間です(1)

しおりを挟む
「久しぶりじゃないか、マリー」
 金色の髪を撫でつけている男が、カウンターで一人グラスを傾けていた彼女を目ざとく見つけて言い寄ってきた。「今日もステキだね、マリー」

 マリーと呼ばれた女性は、赤いドレスに赤いルージュが似合う妖艶な美女。その赤いドレスも胸元が大きく開いて、太ももにまでスリットが入っているものだから、この男にとってはたまらない。

「久しぶりね、アンディ」

「最近、姿を見せないから心配していたんだよ」
 アンディが酒の入ったグラスを口につけた。

「だって、あの盗賊団の件があったでしょう。私たちも目をつけられたら、と思って、自粛していたのよ」
 マリーは、オレンジ色の液体を一口飲む。氷がカランと音を立てた。
「でも、相変わらずいい女だね。マリーは」
 アンディはそっとマリーの腰に手を回した。男の広い胸板が、マリーの頭に押し付けられる。

「相変わらず、あなたは手が早いのね。これではのんびりとこれを味わうことができないじゃないの」
 マリーはグラスをかかげ、男を見上げた。

「だったら、俺を味わってみるか?」
 その男の唇に、彼女は右手の人差し指を当てた。

「そうやって先を急ぐような人は嫌いよ」

「つれないな。でも、それが君の魅力的なところでもある。場所を変えよう。仕事の話がしたい」

「ベッドの中で?」

「それもいいかもしれないな」
 男の答えに、マリーは艶やかに笑んだ。
 マリーは、男と一緒にこの酒場の二階にある部屋へと移動した。他の人に聞かれたくない時に使うような部屋。また、他の人に見られたくないような行為をする時にも使われているらしい部屋だ。

 男が上着を脱いでベッドの端に腰かけると、ベッドがゆっくりと沈んだ。
「飲む?」
 マリーがグラスを差し出した。カランと氷の音がする。
「悪いね」
 男は疑いもせずに、それを右手で受け取った。彼女も自分の分の飲み物の準備をすると、それを手にして、アンディの隣に腰を落ち着ける。二人分の重さで、ベッドはまた沈んだ。

「マリー。盗賊団の件には、あの騎士団が絡んでいるって聞いたかい?」
 アンディはそこで、マリーからもらったグラスに口をつけた。

「ええ。ちょうど盗賊団たちが密売をしかけたときに、乗り込んできたらしいわね」

「ものすごくいいタイミングだ。盗賊団は一人残らず捕まったらしい。どこから、情報が漏れたんだろうか」

「さあ、盗聴でもされていたのかしら? それともスパイがいたとか?」
 首を傾けるという幼い仕草が、意外にもマリーに似合う。

「スパイ、か」
 男は呟き、左手をマリーの背中に回した。

「何か、心当たりがあるの?」

「いや。無い。スパイならあの事件後、いなくなった奴がそうなんだろうな。だが、あれ以降、仲間たちには会っていないしな。それよりも、せめて何か騎士団の弱みを握ることができれば、事は安全に進むと思うのだが」

「弱みねぇ」
 一口、飲んだ。そして少し考え込む。

「何か、心当たりがあるのか?」

「いえ、弱みになるかどうかはわからないけれど。面白い噂を聞いたのよ」
 何かを思い出したかのように、マリーふふっと笑った。それだけ面白い噂なのだろう。また一口、グラスの中身を口に含んだ。

「面白い噂? それはどんな噂だい?」

「あの騎士団の団長が、とうとう婚約したらしいわよ」

「騎士団の団長って、あの第一のか? 堅物で有名な」
 右手のグラスが揺れた。カランと氷の音がした。それだけ興奮したのだろう。

「そう。堅物で有名な、ね」

「だったら決まりじゃないか。いざとなったら、その婚約者を狙う。立派な弱みだ。相手が誰か、わかるか?」

「今はまだわからないわ。面白い噂程度の話だから。調べておきましょうか」

「ああ、頼む」

 そこで一口、アンディはグラスの中身を飲んだ。いい案が浮かんだと思っているようだ。「どうせ、どこかのご令嬢だろう。護衛が薄くなったところをさらえばいいんだ」

「そうね、その手があったわね。アンディ、あなた、冴えているじゃない」
 男を熱っぽい視線で見上げ、マリーは小悪魔のような笑みを浮かべる。

 褒められて気が高まったのだろう。そこからアンディはグラスの中の液体を一気に飲み干した。そして、空になったグラスを枕元にあるテーブルの上に置くと、マリーの両肩に手を添えた。
 マリーもゆっくりと、手にしていたグラスに口をつけた。ゆっくりと、その液体を飲み干す。上下する喉元を、男が食い入るように見つめている。
 だが、マリーは何事もゆっくりと。男を焦らすかのように、ゆっくりと。

 ふと、男の身体がマリーの方に倒れてきた。やっと薬が効いてきたようだ。

 マリーは手早く男の衣服を脱がせ、男をベッドの中へと引きずり込む。不本意ではあるが、胸元にキスマークでも残しておいてあげよう。それから、メモ用紙に「素敵な夜をありがとう」と書いた。もう一度唇に真っ赤なルージュをつけると、そのメモの脇にキスマークを落とした。

 後始末を終えたマリーは、その部屋を出て行った。パタン、と扉が閉まる乾いた音が響いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

処理中です...