4 / 36
第4話 コードウェル兄弟
しおりを挟む少しの明かりだけが灯る薄暗い地下の部屋で、屋敷のカーテンを見るも無惨な姿にした張本人に声をかける。
「お針子さん見つかったよ」
「知ってる。可愛い子だったな」
「ライアンお前っ、出てきてたのか!?」
「少し覗いただけだって」
「その姿、絶対彼女に見られるなよ」
「大丈夫だろ」
僕はいつも楽観的なこの弟に振り回される。
数日前、屋敷の方で暴れた時もそうだった。
仕事でへまをして怪我を負って帰ってきた。この姿の方が治りが早いからと言って元の姿に戻らずにいたのに、痛いだの治りかけの傷は痒いだのわざわざ屋敷の方で大暴れするなんて。
止めようとした僕も不本意に壁を傷つけてしまった。
おかげで侯爵家としての表の屋敷がまるで廃墟のようになってしまう。
日の光が直接入り込んでくるし、生活感のない屋敷の中が丸見えだ。
いつ父にバレるかわからない。
その前になんとかしなければいけないが、全てのカーテンが出来るまで数ヶ月かかると言われる。
取り急ぎお針子を募集したが、真面目そうな子が来てくれてよかった。
荒れた屋敷の中を不安そうに見回していたが彼女は何も聞いてはこない。それがありがたかった。
だが、ソファーくらいは綺麗なものにしておけばよかったと後悔した。
先ほどこっちにあるソファーと屋敷のソファーを交換しておいた。ついでにダイニングのテーブルと椅子も。
とりあえず彼女には敷地に入って正面から丸見えのリビングのカーテンからお願いした。
後はダイニングと応接間、廊下三ヶ所のカーテンがあるが屋敷の前を通っただけでは気が付くことはないだろう。
彼女が全て仕上げるのが早いか、新しいカーテンが届くのが早いかわからないが焦らす必要もない。
あとはこのもふもふしたヤツが彼女と接触しなければなんの問題もないのだ。
「絶っ対にここから出るなよ!」
「考えとくー」
ふざけた返事に頭を抱えながら、キッチンへと向かう。
一般的なキッチンと変わりはないが、珍しい調味料や新鮮な食材、料理に合わせた食器など、このキッチンの主こだわりの空間だ。
薄暗いままのキッチンで朝食を作っているもう一人の弟に声をかける。
「アレン、おはよう」
「兄さんおはよう。ちゃんとお針子さんの分も用意してるよ」
「ありがとう。今から彼女の様子見てくる。後でとりにくるよ」
アレンは料理好きだ。その手のことはさっぱりな僕とライアンのために、いつもちゃんとした食事を提供してくれる。
「そうだ、アレンは彼女に会わなくていいの?」
「うん。ボクはいいよ」
アレンは人見知りだ。現在もふもふ姿のライアンと違って彼女に会っておいてもいいかと思ったが本人が会わないと言うなら別にいいだろう。
僕はすでに明るくなった屋敷へと上って行く。
彼女は一晩でどれくらい縫ってくれただろうか。
もしかしたら昨晩はまだ作業をはじめていないかもしれない。
それはそれでいいと思った。
彼女の頬が腫れていたことは気が付いている。何か訳ありなのかも知れない。
だが、こちらも訳ありのためそこは触れないでいた。
ゆっくり休んで今日からはじめてくれればいい。
二階の彼女の部屋をノックする。
「……」
返事がない。まだ寝ているのだろうか。
そのままにしておくことも考えたが、アレンが作ってくれた朝食もある。
少しの罪悪感を抱きながら部屋のドアをゆっくりと開け中を覗く。
「あれ? いない?」
中に入り部屋を見渡すが、彼女の姿はどこにも見えない。
だがそれよりもベッドの上に広げられたカーテンに思わず目を奪われる。
ビリビリに破け、見るも無惨だったあのカーテンが、ただ縫われているだけでなく綺麗で繊細な刺繍が施され、まるで上品なドレスのような仕上がりになっている。
「すごい」
そのカーテンを手に取ってみた。
「うわっ!!」
「きゃあっ」
カーテンの下に彼女が眠っていたようだ。
「ご、ごめん」
「す、すすすすすみません」
かなり焦った様子の彼女は急いでシーツを掴み顔を隠す。赤くなった耳と丸まった体がなんとも可愛らしい。
笑ってしまいそうになるのをこらえ、彼女に謝罪する。
「勝手に入ってごめんね」
「いえ、私の方こそ気が付いたら完成したカーテンを被って寝てしまっていて。申し訳ありません」
「大丈夫だよ。それよりこの刺繍、君がしたんだよね?」
正直、こんな刺繍は見たことがない。
丁寧なステッチにバランスの良い幾何学な形、独立した結晶の模様はレースをあしらうのとは全く違った味わいがある。
「あっ! 勝手なことをしてすみませんでした」
彼女はベッドの上で顔を隠しながらも必死に頭を下げる。
どうやら僕が怒っていると勘違いしているらしい。
「謝らないで。こんなに素敵なカーテンにしてくれてありがとう。とても綺麗で嬉しいよ」
お礼を告げると彼女は顔を上げぱあっと表情が明るくなる。
「本当ですか? ありがとうございます! よかったです」
無邪気に笑う彼女は、おひさまのようにキラキラしていた。
「さっそくリビングに掛けておくよ」
「あの、残りの三枚も刺繍を入れても良いでしょうか? 少しお時間はかかるかもしれませんが、一枚だけというのも……」
こんなに綺麗にしてもらうのは逆に申し訳ない気もするが、せっかく申し出てくれたのでお言葉に甘えよう。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい! ありがとうございます」
こちらがお願いすることなのに彼女は嬉しそうだった。
「そうだ朝食、食べるよね?」
「いただいてよろしいのですか?」
「もちろんだよ。部屋に持ってこようか」
そう言ったところでこの部屋が食事ができるような状態ではないことに気付く。
机の上には出しっぱなしの裁縫道具、無造作に広がったカーテン、彼女が持ってきていた荷物たち。
彼女も部屋の状態に気付いたのか慌ててベッドから下り片付けを始めようとする。
「よかったらダイニングで食べる?」
「え?」
「ちょうどテーブルと椅子を取り替えたんだ。僕も一緒に食べるから」
「いいのですか?」
「もちろん。準備したら呼びに来るからゆっくりしてて」
僕は彼女の部屋を出ると、刺繍が施された一枚のカーテンをリビングに掛けてからアレンのところへ行き、二人分の朝食を受け取ってダイニングに運んだ。
98
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる