堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
66 / 67
【第三部】堅物騎士団長に溺愛されている変装令嬢は今日もその役を演じます

18.勧善懲悪です

しおりを挟む
 エレオノーラが内側から扉を叩いた。多分、外には見張りがいるはず。
「どうかしたのか」
 扉の向こう側から男の声が聞こえた。

「あの、すいません。ちょっと苦しくて」
 エレオノーラの苦しい、という言葉が引っかかったのだろう。何よりもお頭からは大事な人質と聞いている。カチャリと鍵の開く音がした。

「どうした?」

「すいません、ドレスが苦しくて。少し、後ろを緩めていただけないでしょうか?」
 エレオノーラが少し頬を染めながら、艶めかしく男を見上げると、その男がゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。エレオノーラは彼に背を預ける。その男がエレオノーラの背に触れようとした途端。

 ゴッという派手な音が聞こえた。その音の発生源はその男。いつの間にか猿轡をかまされ、両手両足を縛られ、床に転がっている。

「あ、お義父さま」

「やあ、エレン。君の一大事だと聞いて、君のお兄さんと一緒に駆けつけてみたよ」

 フレディに視線を向けると、その目は違う、と言っている。
「エレンと同じだ。リガウン侯爵もこんな楽しいことをみすみす見逃すわけはないだろう、とおっしゃって、ついてきた」

「私たちは、似た者父娘だね」
 義父が言うので、エレオノーラはそうですね、と答えた。だが、リガウン侯爵がここにいるということは、かなり心強い。しかも、一緒に訓練をした仲だ。お互いの動きがなんとなくわかるし、試してみたいコンビネーションもある。

「ああ、エレン、リガウン侯爵。これをお持ちください」
 フレディは二人に耳栓を持たせた。

「なんですか、これ」

「まあ、見た通り耳栓だね。私が合図をしたらこれをつけて欲しい」

「フレッドお兄さま、何を企んでいます?」

「エレンと同じだよ。こんな楽しいことをみすみす見逃すわけはないだろう?」

 この状況を楽しむ人間が三人も揃ってしまった。

「さて、この後はどうしましょう?」
 エレオノーラが顎に手を当てた。

「もちろん、相手をぶっ潰すんだろ?」

「エレン、相手は何人かわかるか? だいたいの人数でいい」
 リガウン侯爵のそれに、エレオノーラは答える。
「はい。私たちを浚いにきた男は五人。一人が親玉です。それから、それ以外にこの屋敷で留守番をしていた男たちが少なくとも十五人程。ですが、もう少しいると思います」

「そのくらいなら、我々三人でなんとかなるか」

「ええ、そうですね。今回はこの秘密兵器も準備しましたので」
 フレディの言うところの秘密兵器が気になるところだが。

「さて、行くとするか」
 リガウン侯爵が先陣を切った。

「侵入者だ」
「人質が逃げたぞ」
 という怒号が響くのも時間の問題だった。
 目の前には五人程度の悪い人。と思ったら、後方からも彼らは五人程度でやってきた。

「リガウン侯爵、エレン、耳を」
 フレディが言う。急いで二人はフレディから渡された耳栓をした。それと同時に彼は怪しげなものをまた取り出す。なんだろう、あれは。フレディがそれを適当にいじりはじめると、前方と後方にいた男たちがいきなり耳を塞ぎ始めた。フレディに視線を向けると、今だ、やれ、と口をパクパクさせたため、エレンが後方の男たちを、リガウン侯爵が前方の男たちをのした。そして丁寧に両手両足を縛り上げる。
 手をパンパンと叩いてから、エレオノーラは耳栓を外した。

「それで、フレッドお兄さま。それは何ですか?」

「これ? 不快な音を出す装置」

「不快な音?」
 エレオノーラが尋ねると、聞きたいか? とフレディが楽しそうに言うので、それを丁寧にお断りした。

「ほら、私はエレンと違って頭脳派だから」

 むしろ、電波かと思います。とエレオノーラは心の中だけで呟いておく。口に出したら、不快な音を聞かされそうで怖いから。

「フレッドお兄さま。とりあえず敵を殲滅でよろしいのですよね?」

「ああ、エレン。遠慮なくぶっ潰してくれ。と言いたいところだが、ダン兄に怒られない程度にぶっ潰してくれ」

 フレディのその言葉にエレオノーラは頷き、リガウン侯爵に視線を向けると、彼も右手の親指を立ててやるぞ、と合図をしてくれる。それを見てエレオノーラは安心した。とにかく心強い。そして、前に向かって走り出そうとした。
 ところが、階下から罵声や怒号が聞こえてきた。

「第一が来たみたいだね」
 そこでフレディは眼鏡をくいっと押し上げた。第一騎士団がこの屋敷に乗り込んできたらしい。
 吹き抜けから階下を見下ろすと、騎士団とこの屋敷にいた男どもがやり合っている。双方に優劣をつけなければならない、というのであれば、もちろん優勢側が騎士団で、劣勢側が男たち。そうなると劣勢側というのは見切りをつけ始める。リーダー格のあのお頭と呼ばれていた男は、裏口から逃げようとしているのか、仲間たちとは反対の方向へと移動を始める。
 第一騎士団たち、むしろジルベルトがそれを目ざとく見つけ追おうとしているが、他の男どもに邪魔をされてか、思うようにリーダー格の男に追いつくことができない。

「お義父さま」
 エレオノーラはリガウン侯爵を呼んだ。今こそ、あのコンビネーションを試す時。義父もそれを感じ取ったらしい。
「エレン。私の肩を」

「はい」

 エレオノーラはリガウン侯爵に向かって駆け出した。そこで跳躍をしてから義父の肩に両手をポンとつく。彼女の身体はその義父の頭の上で一回転してから、吹き抜けへと飛び出した。さらに空中で一回転してから階下へと見事に降り立つ。
 ピシッと片膝をつき、顔を上げてリーダー格の男の顔を見上げるエレオノーラ。彼からしたら、空からではなく、天井からまるで天使が降り立ったように見えた、かもしれない。

「私を置いて行かれるのですか?」
 彼女はすっと立ち上がる。清楚な笑いと、そのドレス姿がエレオノーラを天使に見せている要因かもしれない。が、彼は一歩後ずさる。目の前にいるのは天使ではない、ということに気付いたのだろう。

「一体、どこから現れた」

「あら。今、見ていたのでしょう。上からです」
 右手の人差し指を立て、上を指し示す。そして、ニッコリ笑う。悪魔の笑み。

「貴様、ただ者では無いな」
 その男はもう一歩後ずさる。

「往生際が悪いですね」
 あるときは酒場の男性店員、あるときは王宮の文官。そして今回は可憐な女子学生。だけど、その正体は。と、エレオノーラとしては、名乗りたいところだった。だが、ダニエルとの約束があるため我慢をする。
 エレオノーラは一歩彼に近づく。すると、彼は一歩下がる。近づく、下がる、という繰り返し。だが、彼はとうとう下がれないところまで来てしまったらしい。
 ゆっくりと首を後ろに回すと、髪をオールバックにした男がいる。

「ジル様」

 エレンが呼ぶとジルベルトはガシッとその男の腕を掴んだ。今だ、とエレオノーラはその右足を振り上げた。それは綺麗な弧の軌道を描き、リーダー格の男の左側頭部に見事命中した。ジルベルトがその腕を掴んでいなければ、間違いなく彼は横に吹っ飛んでいただろう。
 気を失った彼の両手両足を縛る。

「これで、全部だな」
 ジルベルトは部下にリーダー格の男を預けた。彼らは拘束され、とりあえず牢にぶち込まれることになっている。

「エレン」
 他に第一騎士団のメンバーがいないことを確認してから、ジルベルトは妻の名を呼んだ。

「君が空から降ってきたときには、驚いた。まるで、女神が降り立つかのようだった」

「お義父さまとの訓練の賜物です」
 そう言ってエレオノーラはニッコリと微笑むつもりだった。だが、なぜか目の前が真っ白になる。
「エレン」
 耳に残るのは愛する夫の声。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

処理中です...