堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)

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【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

18.大人の時間です(2)

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「やあ、マリー」

「あら、アンディ。元気だった?」

 今日もカウンターで一人グラスを傾けていた彼女に言い寄る男が一人。金色の髪を撫でつけている男。

「相変わらず、君はステキだね」

「褒めても何も出ないわよ」
 グラスを口元にまで運ぶと、カランと氷が鳴る。首を傾ける仕草も、男には誘っているように見える。
「そうそう、アンディ。例の件、わかったわよ」グラスから口を離しながら、マリーは言った。「少し、場所を変えましょう」

「上か?」
 アンディは右手の人差し指を立てた。上の部屋。つまり、誰にも聞かれたくない話をする部屋。もしくは、誰にも見られたくないような行為をする部屋。

「そうしたいのはやまやまだけど。私、この後も仕事があるのよ。奥の、ボックスでいいわね」
 マリーは目の前の店員に告げ、奥のボックス席へと移動した。
 彼女が先にソファに座ると、すかさずアンディもその隣へと腰をおろす。そして、そっと彼女の背中に手を回した。マリーはその頭を彼の肩に預けた。

「例の婚約者。誰かがわかったわ」

 アンディの耳元で囁く。彼は表情を変えずに「誰だ」と尋ねる。

「フランシア子爵家の娘よ」

「フランシア? あまり聞いたことはないな」

「あそこは騎士団の家系らしいわ」

「では、その娘もか?」
 娘も騎士団だとしたら、手を出すのは少し面倒かもしれない、とアンディは考えた。

「いえ。娘はどうやら身体が丈夫ではないらしいの。そのためか社交界にもあまり参加していない。普段は屋敷の方に引きこもっているらしいわ。だから、ほとんど名前も知られていないし、顔も知られていないみたい」

「そんな女がよく、あれの婚約者になったな」

「あそこの他の兄弟は騎士団だから、その騎士団つながりじゃないかしら?」

 マリーは腕を伸ばして、テーブルの上のグラスを取った。
「あなたも、飲む?」
 マリーは目を細めて聞いた。

「ああ」
 ボトルからグラスに酒を注ぎ、いくつか氷を落としたものを、アンディの手に握らせた。
 二人はグラスを掲げ、それをカチンとあてた。マリーは今日もオレンジ色の液体を、ゆっくりと飲んでいる。それを飲むたびに、上下に揺れる喉元。今すぐにでも喰いつきたい。

「建国記念パーティの件、あなたの耳にも入っているでしょ?」
 片手でグラスを持ったマリーが言った。

「ああ、もうそんな時期か」

「どうやらそのパーティに、あの騎士団長が婚約者を連れて出席するらしいわ」

「へえ、それは珍しい」アンディは一口、グラスの中の茶色の液体を口に入れた。カタンと氷が鳴る。「そして、面白い」

「でしょ」
 マリーは身体をアンディの方に向けた。「警備担当ではなく、招待客として参加するのよ。こんな面白い話があって?」
 マリーの微笑みは上品だ。アンディはいつも思うのだが、この娘はどこかの令嬢ではないのか、と。彼女はいつも、こうやって有益な情報を自分に与えてくれる。いや、自分だけではない。彼女は貴族様に関する情報を、それを必要とする者たちに売っているのだ。
 しかも美人でスタイルもいいときた。女性としての魅力も申し分ない。このような女性を連れて歩けたら、他の男性からは羨望の眼差しを向けられることになるだろう。それくらい、中身も外見も、魅力的な女性なのだ。
 今日も、黒いシックな装いが、彼女の妖艶さを引き立てている。

「どうかした?」
 アンディの肩に両手をのせ、その上に顎を預けているマリーもどことなく艶めかしい。

「いや。そのパーティにどうにかして参加できないか、ということを考えていた」
 あの騎士団の団長の顔はもちろん知っている。幾度となく顔を合わせている。鉄壁の警備を敷いてくるところが、アンディの仕事がやりにくくなっている原因だ。だが、そう言った障害がある方が、楽しいとも思える。

「できるのではなくて? あなたなら」

 肩が軽くなった。マリーの顔が外れたのだ。そして、彼女の人差し指がアンディの唇に触れる。
「アンドリュー・グリフィン公爵として参加すればよろしいのではないかしら?」

 ドキっと身体が跳ねた。彼女はお見通しだったのか。

「私はただの町娘だけれど、あなたは立派な貴族様でしょ?」

「君にはかなわないな。だったら、私の女になるかい?」

 アンディはマリーの肩に手を回した。マリーはその手をやんわりとどける。

「残念ながら、お断りよ。貴族様の女なんて、不便で仕方ないもの。それに、私は誰の女にもなるつもりはない」

「やっぱり、君のそういうところ、好きだなぁ」
 アンディはソファの背もたれに肩を開いて、限界まで寄りかかる。
「俺の女になれ」

 今度は彼女の腰に手を回した。強引に引き寄せる。

「きゃ」
 マリーはその力に負けてしまい、アンディの胸に頭を預ける形になってしまった。

「俺と一緒になれば、不自由しないと思うが?」

「私は不自由しない暮らしは望んでいない」

「マリー。だったら、君の望みは?」

「刺激のある暮らし」
 そこでマリーはすっと立ち上がった。
「ごめんなさい、アンディ。もう次の仕事の時間なの。私、売れっ子だから」

「ああ、知ってる」

「またね」
 鎖の長い革のバッグを肘にかけて、颯爽と去っていく。その後ろ姿も申し分無い。
 逃げられれば追いかけたくなる。アンディはなんとかして彼女を自分のものにできないか、ということを考え始めていた。
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