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【第二部】堅物騎士団長と新婚の変装令嬢は今日もその役を演じます
7.出発です
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隣国のバーデールは馬車で二日の距離。ジルベルトがメインでクラレンス陛下の護衛についている。エレオノーラは通訳のセレナとして、同行することになった。なぜ、セレナという名にしたのか。それはジルベルトが間違えて彼女をエレンと呼んでも、似ている名前でついつい妻の名を呼んでしまった、という言い訳ができそうな名前だから、である。
そんなセレナは、首元まできちっと締めたブラウスにジャケットを羽織り、足首まで隠れる丈のスカート。髪はすっきりと一つにまとめて、眼鏡までかけている。ジルベルトでさえ、三度見したほど。いや、以前にもこの恰好を見たはずなのだが、やはり中身がエレオノーラとは思えない。
「ご無沙汰しております。ジルベルト様。本日はこのような仕事を私にご紹介いただきまして、ありがとうございます」
と通訳のセレナをすでに演じている。
「ああ。エレンも貴殿に会いたがっていたから。時間があるときに、遊びにきてもらえると、彼女も喜ぶ」
と答えてみた。こんなんでよかったのだろうか、とジルベルトは思う。
エレオノーラ扮するセレナはニコリと笑って、ありがとうございます、と言う。目の前に愛する妻がいるのに、妻として扱うことのできないもどかしさをジルベルトは味わった。いや、これからも味わうことになるということを、ジルベルト本人は気付いていない。
エレオノーラ扮するセレナだが、クラレンスとは一度面通し済だ。彼女の通訳としての実力を確認するためだ。さすがジルベルトとエレオノーラの紹介だね、とクラレンスは喜んでいた。ということで、彼女は通訳として合格点をもらうことができた。だから今、ここにいる。
そしてジルベルトが今、不満があるとしたら、エレオノーラと違う馬車に乗らなければならない、ということだった。ジルベルトはクラレンスの護衛のため、彼と同じ馬車。エレオノーラは残念ながら別な騎士と別な馬車。ただ、ドミニクが同じ馬車に乗っているという事実が、せめてもの救い。
「セレナさんは、リガウン団長の知り合いと聞いたのですが」
彼は確か、ジャックと言う名でジルベルトの部下であったと記憶している。
「はい。エレンさんとも仲良くさせていただいております。今回のお仕事もジルベルト様とエレンさんからの紹介です」
必要最低限の会話でおさえておきたい。と思っていたら、話の矛先がかわった。
「ドミニクさんは、リガウン団長の奥さんのお兄さんですよね」
その矛先はドミニクに向かっていたのだ。
「そうです」
ドミニクも必要最低限の返事だった。
「では、お二人はお知り合いなのですか?」
ここで言うお二人とは、セレナとドミニクのことだ。そうきたか、と思う。
エレオノーラが横目でドミニクを見ると、まかせる、とその目が言っていたので、彼女が口を開くことにした。
「ええ。エレンさんのお兄様であることは認識しております」
「そうなんですね」
ジャックは顔中にニコニコを浮かべていた。こう見ると、あまり騎士らしく見えないかもしれない。
「ところで。セレナさんは、団長がエレンさんに会えなくて暴れたっていう話を聞きましたか?」
まだ話を広げようとするジャック。その心意気だけは褒めてあげたいが、何も話題がそれでなくてもいいだろう、と思う。
そしてドミニクの目は「なんだ、その話は」と言っている。
「もしかして、ドミニクさんもご存知ない?」
「ええ。妹からは何も聞いておりませんので」
ドミニクがその話題に興味を持ったのか、話に乗ってきた。
「団長。新婚さんだったのに、仕事が忙しくて帰れない日々が続いていたんです。それで、一月くらい奥さんに会えなかったみたいで、とうとう騎士団なんて辞めてやるって暴れ出して。いろんな人が団長を取り押さえて。それでなんとかその日のうちに一時帰宅が認められました」
ドミニクが噴出しそうになっているのを我慢している。
「妹さん、本当に愛されていますね」
その話からのその流れ。
「そ、う、ですね」
ドミニクは笑いをこらえるのに必死だ。そんな彼を、エレオノーラは冷たい目で刺す。
「いや、あの団長が婚約したって聞いたときに。相手がどのような方かって、盛り上がったんですよね。団長は、結婚に興味無いと思っていましたからね。そしたら、もう。美人だし、控えめだし、落ち着いてるし。さすがあの団長が選んだだけあるな、って思いました。って、あれ? ドミニクさんの妹、ですよね?」
「はい」
「そうなると、年が」
「妹は十八です。それ以上でもそれ以下でも、年齢詐称もしていない」
ちょっとドミニクがイラっとしている。セレナのことはどうでもいいが、エレオノーラのことになるとどうでもよくないらしい。
「え。そうなんですか。大人っぽいですね。あれ? でも団長が今年三十二くらいだったから、犯罪じゃないですかっ」
犯罪って、どういう意味だろう。
「あれ、もしかしてセレナさんも?」
「はい、十八です」
ニッコリと笑って、眼鏡を右手の人差し指で押し上げた。
「え、え、えー? 十八なんですか?」
ジャックの驚き方はどんな意味があるのか。「ちなみに、セレナさんは婚約者とかいらっしゃるんですか?」
「え、と。いいえ、残念ながら」
と答えたのが失敗だった。
「では、ボクなんかいかがですか? 実は、セレナさんを一目見た時から、ボクの好みど真ん中だったんですよね」
わざわざそうならないように、眼鏡でいかにも女史という言葉が似合うような恰好をしてきた、というのに。この男の好みど真ん中だったとは。人の好みというものはよくわからないものだ。
エレオノーラは、兄よ、助けてくれ、という視線を送ったが、俺はセレナの兄ではない、とその目が言っていた。
だがドミニクはこの部下があとでジルベルトからこってりと叱られるんだろうな、と思うと少し可哀そうになった。
そんなセレナは、首元まできちっと締めたブラウスにジャケットを羽織り、足首まで隠れる丈のスカート。髪はすっきりと一つにまとめて、眼鏡までかけている。ジルベルトでさえ、三度見したほど。いや、以前にもこの恰好を見たはずなのだが、やはり中身がエレオノーラとは思えない。
「ご無沙汰しております。ジルベルト様。本日はこのような仕事を私にご紹介いただきまして、ありがとうございます」
と通訳のセレナをすでに演じている。
「ああ。エレンも貴殿に会いたがっていたから。時間があるときに、遊びにきてもらえると、彼女も喜ぶ」
と答えてみた。こんなんでよかったのだろうか、とジルベルトは思う。
エレオノーラ扮するセレナはニコリと笑って、ありがとうございます、と言う。目の前に愛する妻がいるのに、妻として扱うことのできないもどかしさをジルベルトは味わった。いや、これからも味わうことになるということを、ジルベルト本人は気付いていない。
エレオノーラ扮するセレナだが、クラレンスとは一度面通し済だ。彼女の通訳としての実力を確認するためだ。さすがジルベルトとエレオノーラの紹介だね、とクラレンスは喜んでいた。ということで、彼女は通訳として合格点をもらうことができた。だから今、ここにいる。
そしてジルベルトが今、不満があるとしたら、エレオノーラと違う馬車に乗らなければならない、ということだった。ジルベルトはクラレンスの護衛のため、彼と同じ馬車。エレオノーラは残念ながら別な騎士と別な馬車。ただ、ドミニクが同じ馬車に乗っているという事実が、せめてもの救い。
「セレナさんは、リガウン団長の知り合いと聞いたのですが」
彼は確か、ジャックと言う名でジルベルトの部下であったと記憶している。
「はい。エレンさんとも仲良くさせていただいております。今回のお仕事もジルベルト様とエレンさんからの紹介です」
必要最低限の会話でおさえておきたい。と思っていたら、話の矛先がかわった。
「ドミニクさんは、リガウン団長の奥さんのお兄さんですよね」
その矛先はドミニクに向かっていたのだ。
「そうです」
ドミニクも必要最低限の返事だった。
「では、お二人はお知り合いなのですか?」
ここで言うお二人とは、セレナとドミニクのことだ。そうきたか、と思う。
エレオノーラが横目でドミニクを見ると、まかせる、とその目が言っていたので、彼女が口を開くことにした。
「ええ。エレンさんのお兄様であることは認識しております」
「そうなんですね」
ジャックは顔中にニコニコを浮かべていた。こう見ると、あまり騎士らしく見えないかもしれない。
「ところで。セレナさんは、団長がエレンさんに会えなくて暴れたっていう話を聞きましたか?」
まだ話を広げようとするジャック。その心意気だけは褒めてあげたいが、何も話題がそれでなくてもいいだろう、と思う。
そしてドミニクの目は「なんだ、その話は」と言っている。
「もしかして、ドミニクさんもご存知ない?」
「ええ。妹からは何も聞いておりませんので」
ドミニクがその話題に興味を持ったのか、話に乗ってきた。
「団長。新婚さんだったのに、仕事が忙しくて帰れない日々が続いていたんです。それで、一月くらい奥さんに会えなかったみたいで、とうとう騎士団なんて辞めてやるって暴れ出して。いろんな人が団長を取り押さえて。それでなんとかその日のうちに一時帰宅が認められました」
ドミニクが噴出しそうになっているのを我慢している。
「妹さん、本当に愛されていますね」
その話からのその流れ。
「そ、う、ですね」
ドミニクは笑いをこらえるのに必死だ。そんな彼を、エレオノーラは冷たい目で刺す。
「いや、あの団長が婚約したって聞いたときに。相手がどのような方かって、盛り上がったんですよね。団長は、結婚に興味無いと思っていましたからね。そしたら、もう。美人だし、控えめだし、落ち着いてるし。さすがあの団長が選んだだけあるな、って思いました。って、あれ? ドミニクさんの妹、ですよね?」
「はい」
「そうなると、年が」
「妹は十八です。それ以上でもそれ以下でも、年齢詐称もしていない」
ちょっとドミニクがイラっとしている。セレナのことはどうでもいいが、エレオノーラのことになるとどうでもよくないらしい。
「え。そうなんですか。大人っぽいですね。あれ? でも団長が今年三十二くらいだったから、犯罪じゃないですかっ」
犯罪って、どういう意味だろう。
「あれ、もしかしてセレナさんも?」
「はい、十八です」
ニッコリと笑って、眼鏡を右手の人差し指で押し上げた。
「え、え、えー? 十八なんですか?」
ジャックの驚き方はどんな意味があるのか。「ちなみに、セレナさんは婚約者とかいらっしゃるんですか?」
「え、と。いいえ、残念ながら」
と答えたのが失敗だった。
「では、ボクなんかいかがですか? 実は、セレナさんを一目見た時から、ボクの好みど真ん中だったんですよね」
わざわざそうならないように、眼鏡でいかにも女史という言葉が似合うような恰好をしてきた、というのに。この男の好みど真ん中だったとは。人の好みというものはよくわからないものだ。
エレオノーラは、兄よ、助けてくれ、という視線を送ったが、俺はセレナの兄ではない、とその目が言っていた。
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