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そう上手くはいかないらしい
しおりを挟む「──というわけなのでピアノとバイオリンは止めて、体力作りのために運動をしたいです。あ、刺繍のハンカチは途中なのでちゃんと最後まで終わらせますね。あと、似合わない色のドレスは体調を心配されたので今後は着たくないです。それと、まず何を学ばせようとしているのかリストを下さい。それである程度は自分で判断します。あと、お風呂は自分で入ります。一人で、入ります。兎に角週休二日制にして下さい。休みの日ぐらい自由に過ごしたいです」
陛下へ直談判してやっと手繰り寄せた自由への第一歩。
天宮 千聖の要望を聞くように、との王命である証拠の判まで捺してくれた。
(陛下ったらつくづく優しいんだからもうっ)
ハント公爵はまだ屋敷に帰ってきていないが、この紋所がと言わんばかりにその判を見せつけながら、事の経緯をメイド長に話しているところだ。
ひとまず改善してほしい事を伝えた。
「畏まりました。ドレスの件は既に電話にて旦那様から承っておりまして、生地の発注をかけています。しかし仕立て上がるまでお時間頂きますのでそれまでは屋敷にあるものでご容赦下さい」
「き、生地の発注……?」
「はい。公爵家の婚約者として普通の事で御座います」
(さすが公爵……、私の感覚より遥かに上を行く金持ち……)
生地から発注とは。時間が掛かるのは仕方無い。それまで似合わない色でも喜んで着ようじゃないか。
私は、少しでも何かを変えれたという事が嬉しかった。
因みに電話とは屋敷の壁に備え付けられた通信手段である。
携帯電話は存在しないのだが、電話線も交換手も何もないのに繋がるのだ。
(きっと空気中に光回線が溢れてるんだな……)
なんて改めて異世界に感心していたのも束の間──、天気が崩れる前兆の様に、不穏な雲が流れてくる。
「リストについては纏まり次第直ぐにお持ち致します。ですがその他の要望についていくつか確認したい点が。それと千聖様、言葉遣いが戻っております」
「………確認したい点とは、なに、かしら? …………ごめんなさい、やっぱり“かしら”なんて語尾、私の世代じゃ使わないので物凄く疲れます。他人と喋るときは“ですます”が基本なので。歳上なら特に。そこら辺もお願い出来ない、かしら?」
「畏まりました。そちらも確認致します」
言葉遣いは確かに城へ行った時から戻っていた。
でもどうしたって気持ち悪い。20年以上生きたのだから自然と「です・ます」と言ってしまうのだ。加えて接客のバイトばかりしていたから余計だ。
学校の後輩や、ノリの良いオジさんオバさん、子供相手ならまだタメ口で喋れるのだけど、今話しているメイド長は私の母と同じくらいの年齢なのだ。そりゃあどうしたって敬語になってしまう。
まぁ言葉遣いとかそんなことよりも。
母と同じくらいの年齢であるメイド長が「ですが」と言った時点で、不穏な雲と共に冷たい風も吹き始めたことに私は気を引き締めねばならないのだが。
つまりは天気が確実に崩れてきました。
(誠に遺憾です……!)
「え……っと、それで確認したい事って何でしょう……?」
「はい。先ず体力作りの運動とは具体的にどのような運動でしょうか? 次に湯浴みをお一人でされるとの事ですが、御令嬢のお身体を美しく保つのも我々メイドの務めです。そこには体調の変化なども確認する意味も含まれております。千聖様がお一人でと仰るなら勿論そういたしますが、私達が管理していたものは今後どの様にすれば宜しいですか? 次に週休二日制と申しましたが千聖様をお一人にする訳にはいかないので、騎士やメイドなど誰かしら付いていなければなりません。ここ10年以上公爵家には男性である旦那様お一人でしたから、現在千聖様の侍女になるメイドは居りません。シフトの組み直し、契約の変更なども含めますと、明日から直ぐに、とは難しいかと」
「………………うん」
としか言えない。
細かすぎて危うく溜息が出るところだった。これを一つ一つまた説明しなければならないのか。
いや、私もこの人達にとっては面倒な事を言ったのだから仕方ないのか。これが因果応報ってやつなのね。
(ってか10年以上旦那様ひとり……って。もしかしてご両親はお亡くなりになられている……? だから陛下もあんなに気にかけているのかな……。ううん、今そこ気にしたってどうしようもないね)
「ごっほん。えっと、先ず、運動についてですけど、私は以前の世界では週一のペースで2時間程テコンドーという武術を習っていました。此方の世界にもそれがあるかどうかは分からないので武術に詳しい方に相談させて頂ければと思います。それで体調管理や清潔さを保つのも自分で行うのが基本でして、セルフケアってやつですね。で、必要ならばエステに行ったり美容室に行ったりして──、」
とまぁ一つ一つ説明したのだが、帰ってきた答えは「ではその旨を旦那様にお伝えし、確認が取れ次第、変更させて頂きます」だ。
(結局……! 公爵様に確認しなきゃいけないの……!! 何それ!!)
こう叫んでしまうのも許して欲しい。
だって結局、主の命令しか聞かないのだから。陛下が折角判まで捺してくれたというのに。全く効力がない。
(や、違うな……、捉え方を変えれば、ハント公爵に確認してくれるようになった、かな……。第一歩といえば、まぁ……うん……先は遠いな……)
──その晩、ハント公爵は帰って来なかった。
(あいつ帰ってきやがらねぇ……)と思ったのはいうまでもない。
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