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第15話 留守番
しおりを挟む「セレーナ、セレーナ」
「アレン! 起きろお!」
ウィリアム様とライアン様の声がして目を開けると、人の姿をしたアレン様に抱きしめられるような形で寝ていた。
アレン様は服を着ていない。もちろんソファーで寝ていたためかなり密着した状態だ。
「す、すすすすみませんっ」
私は急いで体を起こしソファーから離れた。
確か、アレン様はオオカミの姿だったはずなのに。
「アレン、どうしてこんなことになってるんだ!」
アレン様はソファーの上で胡座をかき、あくびをしながらとぼけたような顔をする。
「眠ったセレーナさんを部屋まで運ぼうと思って抱きかかえたんだけど、非力なボクでは無理だったからまた寝たんだ」
「だからってそんな格好で……せめて服を着るとか獣姿でいるとか」
「お前は地下で寝ろよっ!」
ウィリアム様とライアン様はかなり怒っている様子だが、アレン様は気にしていない。
「もう、兄さんたちうるさいよ。ボクは朝食の準備してくるから」
そう言ってアレン様は何も着ていない体を隠すことなく立ち上がり、地下へと戻っていった。
「セレーナ、また遅くまでやってたの?」
まだ寝ぼけ顔の私を心配するようにウィリアム様が訪ねる。
「はい……急遽、今日までに仕上げなければいけないものがありまして。アレン様も心配してずっと側にいてくれたのだと思います」
「だからってこれはダメだ!」
「そうだよ。セレーナ、眠る時はちゃんと自分の部屋で寝てね」
「はい、すみません……」
もふもふに包まれてとても気持ちよく眠れたとは言わないでおくことにした。
その後、アレン様が用意してくれた朝食を食べ、エタンセルへと向かう。
このハンカチの刺繍もよく出来たと思っている。あの少女も、お相手も気に入ってくれるといいけど。
その日の午後に昨日の少女はやって来た。
私は用意していたハンカチを広げ確認してもらう。
「とっても素敵です! これならきっと彼も使ってくれると思います」
そのハンカチは幸せを運ぶと言われる青い鳥と青い鳥が咥えた手紙。
その手紙には小さく少女のイニシャルを入れた。
自分のイニシャルを入れたハンカチを贈るのは『私の代わりに側において』という意味がある。
お相手の彼が少女のイニシャルとその意味に気付くかはわからないが、少女の希望に添ったものになったと思う。
「気に入って頂けて良かったです」
「あの、本当にありがとうございました」
少女はハンカチを大切に抱え、嬉しそうにお店を後にした。
そして私は今までにない満足感を味わっていた。
決して高価なものという訳ではない、その人が必要としているものをその人のためだけに作る。
私の作ったもので笑顔になってくれる人がいることがすごく嬉しかった。
「良かったね。セレーナさんの心遣いがあの子を笑顔にしたんだよ」
マスターも褒めてくれた。
オーダーメイドで大切なことはお客様が本当に必要なものはなにかを自然に聞き出すこと、そして求めている以上のものを提案すること。
今回それをしみじみと感じた。
私は一日幸せな気分で仕事を終え、屋敷に帰ろうと歩いているとメインストリートに出る路地の角で大きな花瓶を持った男性とぶつかりそうになる。
「あっ」
「うわぁっ」
私は咄嗟に避けたものの、男性は酷く驚いて持っていた花瓶の水を自ら被ってしまった。
「すみませんっ大丈夫ですか?」
「ああ、はい。大丈夫です……」
とは言うものの男性の顔から上半身にかけてビショビショだ。
「これ使って下さい」
私はポケットからハンカチを取り出し男性に渡す。
「いやっこんな綺麗なハンカチ使えませんよ」
「大したものでありませんのでどうぞ」
けれども一向にハンカチを受け取らないので私は男性の顔をそっと拭いた。
「っ!!!! 自分で拭きます」
男性はやっと私の手からハンカチを受け取り顔をごしごしと拭く。
「ありがとうございます。ハンカチ、洗って返します」
ビショビショの顔を拭いたハンカチはビショビショになっていた。
「わざわざ返していただくのもお手数ですし、差し上げますよ」
「でも……」
「かまいません。私に水がかからないようにしてくださってありがとうございました。それでは」
男性は何か言いたげだったが私は頭を下げるとその場を後にした。
その日の夜は屋敷のカーテンの刺繍をすることにした。
日中はお店で働き、夜もお店で売るものを作ることが多いため、なかなかカーテンの刺繍は進んでいない。
しなくてもいいと言われているが、私が三人に返せるものといったらこれくらいだ。時間がかかっても全て完成させたいと思っている。
それにウィリアム様から買ってもらったたくさんの糸を使ってみたいというのもある。
今日はウィリアム様が選んでくれた淡い緑色の糸でカワセミを刺繍しようと思っている。
私の瞳と同じ翡翠色の綺麗な鳥だ。昨日、初めて鳥の刺繍をしたが思っていたよりも難しかった。
羽の模様に見えるように糸の流れを気を付けたり、くちばしや目のバランスが少しずれれば全然可愛くないのだ。
カーテンで練習するようになってしまうが、今後お客様のどんな要望にも応えられるようになっておきたい。
そのためにいろいろな物を刺繍してみることにした。
私はリビングでカーテンを広げ作業を始める。
その横には珍しくウィリアム様が座り、何か書類に目を通している。
今日はライアン様とアレン様が仕事に出ているそうだ。
「ウィリアム様は今日お仕事行かれないのですか?」
「うん、今日はアレンもいないからね。僕が留守番」
留守番ということはわざわざ私のために残ってくれたということだろうか。
「ウィリアム様、私のことは気にしないで下さいね」
私が拐われて以降、必ず誰かが屋敷にいて私の様子を気にしてくれている。
それがお仕事の邪魔をしているようで申し訳なかった。
もう、家の問題は解決したのだから一人でも大丈夫だと伝えたが、それでも夜はいつも誰かが側にいてくれる。
「セレーナを一人にしたくないんだよ。僕たちの仕事が夜でなければいいんだけどね」
三人のお仕事は秘密裏に動くことが大前提だ。なので基本的に夜に動く。
嗅覚、聴覚、夜目全てにおいて優れている獣姿はこの国の諜報防諜に欠かせない。
それが獣に変化するコードウェル一族の古くからの仕事らしい。
「お忙しいようですし、無理しないで下さいね」
「セレーナも無理しなくていいからね」
「はい。今日は他に急ぎで作る物もないですし。大丈夫です、夜更かしはしませんよ」
「そう、いい子だね」
人の姿のウィリアム様はそう言って私の頭を優しく撫でる。
いつもオオカミ姿のウィリアム様を私が撫でているのに、撫でられるとすごく恥ずかしい。
私は誤魔化すように刺繍をはじめた。
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