キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子

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第20話 家族

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 屋敷へ帰るとそのままリビングに入り、力なくソファーに腰を下ろす。
 ライアン様も私の右隣に座った。そしてちらりと私の方を見るとそっと頭を撫でてくれる。

 私の瞳からは涙がこぼれていた。

「うっ……うぅ」

 ライアン様の温かな手に、街では我慢していた感情が次々溢れ出てくる。

「私、カールさんとはお友達になれると思っていたのです」

「ああ」

「傷痕なんて、そんなの関係ないって思ってたんです」

「当たり前だ」

「う、うっ……ひっく」

 涙が止まらない。そして気が付くと左隣にはウィリアム様が座り、ソファーの下には胡座をかいて私を見上げるアレン様がいた。
 三人が寄り添うように私の側に居てくれている。

「皆さん、すみません。私……」
 
「セレーナ、お前はもっと自分の気持ちを言っても良いんだ」

「僕たちはセレーナが思いを伝えてくれるのを待ってるよ」

 ウィリアム様が優しく背中を撫でてくれる。
 アレン様は座ったまま私の震える手をそっと握ってくれた。

「私、この傷痕が憎いです。ずっと色々なことを諦めて来ました。恋人をつくることも、友人をつくることも、自由に生きることも。でもここに来て、皆さんと出会ってなんだか貪欲になっていたみたいです」

 実家でいた時はそんなことは諦めて過ごしていた。
 そしてあの日家を飛び出したあとは自分の力だけで、ずっと一人で生きていくと決めたはずだったのに。
 この家に来て三人の優しさに触れ、やりたいことに挑戦し、友人だってできるんだといつしか期待するようになっていた。
 でもこの傷痕を見たカールさんの態度でそんな期待はするべきではなかったと後悔した。

「貪欲になって何が悪いんだ」

「そうだよ。それに傷痕なんて関係ない。セレーナは優しくて頑張り屋のとても魅力的な女性だよ」

「セレーナさん、ボクはセレーナさんが望むなら家族にだって友人にだって、もちろん恋人にだってなるよ」

「皆さん……」

 アレン様は私の足元正面に座り直すと私の膝の上に顔を乗せ、にこりと見上げてくる。

「アレン、それはだめだ。離れろ」

 ライアン様は私の足元に座っているアレン様のお腹に手を回すと、抱えるように持ち上げソファーの端に座らせた。狭すぎて半分ライアン様の上に乗っている。

 本当に仲の良い兄弟だ。気付けば涙は止まっていた。

「私、本当はたくさんお友達が欲しいです。できればいつか恋人も。ですが今は皆さんともっと仲良くなりたいです。皆さんのこと家族のように思ってもいいのでしょうか」

「もちろんだよ」
「ああ」
「うん」

 家族なんだから気を遣わないようにと言う三人に、全く気を遣わないというのは難しいだろうなと思いながらも頷いた。

 私はいつもこの三人に救われる。
 ただ裁縫をするしか取り柄のない私を無条件でここに置いてくれている。
 一体私は彼らに何を返せるだろうか。何が出来るだろうか。
 そして私のことを大切にしてくれる彼らのためにも私自身、落ち込んでばかりいてはいけない。
 カールさんとのことは一つの経験として心に留め、これから私に何ができるか、何がしたいか、前向きに考えていこうと思えた。
 

――――――――――
 
 花祭りから暫くたち、カールさんに会うこともなく穏やかな日々を過ごしていた。

 その日、いつものようにエタンセルに行くとすぐにマスターから大事な話があると言われお店の隅のテーブルについた。

「セレーナさんに仕事の依頼がきています」

「仕事の依頼? オーダーメイドのでしょうか?」

 最近、ありがたいことに私を指名してオーダーメイドの商品を注文してくれるお客様も増えてきている。
 今もいくつか注文商品を抱えている。

「いえ、商品の注文というわけではないのです」

「商品ではない……?」

 マスターは少し言いにくそうだ。

「重要な仕事で通いになると思います。今抱えている商品もありますし、断ってもいいそうなのですが……」

 私はマスターから仕事の依頼内容をきいて目を丸くした。
 想像していたよりはるかに大きな仕事だった――。

「わ、私が、式典でお妃様が着るドレスの刺繍を?!」

「はい。セレーナさんの評判がどこからかお妃様に伝わって、ぜひお願いしたいと」

 私なんかがお妃様の大切なドレスの刺繍をするなんて考えたこともなかった。
 そんな重要な役目が私に務まるかも不安だ。お妃様が着ているドレスなんて間近で見たことはないし、どれ程のものをつくらなければいけないのかもわからない。
 けれど、やってみたい気持ちもある。

「マスターは、私にこの仕事が務まると思われますか?」

「セレーナさんの刺繍はとても細やかで丁寧で美しい。刺繍の技術でいうと十分こなせると思いますよ」

「ありがとうございます。私、そのお仕事お受けします」

 そうして私は三日後から王宮へ通い、お妃様のドレスに刺繍を施すことになった。

 お妃様のドレスの仕事が終わるまではエタンセルでの仕事をお休みし、新たなオーダーメイド商品の注文も受付けないことにした。
 すでに受けている商品は屋敷に持ち帰ってなんとか頑張って仕上げよう。
 私は頭の中で段取りを立てながらその日一日のエタンセルでの仕事を終えた。

――――――――――

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。今日は早いね」

 三日後の朝、ウィリアム様に見送られながらいつもより早い時間に屋敷を出る。
 王宮へ行く前に昨晩仕上げたいくつかの商品をエタンセルに持って行くつもりだ。

「はい。今日から王宮で通いの仕事をすることになりまして。その前にエタンセルに行きたくて早めに」

「王宮……!?」

 ウィリアム様は王宮と聞いた途端、眉をひそめた。
 そして何かを考えるように黙りこんでしまったが、小さく息を吐くと私にいつもの優しい顔を向ける。

「行ってらっしゃい」

「はい。行ってきます」

 私は屋敷を出て仕事へと向かった。

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