キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子

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第1話 前世の記憶とキズ

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 病室のベッドの上、私は今裁縫道具を広げている。

――パチンっ
 
 布を裏返しギリギリのところをハサミで切る。

「よし。結構上手くできたな」

 真っ白なハンカチに青、水色、ネイビー、グレー、落ち着いた色で雪の結晶の刺繍を入れた。
 暇潰しのために始めた刺繍にこんなにはまるとは思っていなかった。

 以前、根を詰めすぎて怒られたことがあるので看護師さんも見回りに来ない、お見舞いにも誰も来ない時間を見計らって少しずつ進めてきた。

「プレゼントする恋人でもいたらもっと楽しくなるのにな」

 小さい頃から心臓が悪く何度も手術と入退院を繰り返している。
 胸元からみぞおちにかけての手術痕はいつ見ても痛々しい。

 体調が良い時は学校にも行っていたが、久しぶりに登校する私にみんなよそよそしく恋なんてもっての他だった。
 なによりこんな傷痕のある私なんか誰からも好きになってもらえないだろうと思っていた。

「普通に恋をして、好きな人のお嫁さんになりたい」

 そして普通の幸せな家庭をもちたい。
 それが小さい頃からの夢だった。
 けれど叶うことはないだろうと諦めている。
 小さい頃からたくさんのことを我慢してたくさんのことを諦めてきた。

 次の人生があるなら今度こそちゃんと普通の幸せを手に入れたい。
 いつもそんなことを思っていた。

 そして十八歳の夏、私の短い人生は終わった。

 
――――――――――


 目を覚ますと見慣れた天井が視界いっぱいに広がった。

 長い長い夢を見ていた。いや、あれは前世の記憶だ。

 前世、私は心臓が弱くほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごした。

 死に際、次こそは幸せになりたいなんて思いながら死んでいったが、現在幸せとは程遠い生活をしている。

 セレーナ・カーソン それが今の私の名前だ。
 薄いブラウンの長い髪に翡翠色の瞳、自分でも恐ろしいほど白い肌の少女は前世であればかなり目を引く容姿であるが、この世界では良くも悪くも普通の容姿である。

 そして疼くような痛みを感じながら体を起こし胸元を覗く。

「やっぱり……」

 そこにはまだ真新しく、治りきっていない大きな傷が見える。
 胸元からみぞおちにかけての傷。
 前世の手術痕と同じような傷だ。

 どれくらい眠っていたのかはわからない。
 けれど、これが前世の記憶を思い出すきっかけになったのだろう。
 漠然とそんなことを思った。



 現世の大好きだった優しい母は一年前病気で亡くなった。
 それから半年もしないうちに父は後妻カレンを連れてくる。カレンには私より一歳年下の娘アリスがいた。
 
 前妻の娘である私はカレンとアリスから疎ましく思われ次第に嫌がらせを受けるようになる。
 父は来たばかりのアリスを溺愛し、私のことは見て見ぬふりだ。


 その日、アリスは二階の自室の窓からハンカチを落としてしまったと私を部屋へ呼びつけた。
 アリスに促され窓の外を覗くとアリスの部屋のすぐ横の木の枝にハンカチがかかっているのを見つける。

「ねぇ、お姉さま。あのハンカチとって下さらない?」

「え? でもここからでは届かないわ。誰か呼んで……」

――ドンッ

「えっ」

 アリスに勢いよく押され二階の窓からまっ逆さまに落ちていく。

「キャー! セレーナお姉さまぁ!」

 木にぶつかりながら落ちて行ったおかげで命を落とさずにすんだのだろうが、尖った木の枝が胸元からみぞおちにかけて切り付けた。
 地面に横たわり意識を失う寸前見上げた先の、わざとらしく声をあげるアリスのニヤリと笑ったあの顔を一生忘れはしない。
 
 その後私は数日間眠っていたのだろう。時折痛みでうなされていたように思う。
 それが前世の記憶を思い出すきっかけになったのだろうが、目が覚めた今不思議と違和感はない。
 前世の記憶と現世の記憶が混在することなく共存している、そんな感覚だ。
 入院中、本を読み漁っていたからだろうか。異世界転生や悪役令嬢、チート、もふもふ、たくさんのファンタジー小説を読んでいたため、ああ、ここは前世の世界とは違う世界なんだなんて妙に納得している自分がいる。
 だが、残念ながら小説の世界に入り込んだという訳ではなさそうだ。
 異世界の人間に生まれ変わった。ただそれだけ。

 それにしてもこの傷については本当にショックだ。
 こんな家でこんな扱いを受け、この傷のせいでお嫁にいくことも叶わないかもしれない。
 次はちゃんと普通の幸せを手に入れたい、その願いを思い出した瞬間叶うことはないのだと悟ったのだから。

 私はまだ疼く傷を庇いながら服を着替え朝食へと向かう。
 
 何事もなかったかのように席についた私を三人は一瞬驚いたように見たがその後はいつも通り私の存在はないものとでも言うように朝食を食べ始める。こういう人たちだ。
 まあ、傷口が手当てされているところを見ると医者には診せてくれたのだろうが。
 アリスが窓から落ちた私の事をなんと言ったかはわからないが、自分が突き落としたとは言わないはずだ。
 アリスを溺愛している両親に、突き落とされたと言っても信じては貰えないことはわかっている。言ったところで何もかわらないことも。
 私は何も言わなかった。

 諦めることは前世のころから慣れている。
 現世でも自然とそんな性格がでているようだ。
 こんな家族と仲良くする必要も取り繕う必要もない。
 心の中の私がそう言った。


 そして私が前世の記憶を思い出してから十年の月日が流れ、私は十八歳になった。

 冷めた態度の私にカレンとアリスからの嫌がらせはどんどんエスカレートしている。
 さすがにもう突き落とされるなんてことはないが、アリスは私が何かを持っているということが特に気にいらないようだった。
 
「ねぇ、お姉さま。そのドレス私に下さらない?」

「これは、ちょっと……」

 毎朝、朝食の席につくと両親の前でアリスは私のドレスや身に付けているものをねだるようになった。
 元々もっていたドレスは既にアリスにとられている。
 今着ているものは亡くなった母が着ていたものを自分用に直したものだ。

「私が欲しいって言ってるの! それに傷モノのお姉さまにはそんなドレス似合わないわよ」

「でも……」

「意地悪な姉ね。誰に見せるわけでもないのにそんなドレスいらないでしょうに」

「……わかりました」
 
 アリスはいつも高価で新しいドレスを着ているのに私の着ているドレスも全部奪っていく。
 
 それからはアリスが絶対に欲しがらないような地味なワンピースだけを着るようにした。

 カーソン家はあまり資産の多い家でない上、カレンとアリスの散財により父はいつも資金繰りに苦労している。
 使用人を次々と解雇し、今残っているのはシェフ一人と古くからカーソン家に仕える執事だけだ。

 メイドのいないこの家でその役割を果たすのは必然と私になっていた。
 だが家の仕事はあまり苦ではない。
 洗濯、掃除、裁縫。前世ではそんな日常の行動が制限されていたため生活する上で当たり前の仕事ができることがなんだか嬉しかった。
 特に裁縫は前世でも好きだった。病室のベッドの上でもできるため暇潰しに刺繍を始めたが、自分で何かを作り出せるということが本当に楽しかった。
 あまりにも根を詰めすぎて怒られてからは人目を盗んでしかできなくなってしまったが。
 その分今は存分にハンカチの刺繍をしている。
 全てアリスにとられているが、アリスは私が刺繍したハンカチだと気付いていないだろう。

 普段は黙って言うことをきき、部屋で趣味を楽しんでいた。


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