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エマ、逃げる!
しおりを挟む(ワケが分からねェ……、ワケが分からねェぜコイツは──……!!)
残念すぎる旦那様があんまりにも珍紛漢紛のトンチンカンであるため、少々怖くなり思わず逃げた。
女は度胸にあるまじき行為!
だがあのままじゃヤられるだけだ。
「エマ!? 何処へ行く!」
「ひぃっ!? ついて来やがる!」
物凄いスピードで追い掛けてくる旦那様。さすが、次期侯爵を背負うだけあってある程度の体力は持ち合わせてるってか。
こうなったら鍵のかかる部屋に閉じ籠もるしかない。一度興奮したイチモツを鎮めてもらわねばならぬ。
そう思って部屋に飛び込んで鍵をかけて「ふう」と一息。
すぐにガチャガチャガチャと取手が上下し確認する音が響く。だが開かないと分かったのか、諦めて廊下を歩いていく音が聞こえ、もいちど「ふう」と一息。
ちょうど客間でベッドもあるし、今夜はここで寝るかと諦めたところにまたツカツカとこちらに向かって廊下を歩く音が聞こえてきた。
ドキリと心臓が跳ねて耳を澄まして聞いていると、ガチャリと鍵が開けられる。
「ひえ!?」
「エマ、そんなことをしても無駄だ! ここは私の屋敷だぞ!」
「んがァっ……!」
そういえばそうだった。
いくら次期侯爵といえど結婚と同時にご両親は領地で隠居中。屋敷の鍵も開け放題ってか。
「さあエマ!! 大人しく私を受け入れろ!」
じりじりとベッドへ追い込まれてゆく。
乱れた呼吸と太ももへの舐め回すような視線。そして下半身の昂り。
「む、むむむむ、むりッ! 落ち着きましょう!? ね!? 一旦さ!」
「何を言う! 君は私の妻だろう!」
「いやだからよォ! 一旦落ち着けっつってんだろ!?」
「それこそ無理な話だ! 勃たないが故に一体どれだけ溜まってると思ってるんだ!」
「んなもん知るかボケェ!」
ベッドのスプリングを利用し飛び降りた。ベッドやテーブルの周りでチェイスを繰り広げ、何とか部屋を出る。
旦那様ったら何処までも追い掛けてくるからホント嫌んなっちゃう。
(誰かを引っ張っていくのは得意なんだけど誰かに迫られるのは昔っから苦手なのよ……っ!)
あんまりにも私達が屋敷中を走り回って騒いでいるから、ついには使用人たちが『どうしたどうした』と部屋から顔を出してきた。
助けを求めながら走り抜けていくが後ろから追い掛けてくる旦那様がそれを制止していく。
「んもぉーーーッ! いい加減諦めて下さいよーーーッ!」
「そっちこそ諦めろ!」
その時だった──。
廊下の奥にゆらりと浮かぶランプの灯りが、ふたぁつ。
「奥さま?」「旦那様?」
「「こんな時間に一体何をやっていらっしゃるのですか?」」
暗闇にぼうっと佇むはメイド長と執事の二人。
そのあまりの恐ろしさに私たち夫婦はぴたりと足を止めたのだ。
「いやこれは別にその、アハハハ」
「った、大したことでは、ハハハ」
「こらお待ちなさい。何処へ行くのですか」
「一体、何をやっているのですかと問うているのですよ」
「「ひっ……!?」」
底知れぬ恐怖に足腰が耐えきれず、へろりとふたり床へ尻を落とす。
「あのねですねぇ奥さま、いくら辺境の地のご出身だからといって仮にも侯爵家の妻なのですから夜中に騒いで走り回るのはガミガミ、クドクド」
「クリスティーヌ様とお別れしたと聞きましたが、だいたい旦那様は似たような女性と何度同じことを繰り返せば学習するのかクドクド、ガミガミ」
「「はいすみません……」」
「結婚初夜から旦那様がああでしたから大変大目に見ておりましたが似たようなことが続くのならクリスティーヌ様の振る舞いを少しは見習ってガミガミ、クドクド」
「馬鹿の一つ覚えとしか思えませんし全く親心と侯爵家のために裏表の無い女性を探して婚約を進めてくれたのにも関わらず結局どちらにも中途半端でクドクド、ガミガミ」
「「はい……すみません……」」
侯爵家・裏の二大トップ。
恐るべし。
このあとも散々叱られヤる気も元気も削がれた私たちは、静かに夫婦の寝室でぐったりと眠りに就いたのだった。
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