18 / 67
【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
18.大人の時間です(2)
しおりを挟む
「やあ、マリー」
「あら、アンディ。元気だった?」
今日もカウンターで一人グラスを傾けていた彼女に言い寄る男が一人。金色の髪を撫でつけている男。
「相変わらず、君はステキだね」
「褒めても何も出ないわよ」
グラスを口元にまで運ぶと、カランと氷が鳴る。首を傾ける仕草も、男には誘っているように見える。
「そうそう、アンディ。例の件、わかったわよ」グラスから口を離しながら、マリーは言った。「少し、場所を変えましょう」
「上か?」
アンディは右手の人差し指を立てた。上の部屋。つまり、誰にも聞かれたくない話をする部屋。もしくは、誰にも見られたくないような行為をする部屋。
「そうしたいのはやまやまだけど。私、この後も仕事があるのよ。奥の、ボックスでいいわね」
マリーは目の前の店員に告げ、奥のボックス席へと移動した。
彼女が先にソファに座ると、すかさずアンディもその隣へと腰をおろす。そして、そっと彼女の背中に手を回した。マリーはその頭を彼の肩に預けた。
「例の婚約者。誰かがわかったわ」
アンディの耳元で囁く。彼は表情を変えずに「誰だ」と尋ねる。
「フランシア子爵家の娘よ」
「フランシア? あまり聞いたことはないな」
「あそこは騎士団の家系らしいわ」
「では、その娘もか?」
娘も騎士団だとしたら、手を出すのは少し面倒かもしれない、とアンディは考えた。
「いえ。娘はどうやら身体が丈夫ではないらしいの。そのためか社交界にもあまり参加していない。普段は屋敷の方に引きこもっているらしいわ。だから、ほとんど名前も知られていないし、顔も知られていないみたい」
「そんな女がよく、あれの婚約者になったな」
「あそこの他の兄弟は騎士団だから、その騎士団つながりじゃないかしら?」
マリーは腕を伸ばして、テーブルの上のグラスを取った。
「あなたも、飲む?」
マリーは目を細めて聞いた。
「ああ」
ボトルからグラスに酒を注ぎ、いくつか氷を落としたものを、アンディの手に握らせた。
二人はグラスを掲げ、それをカチンとあてた。マリーは今日もオレンジ色の液体を、ゆっくりと飲んでいる。それを飲むたびに、上下に揺れる喉元。今すぐにでも喰いつきたい。
「建国記念パーティの件、あなたの耳にも入っているでしょ?」
片手でグラスを持ったマリーが言った。
「ああ、もうそんな時期か」
「どうやらそのパーティに、あの騎士団長が婚約者を連れて出席するらしいわ」
「へえ、それは珍しい」アンディは一口、グラスの中の茶色の液体を口に入れた。カタンと氷が鳴る。「そして、面白い」
「でしょ」
マリーは身体をアンディの方に向けた。「警備担当ではなく、招待客として参加するのよ。こんな面白い話があって?」
マリーの微笑みは上品だ。アンディはいつも思うのだが、この娘はどこかの令嬢ではないのか、と。彼女はいつも、こうやって有益な情報を自分に与えてくれる。いや、自分だけではない。彼女は貴族様に関する情報を、それを必要とする者たちに売っているのだ。
しかも美人でスタイルもいいときた。女性としての魅力も申し分ない。このような女性を連れて歩けたら、他の男性からは羨望の眼差しを向けられることになるだろう。それくらい、中身も外見も、魅力的な女性なのだ。
今日も、黒いシックな装いが、彼女の妖艶さを引き立てている。
「どうかした?」
アンディの肩に両手をのせ、その上に顎を預けているマリーもどことなく艶めかしい。
「いや。そのパーティにどうにかして参加できないか、ということを考えていた」
あの騎士団の団長の顔はもちろん知っている。幾度となく顔を合わせている。鉄壁の警備を敷いてくるところが、アンディの仕事がやりにくくなっている原因だ。だが、そう言った障害がある方が、楽しいとも思える。
「できるのではなくて? あなたなら」
肩が軽くなった。マリーの顔が外れたのだ。そして、彼女の人差し指がアンディの唇に触れる。
「アンドリュー・グリフィン公爵として参加すればよろしいのではないかしら?」
ドキっと身体が跳ねた。彼女はお見通しだったのか。
「私はただの町娘だけれど、あなたは立派な貴族様でしょ?」
「君にはかなわないな。だったら、私の女になるかい?」
アンディはマリーの肩に手を回した。マリーはその手をやんわりとどける。
「残念ながら、お断りよ。貴族様の女なんて、不便で仕方ないもの。それに、私は誰の女にもなるつもりはない」
「やっぱり、君のそういうところ、好きだなぁ」
アンディはソファの背もたれに肩を開いて、限界まで寄りかかる。
「俺の女になれ」
今度は彼女の腰に手を回した。強引に引き寄せる。
「きゃ」
マリーはその力に負けてしまい、アンディの胸に頭を預ける形になってしまった。
「俺と一緒になれば、不自由しないと思うが?」
「私は不自由しない暮らしは望んでいない」
「マリー。だったら、君の望みは?」
「刺激のある暮らし」
そこでマリーはすっと立ち上がった。
「ごめんなさい、アンディ。もう次の仕事の時間なの。私、売れっ子だから」
「ああ、知ってる」
「またね」
鎖の長い革のバッグを肘にかけて、颯爽と去っていく。その後ろ姿も申し分無い。
逃げられれば追いかけたくなる。アンディはなんとかして彼女を自分のものにできないか、ということを考え始めていた。
「あら、アンディ。元気だった?」
今日もカウンターで一人グラスを傾けていた彼女に言い寄る男が一人。金色の髪を撫でつけている男。
「相変わらず、君はステキだね」
「褒めても何も出ないわよ」
グラスを口元にまで運ぶと、カランと氷が鳴る。首を傾ける仕草も、男には誘っているように見える。
「そうそう、アンディ。例の件、わかったわよ」グラスから口を離しながら、マリーは言った。「少し、場所を変えましょう」
「上か?」
アンディは右手の人差し指を立てた。上の部屋。つまり、誰にも聞かれたくない話をする部屋。もしくは、誰にも見られたくないような行為をする部屋。
「そうしたいのはやまやまだけど。私、この後も仕事があるのよ。奥の、ボックスでいいわね」
マリーは目の前の店員に告げ、奥のボックス席へと移動した。
彼女が先にソファに座ると、すかさずアンディもその隣へと腰をおろす。そして、そっと彼女の背中に手を回した。マリーはその頭を彼の肩に預けた。
「例の婚約者。誰かがわかったわ」
アンディの耳元で囁く。彼は表情を変えずに「誰だ」と尋ねる。
「フランシア子爵家の娘よ」
「フランシア? あまり聞いたことはないな」
「あそこは騎士団の家系らしいわ」
「では、その娘もか?」
娘も騎士団だとしたら、手を出すのは少し面倒かもしれない、とアンディは考えた。
「いえ。娘はどうやら身体が丈夫ではないらしいの。そのためか社交界にもあまり参加していない。普段は屋敷の方に引きこもっているらしいわ。だから、ほとんど名前も知られていないし、顔も知られていないみたい」
「そんな女がよく、あれの婚約者になったな」
「あそこの他の兄弟は騎士団だから、その騎士団つながりじゃないかしら?」
マリーは腕を伸ばして、テーブルの上のグラスを取った。
「あなたも、飲む?」
マリーは目を細めて聞いた。
「ああ」
ボトルからグラスに酒を注ぎ、いくつか氷を落としたものを、アンディの手に握らせた。
二人はグラスを掲げ、それをカチンとあてた。マリーは今日もオレンジ色の液体を、ゆっくりと飲んでいる。それを飲むたびに、上下に揺れる喉元。今すぐにでも喰いつきたい。
「建国記念パーティの件、あなたの耳にも入っているでしょ?」
片手でグラスを持ったマリーが言った。
「ああ、もうそんな時期か」
「どうやらそのパーティに、あの騎士団長が婚約者を連れて出席するらしいわ」
「へえ、それは珍しい」アンディは一口、グラスの中の茶色の液体を口に入れた。カタンと氷が鳴る。「そして、面白い」
「でしょ」
マリーは身体をアンディの方に向けた。「警備担当ではなく、招待客として参加するのよ。こんな面白い話があって?」
マリーの微笑みは上品だ。アンディはいつも思うのだが、この娘はどこかの令嬢ではないのか、と。彼女はいつも、こうやって有益な情報を自分に与えてくれる。いや、自分だけではない。彼女は貴族様に関する情報を、それを必要とする者たちに売っているのだ。
しかも美人でスタイルもいいときた。女性としての魅力も申し分ない。このような女性を連れて歩けたら、他の男性からは羨望の眼差しを向けられることになるだろう。それくらい、中身も外見も、魅力的な女性なのだ。
今日も、黒いシックな装いが、彼女の妖艶さを引き立てている。
「どうかした?」
アンディの肩に両手をのせ、その上に顎を預けているマリーもどことなく艶めかしい。
「いや。そのパーティにどうにかして参加できないか、ということを考えていた」
あの騎士団の団長の顔はもちろん知っている。幾度となく顔を合わせている。鉄壁の警備を敷いてくるところが、アンディの仕事がやりにくくなっている原因だ。だが、そう言った障害がある方が、楽しいとも思える。
「できるのではなくて? あなたなら」
肩が軽くなった。マリーの顔が外れたのだ。そして、彼女の人差し指がアンディの唇に触れる。
「アンドリュー・グリフィン公爵として参加すればよろしいのではないかしら?」
ドキっと身体が跳ねた。彼女はお見通しだったのか。
「私はただの町娘だけれど、あなたは立派な貴族様でしょ?」
「君にはかなわないな。だったら、私の女になるかい?」
アンディはマリーの肩に手を回した。マリーはその手をやんわりとどける。
「残念ながら、お断りよ。貴族様の女なんて、不便で仕方ないもの。それに、私は誰の女にもなるつもりはない」
「やっぱり、君のそういうところ、好きだなぁ」
アンディはソファの背もたれに肩を開いて、限界まで寄りかかる。
「俺の女になれ」
今度は彼女の腰に手を回した。強引に引き寄せる。
「きゃ」
マリーはその力に負けてしまい、アンディの胸に頭を預ける形になってしまった。
「俺と一緒になれば、不自由しないと思うが?」
「私は不自由しない暮らしは望んでいない」
「マリー。だったら、君の望みは?」
「刺激のある暮らし」
そこでマリーはすっと立ち上がった。
「ごめんなさい、アンディ。もう次の仕事の時間なの。私、売れっ子だから」
「ああ、知ってる」
「またね」
鎖の長い革のバッグを肘にかけて、颯爽と去っていく。その後ろ姿も申し分無い。
逃げられれば追いかけたくなる。アンディはなんとかして彼女を自分のものにできないか、ということを考え始めていた。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる