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第3話 謎の多い家
しおりを挟む屋敷の中へ入りリビングに通されたが、やはり明かりはついていなかった。
かろうじてまだ日は沈みきってはいないが、明かりがないと部屋の中はもうかなり暗い。
「ごめんね。暗いよね。いま明かり付けるよ」
そう言ってコードウェル侯爵は明かりを付けていく。
「あの、コードウェル侯爵様は暗くても平気なのですか?」
「ふっ。長いよ。僕のことはウィリアムって呼んで」
暗くても平気なのかという私の質問には答えず、呼び方を指摘してくる。
答えてくれないことで余計に気になるが、明かりをつけても平気そうなので明るいのが苦手という訳ではないだろう。
「わかりました。ウィリアム様と呼ばせていただきます」
とりあえず言われたことの返事だけしておいた。
明るくなったリビングをよく見ると、なぜか部屋の至るところが傷だらけであることに気付く。
壁やテーブル、タンス、ソファーなどをそう、なにかで引っ掻いたような跡だ。
ビリビリになったカーテンも、まるで獣が暴れて行ったかのように見える。
一体何があったのだろう。
それに他の人の気配もない。侯爵家に使用人の一人もいないのだろうか。
聞きたいことが山ほどある。けれど聞いていいものなのかわからない。
不安と緊張でその場で固まっているとウィリアム様が手招きし、ソファーに座るよう促す。
私は比較的傷の少ない場所に座ると、向かいに座るウィリアム様が申し訳なさそうに口を開く。
「こんな家でごめんね。仕事内容は案内所で聞いたよね。終わるまで住み込み希望かな?」
「はい。そうさせて頂きたいと思っています」
「わかった。二階は綺麗だから君は二階を使ってね」
屋敷中がこんな状態ではないことにホッとした。
「それで、あれなんだけど」
ウィリアム様はビリビリになったカーテンに目を向ける。
立ち上がるとレールからカーテンをはずしていく。
「これ、縫ってもらえるかな? だいたいでいいんだ。窓からの光を遮るものになれば」
カーテンを縫う。職業紹介所で聞いていた通りの内容だ。
気になることは山ほどあるが、カーテンを直してしまえば出て行くので気にしないことにしよう。
「はい。しっかり務めさせていただきます」
その後、二階の部屋へ案内された。
先ほど言っていた通りここはカーテンも破かれていないし、置いてある机とベッドも綺麗だ。
「この部屋を使ってね。作業も寝泊まりもここでしてもらっていいから」
「ありがとうございます」
部屋に入り、自分の荷物を置くとウィリアム様が持っていたカーテンを受けとる。一階にある部屋と廊下のカーテンは全てビリビリだが、とりあえずリビングにあったカーテンを持ってきた。
「よろしくね」
「はい」
ウィリアム様が部屋を出てドアを閉めようとした時、そういえば、とこちらを見る。
「夕ごはんは食べた?」
「いえ……」
思えば食べていない。お昼過ぎに家を出てここに来るまであっという間だった。
「ちょっと待っててね持ってくるから」
ウィリアム様はそう言って早足で去って行く。
持ってくるということは準備されてあるということだろうか。
他に人がいないようだが自分で作っているのだろうか。
もしかすると通いの使用人がいるが、もう帰っているため今は誰もいないのかもしれない。
そんなことを考えているとウィリアム様が戻ってきた。
手に抱えられたトレイの上には羊肉のロースト、パン、ポタージュスープにサラダと、取って出すには豪勢な食事が乗せられている。
「食べたらそのまま置いといていいからね。カーテンも急がなくていいから無理せずお願い」
「ありがとうございます」
ウィリアム様はトレイを渡してくるとにこりと微笑み部屋を出ていった。
ちゃんと温かいし、とてもいい匂いがする。
食事のことなんて頭になかったのに見た瞬間お腹が空いてくるなんて体は本当に正直だ。
まずは冷めないうちに食べてしまおうとトレイを机に置き椅子に座る。
「いただきます」
お肉を食べるのは久しぶりだなと思いながら羊肉を口にする。
臭みもなく柔らかな羊肉は手間隙かけて調理されているのがわかる。
「美味しい」
ポタージュスープも丁寧に野菜が裏ごしされていて、舌触りの良い深みのある味だ。
侯爵様が自分でこれだけのものを作るとは思えないし、やっぱり通いのシェフでもいるのだろう。
そう自分の中で結論づけた。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた後、そのままにしておいていいと言われたがやはりそれは申し訳ないと食器をキッチンへ持って行くことにした。
トレイを持って一階へ下りる。キッチンであろう場所は二階へ案内された時に把握している。
ここだろうと思うドアを開けるとやはりそこはキッチンだった。
だが、何かがおかしい。すごく違和感がある。
そこは確かにキッチンであるのに調味料もなければ食材すら置いていない。
食器棚に食器はあるが、使われてる様子もない。
鍋や調理器具はいったいどこにあるのか。
そしてこの食事はいったいどこから出てきたのだろうか。
何か得体の知れないものを感じ、さっと食器を洗い適当に片付けると急いで二階の部屋へと戻った。
ウィリアム様は優しい。けれど謎が多すぎる。
無心になるためにひたすらカーテンを縫うことにした。
破けたところを縫うだけなら単純作業だ。私は時間も忘れ夢中で縫い続けた。
「できた」
数時間ほどでリビングのカーテン四枚を縫い終わった。
ビリビリだったため継ぎはぎ感は否めないが光を遮るという要望には応えているだろう。
だが、ベッドの上に広げよく見ているとなんだかあれの頭に見えてくる。
グレーのカーテンに継ぎはぎの縫い目。
そう、フランケンシュタインだ。
「かわいくない。むしろちょっと怖い」
この世界でフランケンシュタインなんて聞いたことはないが前世の私の記憶がそれを彷彿とさせる。
刺繍を入れよう。
私は自分の荷物から刺繍糸を取り出した。
そして先ほど縫った縫い目を眺め想像を膨らませていく。
なるべくリビングの雰囲気を壊さないように控え目で落ち着いた柄にしたい。
選んだのはカーテンのグレーよりも少し薄いグレーの光沢のある糸。
小さな雪の結晶の模様が縫い目の上で連なっているような柄にしようと決めた。前世でも得意だった柄だ。
ひとえに雪の結晶と言ってもたくさんの種類がある。
私はバランスよく模様と大きさを少しずつ変えながらカーテンに刺繍を入れた。
楽しい。出来上がっていく模様にワクワクが止まらない。
私は手を休めることなく動かし続けた。
「できた! 我ながら上出来!」
夢中で仕上げ、気が付くともう外は明るくなり始めている。
一枚だけでかなり時間がかかったが、刺繍の出来に満足した私はカーテンを抱えたままベッドに倒れこみそのまま眠ってしまった。
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