キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子

文字の大きさ
18 / 36

第18話 花祭り

しおりを挟む


 花祭りの日、カールさんとお店の前で待ち合わせをして一緒に花農園へと向かう。
 商店街を抜け、一般住宅街を通りすぎると農園が見えてくる。

 お祭りということだけあって、露店や催し物もあり、人がたくさん集まっていた。けれど私はやっぱり農園いっぱいに広がるお花畑に惹かれる。

「今日はこの農園で育てている花だけでなくて、国外から取り寄せた植物も見れますよ」
 
「そうなのですね。楽しみです」

 カールさんは農園を案内しながら様々な植物の特徴や性質などを説明してくれた。さすがお花屋さんだ。とても詳しい。
 見たことのない植物もあり、書き留めたい衝動に駆られるが、今日はメモは取らないと決めている。
 カールさんの話を聞きながらたくさんの綺麗な花や草木を目に焼き付けた。

「あ、セレーナさんちょっと待っててください」

 そう言ってカールさんは露店の所へ行くと、小さなキラキラとした瓶を買って戻ってきた。
 
「バラのシロップ漬けです。食べてみてください」

「とても綺麗ですね、いただきます」

 私は花びらを一枚つまんでそっと口に入れる。

「ん、おいしい」

 バラ特有の香りと酸味、シロップの甘さのバランスがちょうどよく爽やかな味だ。

「よかった、俺も好きなんです。このシロップ。これ持って帰ってくださいね」

「ありがとうございます」

 私はカールさんから可愛らしいバラのシロップ漬けの瓶を受け取る。
 帰ったら、お茶に入れて飲んでもいいなと思いながらその後もゆっくり農園を見て回った。
 カールさんは程よい距離感で歩きながらお花の知識をたくさん教えてくれる。
 見て、聞いて、とても充実した楽しい時間だった。

 しばらく歩いているとだんだんと雲行きが怪しくなり、そうこうしている間に雨がポツポツと降りだす。

「セレーナさん、雨が強くなる前に帰りましょう」

「そうですね」

 私たちは花農園を出て足早に歩いていく。だが、商店街に入った辺りで雨は一段と激しくなる。

「早くお店に!」
 
 カールさんに手を引かれ急いで花屋に駆け込んだが、かなり濡れてしまった。

「まあ! 大変、びしょびしょじゃない」

 お店にいたカールさんのお母様が慌ててタオルを持ってきてくれたが、服の奥まで染み込んだ雨はどうにもならないくらい濡れている。

「セレーナさん、こっちに来て」

「はい」
 
 お母様に促されお店の奥にある部屋へと入る。
 お母様は「ちょっとここで待ってて」と言うと二階の自宅に上がり、薄いピンク色のワンピースを持ってきた。

「そんな格好じゃ風邪ひくし、これに着替えて」

「ですが、こんな綺麗なワンピース……」

「いいのいいの。若い頃に着てたものでもう着てないから。お店の方で待ってるから着替えたら戻ってらっしゃいね」

 お母様はワンピースを私に渡してお店へと戻って行った。
 手渡さたワンピースを広げてみると、襟元が大きく開いたオープンショルダーのデザインだった。

「これは……」

 いつもは襟のつまった地味な服を着ていて見えることはないが、このワンピースでは胸元の傷痕が見えてしまう。
 いや、だいぶ開いてはいるけれど意外と鎖骨くらいまでかもしれない。着てみてダメなら濡れた服のまま帰ろうと、とりあえず着替えてみた。

「…………」

 これはだめだ。考えが甘かった。胸元からV字に開いた襟は傷痕を強調しているし、肩の傷痕もちらりと見えている。
 仕方ない、やっぱり自分の服で帰ろう。そう思いまた着替えようとした時、部屋のドアが開いた。

「セレーナさん、随分遅いけど大丈夫?」

 ドアを開けたカールさんと目が合う。そしてカールさんの目線は私の胸元に移った。

「うゎっ」

 それはとても驚いたような、醜いものを見るような表情で私は急いで濡れた服で胸元を隠すとカールさんの横を通りすぎ一目散にお店を飛び出す。
 お店を出る時、お母様に名前を呼ばれたが振り返ることはしなかった。


 涙が出ていると思う。雨に打たれ冷えきった体のなかで目頭だけが熱い。

 一日楽しい時間を過ごしていたのに。カールさんはずっと笑顔を向けてくれていたのに、一瞬で全てがなかったかのように思えた。
 あからさまにあんな表情を向けられたことは今までない。

 そもそも家族以外に見られたのはウィリアム様が初めてだった。
 あの時のウィリアム様の優しさが、自分の弱さが余計に涙を溢れさせる。

 私は雨に打たれながらゆっくりと屋敷へと帰る。
 屋敷につく頃には雨と一緒に涙も流れきっているといい。

「バカみたい。お友達も満足につくれないなんて」

 帰り道、少し冷静になってきた私はお母様のワンピースはちゃんと返しにいかないとな、カールさんがいない時がいいな、なんて考えながら歩いていた。


 屋敷につく頃には雨は止んでいた。
 涙も渇き、泣いていたとは気付かれないだろう。だが、雨に打たれていたためか体が冷えて寒気がする。少し頭も痛い。
 私はぼんやりする意識でなんとか屋敷の玄関を開けるとリビングには行かずにそのまま自室へ行こうと階段を上る。

 その時、頭がズキンと痛み体がふらつく。

「危ないっ」

 アレン様の声が聞こえると小さな光が視界の隅にうつり、そしてもふもふの温かいものに包まれる。

「アレン様……すみません……」
 
 オオカミ姿のアレン様の背に倒れこんでいた。

「間に合ってよかった。びっくりしたよ。それよりセレーナさんすごい熱だよ。この姿のボクよりも体温高いと思う」

 アレン様は私を背中に乗せたままリビングのソファーの所へ運んでくれた。
 さすがにこの状態で階段を上るのは危ないと思ったのだろう。

「兄さんたちはもう仕事に行ったんだ。デートはどうなったんだろうって心配してたよ」

「そうですか……デート以前にこんなことになってしまって……すみません」

「ううん。ボク、地下で何か温かいもの作ってくるから待ってて」
 
 そう言ってアレン様は地下へと戻っていった。

 私はソファーの上で横になり自身の体に目を向ける。
 露になった胸元に濡れたワンピース、回らない頭で着替えなければと思うがもう動く気力がない。

 私は重い瞼をゆっくり閉じ、そのまま眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

腹ペコ令嬢は満腹をご所望です【連載版】

古森きり
恋愛
前世は少食だったクリスティア。 今世も侯爵家の令嬢として、父に「王子の婚約者になり、次期王の子を産むように!」と日々言いつけられ心労から拒食気味の虚弱体質に! しかし、十歳のお茶会で王子ミリアム、王妃エリザベスと出会い、『ガリガリ令嬢』から『偏食令嬢』にジョブチェンジ!? 仮婚約者のアーク王子にも溺愛された結果……順調に餌付けされ、ついに『腹ペコ令嬢』に進化する! 今日もクリスティアのお腹は、減っております! ※pixiv異世界転生転移コンテスト用に書いた短編の連載版です。 ※ノベルアップ+さんに書き溜め読み直しナッシング先行公開しました。 改稿版はアルファポリス先行公開(ぶっちゃけ改稿版も早くどっかに公開したい欲求というものがありまして!) カクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェ、ツギクル(外部URL登録)にも後々掲載予定です(掲載文字数調整のため準備中。落ち着いて調整したいので待ってて欲しい……)

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

処理中です...