贖罪の救世主

水野アヤト

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第32.5話 俺のヴァスティナ帝国がこんなにイカれてるわけがない

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 お昼時となり、一旦仕事を中断して昼食を取った宰相リリカは、その後執務を再開させたが、数時間後にはお茶の時間となったため、今は城内の庭でお茶会を開いている。
 天気が良く、庭の花々が美しく咲き誇り、絶好のお茶会日和である今日。宰相リリカのお茶の相手は、彼女が絶対の忠誠を誓う主。帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナであった。
 庭園に設置された、お茶会用の真っ白なテーブルと椅子。リリカとアンジェリカは椅子に腰かけ、テーブルには二人の紅茶とお茶菓子が用意されている。二人の護衛として、この場には帝国メイドのラベンダーの姿があった。そして、お茶会用のお茶菓子を準備した、帝国メイドのアマリリスの姿もある。
 お茶会はまだ始まったばかりで、アンジェリカよりも先にリリカが紅茶に手を付け、いつもの様に優雅に紅茶を楽しんでいる。対照的にアンジェリカは、お茶会は気乗りしていない様子であり、寧ろ不機嫌であった。その理由は、リリカに無理やりお茶会へ連れて来られたためだ。

「ふふっ・・・・・、エステランの茶葉もいいが、帝国の茶葉に勝るものはないね」
「リリカ・・・・・これは何の真似だ?」
「陛下と一緒にお茶を楽しみたかったのですよ。今日はいい天気ですから、こんな日は外でお茶を飲むのに限ります」
「まだ私は仕事が残っている。貴様のように暇ではない」
「まあまあ、そんな事を仰らずに。せっかくアマリリスがお茶菓子を作ってくれたのですし」

 帝国女王は多忙である。まだ少女でありながら、一国の支配者として君臨する彼女は、その背中に多くの責任を背負う義務がある。多くの責務と戦わなければならない彼女に、休息の時間はほとんどない。何故なら、自分が責務を少しでも投げ出せば、それだけ多くの人間が苦しむと知っているからだ。
 今日もアンジェリカは多忙であった。食事の時間も惜しみ、ずっと執務に没頭していたのである。そこへリリカが現れ、拒否する彼女の言葉も聞かず、無理やりここまで彼女を連れ出したのだ。まだまだ仕事は山積みであるため、執務に戻りたいと思っている故に、アンジェリカは不機嫌な状態なのであった。
 機嫌の悪いアンジェリカは、少女とは思えないほど恐ろしい。その事をよく知っているラベンダーとアマリリスは、緊張した様子で二人を見守っていた。と言うか、アマリリスはアンジェリカを超怖がっており、先程からずっと怯えて震えていた。

「はわわわわわわ・・・・・・!」
「陛下の機嫌が悪いからといって、そんなに怯える必要はないよ」
「でっ、でも・・・・・」
「それより、今日のお茶菓子は焼き菓子なのかい?」
「はっ、はい!小麦粉がいっぱいあったので、色んなのを作ってみました・・・・・・」

 帝国メイド部隊のアマリリス。彼女は帝国メイド部隊の中で最も身長が低く、見た目は幼き少女に見える。そのおどおどした性格もあって、臆病な小動物的女性として見られているが、こんな見た目でも戦闘時は恐ろしく強い。特殊なワイヤーを使って敵を拘束し、ばらばらに解体してしまうのだ。
 趣味がお菓子作りであるため、お茶会時のお茶菓子は彼女が作る事になっている。戦闘時は恐ろしいが、見た目や趣味は可愛らしいアマリリス。しかし、帝国メイド部隊の者達は必ず、メイドの中で最も危険な人間はアマリリスであると答える。アンジェリカも前に一度、メイド長ウルスラから彼女は危険だと警告されているのだ。

「ふふっ、それじゃあ頂くとしよう」
「はい・・・・・。お口に合えばいいのですが・・・・・」

 テーブルに置かれた皿の上に並ぶ焼き菓子。今日のお茶菓子は、様々な形をしたビスケットである。
 リリカはビスケットを一つ摘まみ上げ、香ばしい匂いを味わいながら口へと運んだ。緊張した様子でリリカの反応を見るアマリリス。自分の作った焼き菓子が、彼女の口に合うか心配なのである。この怯え切った彼女の、一体何処が危険だというのか?その理由を知る者は少ない。

「美味しいよ。君の作るお菓子はやはり絶品だね」
「そっ、そんな事ないです・・・・・・」
「味もいいが、見た目も可愛らしいし、このサクサク感が癖になる。ラベンダー、君も食べてみるといい」
「では、一つ頂きます・・・・・・。美味しい・・・・・・」

 リリカもラベンダーも認める、アマリリスの美味しいビスケット。そもそも出来立てであり、出された時から香ばしい匂いを漂わせていたものなのだから、美味しくないはずがない。
 だがアンジェリカは、機嫌の悪い表情のまま、紅茶にも焼き菓子にも手を付けていなかった。お茶会などしている場合ではないと、彼女の眼がリリカに訴え続けている。
 
「陛下、肩に力が入り過ぎですよ」
「・・・・!」
「このところの陛下は無理をしています。それで体を壊しては元も子もない」

 ヴァスティナ帝国は着実に大陸侵攻を進めている。領土は拡大され、国力は大きくなっていく一方、国を動かす者達の負担は増すばかりだ。女王であるアンジェリカも仕事ばかりで、気の休まる時は就寝時しかない有様である。
 自分の体に鞭打って、国のため、民のためにと、彼女は身を粉にして日夜奮闘している。それは誰の眼から見ても、無理をしている様にしか見えなかった。皆、そんなアンジェリカを心配している。だからリリカは、彼女をここへ連れてきた。

「この庭の花々・・・・・。誰が手入れをしていたかご存知ですか?」
「・・・・・・私の姉、ユリーシア・ヴァスティナだ」
「ユリーシア陛下も無理をする子でした。体が弱いというのに、皆のためにと国の支配者として凛と在り続けた」
「・・・・・・」
「だから、時々ユリーシア陛下をここへ連れ出しては、よくお茶会を開いたものです。大好きな花々に囲まれ、紅茶を楽しむ少しの時間だけでも、陛下には執務を忘れて欲しかった」
「!」

 亡きユリーシアのような無理を、アンジェリカにもして欲しくはない。誰もがそう願っているが、誰も彼女を止める事が出来ない。そんな、誰も出来ない事を平然とやってのけてしまうのが、帝国宰相リリカなのである。
 
「皆、アンジェリカ陛下を心配しております。ユリーシア陛下のように無理をされては、心配するのも当然です」
「しかし、私は・・・・・・」
「気持ちはわかります。けれど、陛下が倒れたら誰が女王の代わりを務めるというのですか?」
「それは・・・・・・」
「そうだ、陛下が倒れられた時は私が玉座に就きましょう。帝国の絶対的支配者として、まずは------」
「例え私が倒れても、貴様だけには玉座は渡さん」

 もしリリカが帝国の新しい支配者になってしまえば、どんな独裁体制が敷かれるか想像もできない。恐怖の未来を考えてしまったアンジェリカは、その意見を速攻で却下した。
 とんでもない冗談を言われたものの、アンジェリカはリリカの言いたい事を理解している。皆がアンジェリカの身を案じながらも、彼女の気持ちを考えるが故に、無理をし続ける彼女を止められないでいる。そんな中リリカは、彼女の怒りを買うのを承知で、執務から彼女を遠ざけた。全ては、アンジェリカの身を案じての行動である。
 
「すまなかった・・・・・。皆にも、そして貴様にも心配をかけた・・・・・」
「ふふふ・・・・・、わかって頂けたのなら十分です」

 皆に心配をかけていた事を反省しつつ、アンジェリカはテーブルに置かれた皿から焼き菓子を一つ摘み、自分の口へと運んでいった。香ばしい匂いの出来立てビスケットが、噛んだ瞬間気持ちのいい音を鳴らし、彼女の口の中へと運ばれていく。

「美味しい・・・・・・・」
「良かったじゃないかアマリリス。陛下のお気に召したようだよ」
「よっ、よかった・・・・・・・」

 緊張が解け、安どの息を吐くアマリリス。そんな彼女の姿を見て、アンジェリカは不安そうな表情を浮かべていた。他人から見て、普段の自分はどんな恐ろしい人間に見えているのか、内心とても心配になったからである。

「私は・・・・・、そんなに恐ろしいか?」
「はわわわわわわ・・・・・!けっ、決してそのような事は・・・・・!!」
「それなら、私を見てそんな風に恐がるな。私の何を恐がる?」
「あうあうあうあう・・・・・・」
「陛下、そうやってきつい目付きで迫るから恐がられるんですよ」
「!」

 ラベンダーと同じで、アンジェリカも愛想よく振りまくのは苦手である。彼女自身は普通に接しているつもりでも、物静かで目付きの鋭い彼女の表情は、どうしても怒っている表情に見えてしまう。女王になる以前はもう少し柔らかかったが、今は女王としての威厳を保つため、彼女自身が無意識に表情を硬くしてしまっている。
 滅多に笑う事もないため、普段から不機嫌に見られてしまう事も多い。帝国剣士クリスなど、彼女を不機嫌女王と呼んだ事もあるくらいだ。
 リリカに指摘され、自分の態度を反省したアンジェリカ。謝罪のためにアマリリスの方を向き、彼女は頭を下げた。

「アマリリス・・・・・、すまない」
「そっ、そんな!?顔を上げて下さい・・・・・!私は、全然気にしてませんから・・・・・」
「謝罪はそのくらいにして。ほら陛下、せっかくの紅茶が冷めてしまいますよ」

 頭を上げ、テーブルの上に置かれたカップを掴み、アンジェリカは紅茶に口を付けた。
 焼き菓子もこの紅茶も、どこか優しさを感じさせる。紅茶を飲んだ後、彼女は大きく息を吐いた。全身から一気に力が抜ける感覚。張り詰めていた緊張の糸が、紅茶と焼き菓子のお陰で緩んでいく。
 
「ふう・・・・・・。落ち着くな・・・・・・」

 気が付けば、アンジェリカの表情は緊張から解放され、目付きも柔らかくなっていた。気を抜いた事で、責務の重みから一時的に解放され、体が軽くなっている。いつ以来になるかわからない、心と体が落ち着く感覚。いつもは真剣な表情しか見せない女王の顔も、今は少しだけ笑みを浮かべてしまう。
 そんな彼女を見て、リリカもまた笑みを見せる。ラベンダーもアマリリスも、今だけは女王の重圧から解放されている彼女を見つめ、微笑みを浮かべていた。余程嬉しかったのか、アマリリスは微笑を浮かべたまま、嬉しさのあまり涙を流し始めたのである。

「うう・・・・、陛下を休ませられて・・・・・本当に良かった・・・・・」
「あっ、アマリリス・・・・・、何で泣いて・・・・・?」
「だって・・・・・陛下の事が・・・・心配だったから・・・・・・」

 驚くアンジェリカへ、アマリリスは涙を流しながら言葉を発する。
 実は、今日お茶会を開こうと企画したのは、リリカではなくアマリリスだった。働き詰めのアンジェリカを少しでも休ませようと、リリカに相談した結果がこれなのである。紅茶もお茶菓子も、アンジェリカのために心を込めて作り、喜んで貰うために用意したのだ。
 泣いて喜ぶアマリリスと、そんな彼女を見て戸惑うアンジェリカ。二人の姿を妖艶な笑みを浮かべて見ているリリカが、意地悪顔でアンジェリカを揶揄う。

「ふふっ、女の子を泣かせるなんて。陛下も罪な女ですね」
「うっ、うるさい・・・・!」

 すると、リリカの言葉に反応したラベンダーが、ある指摘のために口を開いた。

「リリカ様。アマリリスは女の子と呼べる歳じゃない・・・・・・」
「そうなのかい?でもこの子、見た目は陛下と変わらないじゃないか」
「アマリリスは、メイド部隊じゃ三番目に年上です・・・・・・」

 帝国メイド部隊で最も年上なのは、四十代であるメイド長ウルスラである。どう見ても十代にしか見えない見た目のアマリリスは、メイド部隊では三番目に年上であるとラベンダーが語る。
 帝国メイドの多くは二十代であり、例としてラベンダーの年齢を出すと、彼女は今年で二十五歳となる。二番目が誰なのか気になるところではあるが、三番目である彼女は一体幾つだというのか?

「アマリリスはこの見た目で三十六歳です・・・・・」
「「!?」」

 アンジェリカも、流石のリリカも、自分の目と耳を疑った。
 どこをどう見てもアンジェリカと同じくらい、いや少し上くらいにしか見えない容姿。メイド部隊に於いて、一番幼い見た目でありながら、部隊の中では三番目に年上であり、しかも三十六歳。それがアマリリスである。
 普段からおどおどして、圧倒的に年下であるアンジェリカにびびりまくり、子供のような嬉し泣きを見せるのだが、これでも年上のお姉さん。それがアマリリスなのである!

「おっ、驚いたよ・・・・・。この見た目でその歳とは、若作りにも程がある・・・・・」
「老いを知らないのか・・・・・・」
 
 今日一番の衝撃的事実に、驚きが治まらない二人。一体彼女は、幾つの時からこの容姿のままであるのか、二人はそれが気になっていた。
 帝国メイドの知られざる不思議が公開されるなどしたが、その後はリリカもアンジェリカも、執務を忘れてアマリリスの紅茶とお茶菓子を楽しみながら、四人で会話を弾ませた。開かれたお茶会は、働き詰めのアンジェリカを休ませられたため、無事に成功を収めたのである。
 無理をする主を強制的に休ませるのもまた、帝国宰相の仕事である。
 宰相リリカの午後は、紅茶と花々の匂いに包まれながら、ゆっくりと流れていった・・・・・・。
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