キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子

文字の大きさ
14 / 36

第14話 贈り物

しおりを挟む

 「ありがとうございました」
 
 嬉しそうに紙袋を抱え、お店を出ていくお客様に頭を下げる。
 エタンセルで働きはじめて数ヶ月が経ち、仕事にもだいぶ慣れてきた。

 お店には私が作った商品も複数並んでおり、想像以上の売り上げに少し自信がついてきている。
 最近はハンカチだけでなく、巾着やバレッタなども作り刺繍を施したものを売っている。
 特に女性にはバレッタが人気だ。
 夜会などにつけるような銀細工の華美過ぎるものではなく、普段使い出来る可愛らしい刺繍のバレッタは贈り物にもよく選ばれている。
 
「あの、すみません」

「はい」

 先ほどのお客様を見送った後、お店で商品を選んでいた少女が声をかけてきた。 

「友人が以前このお店でバラの花の刺繍がされたハンカチを買ったと言っていたのですが、それはもうありませんか?」

 バラの刺繍のハンカチも私が作ったものだが、全て違う刺繍をしているため、同じものはない。

「すみません、基本的に一点ものなのです。お時間頂ければお作りしますが……」

「本当ですか? お願いします!」

 少女は安心したように柔らかく微笑む。

「どなたか思いを寄せる方にプレゼントされるのですか?」

 以前、バラの刺繍のハンカチを買っていった子は好きな男の子に告白するのだと言っていた。

「はい。と言っても私は友人のように告白するつもりはないのです」

「そうなのですか?」

「彼、隣国へ留学に行くのです。出発前に告白して困らせたくはなくて。でも、せめて私の想いがこもった贈り物をしたいと思ったのです」

「そうですか……」

 想いを寄せる相手にプレゼントしたいのはわかる。けれどバラのハンカチを渡せば告白したも同然になるのではないだろうか。

「あの、よろしければバラではなく違った刺繍を入れることもできますよ。数種類のものを組み合わせることもできますし」

 すると少女は少し困った顔をして私を見る。

「実は彼、お花とか女性っぽいものはあまり好きではないのです。でも他に思いつかなくて……男性に贈るにはなにが良いと思いますか?」

 旅立つ彼に贈る想いのこもったハンカチ。それでいて女性っぽくない、男性が持っていても不自然ではない柄……
 私は思いついたものを少女に提案した。

「はい! ぜひそれでお願いします!」

「わかりました。いつまでに必要ですか?」

「明後日の朝に出発なので出来れば明日には……」

「明日?!」

 こんなに急ぎだとは想像していなかったが、今日一晩頑張れば大丈夫だろう。

「わかりました。明日にはお渡しできるようにします」

「ありがとうございます!」

 少女は嬉しそうに頭を下げてお店を出て行った。

 少女を見送ると、カウンターの奥の作業場からマスターが優しく微笑みこちらを見ていることに気付く。

「あの、勝手に話を進めてすみません」

「いいんだよ。セレーナさんの思うようにしてくれて」

「ありがとうございます」

 マスターはいつも私に好きな物を作って良いと言ってくれている。
 ハンカチしか縫えなかった私はマスターに巾着の縫い方やバレッタ金具に付けるための処理の仕方などを教わった。
 そしてそれらに刺繍を施していく。
 今は革製品の作り方を教わっている。
 革は縫う前に目打ちをしなければならずそれがまた難しい。目の幅を均等にすることも刺繍したい柄に合わせて目打ちしていくのこともまだ上手くはいかない。
 それでも少しずつ、着実に技術が身に付いていっていることを実感していた。

――――――――――

 その日の夜、私はリビングのソファーで少女のためのハンカチを刺繍していた。
 もうだいぶ遅い時間だが、なんとか明日までには間に合いそうだ。

「セレーナさん、こんな時間までやってるの?」

 アレン様がリビングに入ってきた。
 ウィリアム様とライアン様は仕事に行っている。
 私はよく時間を忘れ夜遅くまで作業してしまうことがあるため、屋敷に残っているアレン様が様子を見に来る。

「はい。明日お渡しする商品でして」

「そっか。屋敷のをしてるんだったら止めさせようと思ったけど、それなら仕方ないね」

 アレン様はそう言うと私の隣に腰掛けた。

「あの、私のことは気にせず休んで下さいね」

「うん。ここで休もうかなと思って」

 するとアレン様はオオカミの姿になり、ソファーの上で体を丸める。
 夜、時々こうしてアレン様と過ごす。頭をこちら側に向け私が刺繍しているのをよく見ている。

「セレーナさん、肩はもう大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。あれから何ヵ月たったと思ってるんですか」

「でも、痕が残るだろうって」

 確かに傷痕は残っている。三人に見せたことはないが、皮膚が盛り上がり一見痛々しくも見える。
 だが、胸元の傷に比べれば大したことはない。

「気にしないでください。本当に大丈夫なので」

 アレン様は悲しそうな表情をして私の膝にそっと顔を乗せた。
 きっとアレン様は私が怪我をしたことに一番責任を感じている。
 私は心配いりませんよと、もふもふの頭を何度も撫でた。
 アレン様は私が終わるまでここにいるつもりだろう。

 真っ白で可愛いもふもふに癒されながら作業を続けた。

 少女のハンカチが完成したのは日が昇る少し前だった。
 
 アレン様は私の膝の上で眠っている。
 重くないかと言えば少し重い。けれどそれ以上に癒しの効果がある。
 部屋に戻って少し寝ようかと思ったが、アレン様を起こすのも申し訳ないなとソファーでそのまま眠ることにした。

 座ったままソファーの背にもたれていたが、意識が遠のくにつれだんだんと横に倒れていく。
 そしてもふもふの背中に埋まり私は完全に意識を手放した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

【完結】政略結婚はお断り致します!

かまり
恋愛
公爵令嬢アイリスは、悪い噂が立つ4歳年上のカイル王子との婚約が嫌で逃げ出し、森の奥の小さな山小屋でひっそりと一人暮らしを始めて1年が経っていた。 ある日、そこに見知らぬ男性が傷を追ってやってくる。 その男性は何かよっぽどのことがあったのか記憶を無くしていた… 帰るところもわからないその男性と、1人暮らしが寂しかったアイリスは、その山小屋で共同生活を始め、急速に2人の距離は近づいていく。 一方、幼い頃にアイリスと交わした結婚の約束を胸に抱えたまま、長い間出征に出ることになったカイル王子は、帰ったら結婚しようと思っていたのに、 戦争から戻って婚約の話が決まる直前に、そんな約束をすっかり忘れたアイリスが婚約を嫌がって逃げてしまったと知らされる。 しかし、王子には嫌われている原因となっている噂の誤解を解いて気持ちを伝えられない理由があった。 山小屋の彼とアイリスはどうなるのか… カイル王子はアイリスの誤解を解いて結婚できるのか… アイリスは、本当に心から好きだと思える人と結婚することができるのか… 『公爵令嬢』と『王子』が、それぞれ背負わされた宿命から抗い、幸せを勝ち取っていくサクセスラブストーリー。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

処理中です...