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【第二部】堅物騎士団長と新婚の変装令嬢は今日もその役を演じます
15.任務完了です
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コツコツという足音が、二人に近づく。
「ところで」
フレドリックが口を開いた。
「こっちの女はどうしたんだ?」
フレドリックが言うこっちの女とは間違いなくエレオノーラのことなのだが。
後ろの男二人は顔を見合わせ。
「フレディさんが以前レストランで会っていた女ですよ? この女もそうなんですよね?」
「この女。私は知らないな。だが」
フレドリックは床に右ひざをついて、エレオノーラの顔を覗き込むために、彼女の顎に手をかけた。「上玉だな」
「お褒めにいただきまして光栄です」
エレオノーラは顎に伸ばされていた手をつかみ、フレドリックの顔面めがけて頭突きをした。突然の出来事に、フレドリックは避けることもできず、見事、顔面で彼女の頭を受け止めてしまった。間違いなく痛かったのだろう。彼は顔を両手で押さえる。
「この女。取り押さえろ」
フレドリックが顔を押さえていうものだから、威厳もへったくれもない。後ろに控えていた男どもがエレオノーラに向かってくる。その前に。
エレオノーラはドレスから伸びる長い足を振り回し、フレドリックの側頭めがけてその蹴りを入れた。ドレスの裾はふわりと舞い上がる。タイトなスカートよりも動きやすい。
フレドリックは避けることもできず、吹っ飛んだ。エレオノーラの蹴りも威力が増している。それもこれもリガウン侯爵のおかげ。
「女!」
二人がやってくる。
「今のうち、逃げて」
エレオノーラが視線を送り、マリアに向かって言葉を放つ。彼女はすっと立ち上がり、出入り口目掛けて走り出す。男が一人、それに気付き、エレオノーラからマリアへと方向転換するが。
「あなたの相手は私ですよ」
楽しそうにエレオノーラは笑い、それの背中に蹴りを入れた。スカートの裾に隠れて、足の軌道が見えないからか、相手からは突然足が出てきたように見える。背中を蹴られた男は、前のめりになって倒れ込む。
残りは一人。最後の悪あがきか、エレオノーラに向かって拳を向けてきた。思っていたよりもそれが速く感じるのは、経験者か。エレオノーラは身体を低くしてそれを避け、相手の懐に入り込む。あまりパンチは得意ではないので、そのまま頭突きで相手の顎を狙う。男は顔を押さえてよろけたため、そのみぞおち向かって蹴りを繰り出す。
三人の男が床とお友達になっていた。
「お前、何者だ」
床から起き上がることができないフレドリックが言った。
「私? 私ですか?」
あるときは娼館の娼婦、あるときは高級レストランの料理人。そして今回は酒場の店員でした。だけど、その正体は。
「ドラギラ国第零騎士団諜報部レオン」
そこでドレスに手をかけると、それを脱ぎ捨てた。下に着ていたのは騎士団の服。ちょっとやってみたかった早着替え。そして、それ用に準備していた早脱ぎ用のドレス。この辺の知識も古の記憶から。
「ドラギラ国の騎士団だと?」
「はい、あなたを拘束します。フレドリック・ホワイト子爵」
廊下からバタバタと複数の足音が聞こえてきた。ドアは乱暴に開く。
バーデールの騎士たちだった。
「なぜ、こんなに? 今日は王宮でパーティがあるから、警備が薄れると思っていたのだが」
「ええ。そう思わせるための作戦ですからね」
バーデールの騎士団たちの後ろから姿を現したのはドラギラ国の騎士団の服に身を包むドミニク。腕を組んで、そう言った。それからジルベルト。ジルベルトもどこかで着替えたのだろう。髪型もいつもの通りだ。
床に這いつくばっていた男三人は、バーデールの騎士たちによって、引きずられるようにして連行されていった。引きずられていったのは、エレオノーラの蹴りが効いているのか歩くことができないからだ。
「ご協力、感謝いたします」
バーデールの騎士の一人が、ジルベルトに向かって礼を言う。着ている騎士服で彼が一番偉いと判断したのだろう。その流れでいくと、バーデールのその騎士も、多分、この中では一番偉い人。
「無事、任務完了ですね」
エレオノーラは、ほっと顔を緩める。
「任務完了なのはいいんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだよね」
腕を組んで、ドミニクが威圧的にエレオノーラを見下ろした。
「あのさ、さっきの男。僕に似てなくない?」
「さすがドミニクです。お気付きになりましたね?」
「気付くも何も。見ればわかるよね? どういうことか説明してもらおうか?」
ドミニクが一歩エレオノーラに詰め寄る。
「見ればわかるのであれば、説明は不要ですよね?」
エレオノーラは一歩下がる。そして顔を背けた。
「見ればわかっても、説明して欲しい時もあるんだよ?」
ドミニクが一歩詰め寄る。エレオノーラは一歩下がろうとしたが、背中に当たる何かを感じた。まさかのジルベルト。
「あの、ジル様。そこをどいていただけると助かるのですが」
「私も状況がわからないので、説明を聞きたいのだが」
ドミニクから逃げられても、ジルベルトからは逃げられない。と、本能的に察した。
「わかりました」
エレオノーラは観念して、視線を足元に向けた。
「ですが」
思い出したかのように顔を上げる。
「マリアさんはご無事でしょうか? 先に彼女の無事を確認させてください」
時間稼ぎ、ともいう。
「ところで」
フレドリックが口を開いた。
「こっちの女はどうしたんだ?」
フレドリックが言うこっちの女とは間違いなくエレオノーラのことなのだが。
後ろの男二人は顔を見合わせ。
「フレディさんが以前レストランで会っていた女ですよ? この女もそうなんですよね?」
「この女。私は知らないな。だが」
フレドリックは床に右ひざをついて、エレオノーラの顔を覗き込むために、彼女の顎に手をかけた。「上玉だな」
「お褒めにいただきまして光栄です」
エレオノーラは顎に伸ばされていた手をつかみ、フレドリックの顔面めがけて頭突きをした。突然の出来事に、フレドリックは避けることもできず、見事、顔面で彼女の頭を受け止めてしまった。間違いなく痛かったのだろう。彼は顔を両手で押さえる。
「この女。取り押さえろ」
フレドリックが顔を押さえていうものだから、威厳もへったくれもない。後ろに控えていた男どもがエレオノーラに向かってくる。その前に。
エレオノーラはドレスから伸びる長い足を振り回し、フレドリックの側頭めがけてその蹴りを入れた。ドレスの裾はふわりと舞い上がる。タイトなスカートよりも動きやすい。
フレドリックは避けることもできず、吹っ飛んだ。エレオノーラの蹴りも威力が増している。それもこれもリガウン侯爵のおかげ。
「女!」
二人がやってくる。
「今のうち、逃げて」
エレオノーラが視線を送り、マリアに向かって言葉を放つ。彼女はすっと立ち上がり、出入り口目掛けて走り出す。男が一人、それに気付き、エレオノーラからマリアへと方向転換するが。
「あなたの相手は私ですよ」
楽しそうにエレオノーラは笑い、それの背中に蹴りを入れた。スカートの裾に隠れて、足の軌道が見えないからか、相手からは突然足が出てきたように見える。背中を蹴られた男は、前のめりになって倒れ込む。
残りは一人。最後の悪あがきか、エレオノーラに向かって拳を向けてきた。思っていたよりもそれが速く感じるのは、経験者か。エレオノーラは身体を低くしてそれを避け、相手の懐に入り込む。あまりパンチは得意ではないので、そのまま頭突きで相手の顎を狙う。男は顔を押さえてよろけたため、そのみぞおち向かって蹴りを繰り出す。
三人の男が床とお友達になっていた。
「お前、何者だ」
床から起き上がることができないフレドリックが言った。
「私? 私ですか?」
あるときは娼館の娼婦、あるときは高級レストランの料理人。そして今回は酒場の店員でした。だけど、その正体は。
「ドラギラ国第零騎士団諜報部レオン」
そこでドレスに手をかけると、それを脱ぎ捨てた。下に着ていたのは騎士団の服。ちょっとやってみたかった早着替え。そして、それ用に準備していた早脱ぎ用のドレス。この辺の知識も古の記憶から。
「ドラギラ国の騎士団だと?」
「はい、あなたを拘束します。フレドリック・ホワイト子爵」
廊下からバタバタと複数の足音が聞こえてきた。ドアは乱暴に開く。
バーデールの騎士たちだった。
「なぜ、こんなに? 今日は王宮でパーティがあるから、警備が薄れると思っていたのだが」
「ええ。そう思わせるための作戦ですからね」
バーデールの騎士団たちの後ろから姿を現したのはドラギラ国の騎士団の服に身を包むドミニク。腕を組んで、そう言った。それからジルベルト。ジルベルトもどこかで着替えたのだろう。髪型もいつもの通りだ。
床に這いつくばっていた男三人は、バーデールの騎士たちによって、引きずられるようにして連行されていった。引きずられていったのは、エレオノーラの蹴りが効いているのか歩くことができないからだ。
「ご協力、感謝いたします」
バーデールの騎士の一人が、ジルベルトに向かって礼を言う。着ている騎士服で彼が一番偉いと判断したのだろう。その流れでいくと、バーデールのその騎士も、多分、この中では一番偉い人。
「無事、任務完了ですね」
エレオノーラは、ほっと顔を緩める。
「任務完了なのはいいんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだよね」
腕を組んで、ドミニクが威圧的にエレオノーラを見下ろした。
「あのさ、さっきの男。僕に似てなくない?」
「さすがドミニクです。お気付きになりましたね?」
「気付くも何も。見ればわかるよね? どういうことか説明してもらおうか?」
ドミニクが一歩エレオノーラに詰め寄る。
「見ればわかるのであれば、説明は不要ですよね?」
エレオノーラは一歩下がる。そして顔を背けた。
「見ればわかっても、説明して欲しい時もあるんだよ?」
ドミニクが一歩詰め寄る。エレオノーラは一歩下がろうとしたが、背中に当たる何かを感じた。まさかのジルベルト。
「あの、ジル様。そこをどいていただけると助かるのですが」
「私も状況がわからないので、説明を聞きたいのだが」
ドミニクから逃げられても、ジルベルトからは逃げられない。と、本能的に察した。
「わかりました」
エレオノーラは観念して、視線を足元に向けた。
「ですが」
思い出したかのように顔を上げる。
「マリアさんはご無事でしょうか? 先に彼女の無事を確認させてください」
時間稼ぎ、ともいう。
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