贖罪の救世主

水野アヤト

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第一話 初陣

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 オーデル兵士の誰かが敵襲を叫んだ。だが、そんなことは最早関係ない。
 夜道を騎兵となって全力で走り続け、彼らはとうとう、探し求めていたものを見つけた。この時を今か今かと待ち続け、五十人の決死隊は一つの塊となって、オーデル軍本隊に牙を突き立てたのだ。
 ヴァスティナ軍奇襲部隊、オーデル軍第四軍に接敵。

「見つけた、見つけた、見つけたぞ!!帝国に蔓延る害虫共っ!!」
 
 全て宗一の予想通りになっていた。
 作戦通り第三軍は本隊を離れ進軍し、第四軍は火災を逃れ、予想された地点に後退していた。第四軍後退地点は、ヴァスティナ軍の騎士団の意見で予想できたが、予想は予想でしかなかったため、正確にそこへ後退するかは賭けだった。そして宗一は賭けに勝った。
 今の宗一は、人生で今までにない程ご機嫌で、今までにない程の最高の気分だった。

「参謀殿は先に行ってください!露払いはお任せを!!」
「言ってくだせぇ参謀殿!こいつらは俺たちの獲物ですぜ!!」

 ケント、ガリバロ、モーリス、そしてガレスを含めた、奇襲部隊の半数近くの兵士たちは、勢いのまま正面の敵軍に突撃し、宗一のための道を開けようと戦い始めた。その隙に、宗一と残りの兵士たちは敵軍中心へと突撃する。
 狙うのは、アレクセイ・クラウド・オーデルの首ただ一つ。

「探せ!!アレクセイはここに必ずいるぞ!」
「見つけ出して必ず殺せ!!」
「ヴァスティナ帝国万歳!!」

 兵士たちの士気は最高に達していた。彼らを阻もうとするオーデル兵を、手に持つ武器で殺していきながら、ヴァスティナ兵は血眼になってアレクセイを探している。
 宗一はメシア号(仮)の手綱を握りしめ、胸を躍らせていた。何故ならば、勝利はすぐ目の前にあり、ユリーシアを救うことができるからだ。
 彼にとって、これほどまでに嬉しいことはなかった。だが喜ぶのはまだ早く、顔も見たことのない、オーデル王国の王子を見つけ出して殺すまでは、気を引き締め続けなければならない。
 人を殺したことのない宗一は、武器として短剣を所持している。兵士たちに頼み、武器庫から拝借した物だ。
 剣や槍に弓などもあったが、当然どれも使ったことはないため、サバイバルナイフのようなものなら使えそうだと考えた宗一は、武器庫にあった、軽量で刃の長さが短く振り回しやすい短剣を選択した。
 この短剣はアレクセイを殺すための物である。人を殺したことがない人間が、いきなり躊躇なく人を殺せるわけがない。常識的に考えればだが。
 ここにいる男は違う。今彼は、ユリーシアのこと、メシアのこと、そして彼女たちの障害を排除することしか考えていない。障害であるオーデル兵は、彼にとって害虫のようなものでしかなかった。
 存在するだけで邪魔で害をなし、何故存在しているのか理解できない。彼はオーデル兵を、人間と見ていなかった。
 邪魔になる敵だけを排除し進む、勇敢なヴァスティナ兵。突然の襲撃に逃げ惑う敵には目もくれない。
 オーデル兵がヴァスティナ兵に気を取られている中、ただ手綱を握り続けて、走り続けている宗一は、気が付けば一人だけになってしまっていた。だが、気にしてはいられない。

(味方はゼロ。俺一人か)

 奇襲部隊全員はそれぞれ戦っている。戦いの中でもう死んでしまった者もいる。
 戦闘の流れで、散り散りとなってしまった奇襲部隊の中で、ただ一人、目的を達せられるのは宗一だけとなった。彼らは図らずも、宗一に全てを託すことになった。
 メシア号(仮)は、敵をある時は押しのけ、ある時は常識外れの跳躍で跳び越えて進んでいく。この馬のおかげで宗一は、未だ傷一つ負わず、ここまでやって来ることができたのだ。
 宗一の守りたい者、ユリーシア。宗一を信頼し、今も戦い続けているメシア。最前線で勝利を信じて戦うヴァスティナ兵。帝国と女王を守るため、全力で協力するヴァスティナ国民。死を覚悟して志願した奇襲部隊の兵士たち。宗一をここまで無事連れてきたメシア号(仮)。
 全てが実を結ぶ時がやってきた。

「あれか!」

 彼はとうとう見つけることができた。
 手綱から手を離して馬を飛び降りる。馬の停め方を知らなかったため、飛び降りるしかなかっただけで、決して格好をつけようとしたわけではない。強化された身体能力のおかげで、綺麗に着地が決まる。
 ・・・・・ちょっと嬉しかった。
 眼前には豪華な装飾の施された甲冑に、整った顔立ちの青年と、彼のすぐ傍に控える男。周りには何十人の兵士が、その青年を守るために武器を構える。

「見つけたぞ!アレクセイ・クラウド・オーデル!!」

 この青年が死ねば戦いは終わる。誰もがそれを、それぞれの立場で理解していた。

「相手は一人だ。討ち取れ!」

 アレクセイの隣に控えるデルムが、兵士に命令する。命令を受けた兵士たちは、目の前に突然現れた敵を討ち取ろうとするが、彼らが動くよりも早く、まるで獣のような速さで接近した宗一は、まず兵の一人を、思いっきりの勢いで殴り飛ばした。
 驚いたオーデル兵士たちは一瞬動きが止まり、その隙に二人目を蹴り飛ばして、三人目の顔面を、片手で掴んで地面に叩きつけた。
 素手で瞬く間に兵士たちを倒していく男に、恐怖を抱き始めたオーデル兵であったが、王子を守るため、彼らは必至で宗一を討ち取ろうとする。そんなことはお構いなしに、次々と殴り、蹴り、投げ飛ばす宗一は、戦うというよりは暴れているようであった。
 瞬く間に十人以上を倒し、後ろから剣で斬りかかろうとした敵を、後ろ蹴りで沈黙させ、一人で倒した敵の数は二十人となった。全員にとどめを刺したわけではないが、大の男を軽々と吹き飛ばすこの攻撃を喰らえば、流石に鍛えられた兵士であろうと、中々立ち上がることができないため、とどめを刺さない。
 とどめを刺している暇もないのだ。もたもたしていると、王子の危機に他の敵も集まってくる。

「どけよ雑魚どもが!!」

 倒しても倒してもきりがないため、苛立ちが募る。このままでは目的を達成できない。

「参謀殿!!今お助けします!」
「ケントさん!?」
「雑魚は任せてくださせぇ!!」
「ガレスさんも!?最高のタイミングですよ」

 ケントたちがここまで追いつき、先程まで宗一が戦っていたオーデル兵士たちに向かっていく。
両者の間で戦闘が起こった。彼らが敵を引きつけている、今がチャンスだ。

「アレクセイ!お前をぶっ殺す!!」
「殿下!お下がりください!!」

 アレクセイに向かっていった宗一の前に、王子を守るため、デルムが剣を構え立ち塞がった。他の兵士たちとは明らかに違う、戦い慣れたことがわかる隙の無さ。だが、そんなことはやはり関係がない。

「どけぇ!邪魔すんじゃねぇよ!!」
「くっ!まるで狂犬だな」

 剣で斬りかかるデルムの攻撃を躱すが、初めてこの世界で遭遇したオーデル兵の斬撃が、何だったのかと思うほど、その斬撃は躱し難い。戦いの素人である宗一でもわかるほど、デルムの剣の腕前は、熟練の戦士のそれであった。
 手数も多くなり、徐々に追い詰められていく宗一は、斬撃を回避しきれず、腕や足にかすり傷をつくっていく。剣で武装したデルムと、素手の宗一では武器がある方に分がある。  
 しかし、狂犬と言われてしまう位、傍から見れば狂っているように見える宗一であったが、何も考えていないわけではなく、頭は冷静であった。

(まだだ、大振りがくるまでは!)

 耐えて耐えて、耐え抜いた先に反撃の機会がある。その一撃で全てが決まる。
 眼前の驚異的な身体能力をもった男に、今まで培ってきた剣の腕で、中々決着をつけられないことに、焦りと苛立ちを覚えるデルム。傷口から痛みを感じながらも、目の前に死が迫ってきていようとも、退くことはない宗一。

「鬱陶しいんだよ、王国の害虫がぁ!!」
「言わせておけば!」

 自身を侮辱されたデルムは激昂し、宗一が待ちに待った大振りの構えをとった。剣を真上から振り下ろそうとした、まさにその時。

「もらったぞ!」

 その剣が半分も振り下ろされないまま、剣を持ったデルムの両手をめがけて、宗一の右足が唸りを上げる。
 渾身の力で振り上げられた右足は、デルムの両手を直撃し、骨が砕ける恐ろしい音が聞こえた。
 最早剣を振り下ろすどころではなく、骨が砕けた痛みに絶叫するデルム。その隙に、腰に差していた短剣を抜刀し、その刃を相手の首元へと、勢いに任せて突き刺す。
 肉を切り裂く独特の感覚。深く突き刺した後は、それを勢いよく引き抜いた。傷口からは大量の血が流れ出て、先程まで剣を振るっていたその男は、何か言葉を発しようとしていたが、何を言っているのかは聞き取れない。
 そして最高指揮官補佐デルムは倒れ、二度と立ち上がることはなかった。

「デルム!?」
「・・・・ははっ。次はお前だよ、クソ野郎」

 デルムの返り血を浴びた宗一が、ゆっくりとアレクセイへと向かっていく。アレクセイは目の前で忠臣を殺された衝撃と、現れた時から狂ったように笑っている宗一への恐怖で、動けなくなっていた。
 周りでは、両軍の兵士たちが殺し合いを続けている。気づかない内に、周りでは火の手が上がり、その炎は段々大きくなっていた。オーデル兵の持っていた松明等が、手元を離れて、偶然木や草に燃え広がったのだろう。

「くっ!?貴様、よくもデルムを!」

 動けなくなっていたアレクセイは、デルムを殺された怒りで恐怖を振り払い、腰に差されている、装飾の施された剣を抜き放ち構える。
 だが、その瞬間間合いを一気に詰めた宗一が、短剣でその剣を弾き飛ばす。一瞬の内に、アレクセイは無防備にされてしまった。

「ひっ?!」
「大人しくしてろ」

 眼前に迫る死が恐怖を呼ぶ。

「まっ待て、私たちの負けだ!降伏する!」
「・・・・・・・・」
「賠償金も払う。もちろん今後帝国とは戦争しないと誓う!父上に必ず約束させる!」
「・・・・・・・・」
「命を助けてくれれば貴様の望むことを全て叶えよう!!何か欲しいものは無いか?!」
「・・・・・強いて言えばお前の命だ」
「!!」
「お前はユリーシア陛下の敵だ。帝国を侵略し、女王陛下を脅かす害虫だ。お前たちが侵略してきたために彼女は苦しんだんだよ!だからお前は俺が殺す!」

 激昂する宗一。そして、怒りの根源は目の前にいる。
 オーデル王国も、オーデル軍兵士も、先程宗一が殺したデルムも、目の前にいるアレクセイも、誰も彼もが悪くないのはわかっている。彼らもまた、自国のために戦っていることはわかっている。これは戦争であって善悪はなく、誰もが等しく悪なのだ。
 だから誰にも罪はない。

「侵略したことは確かに認める!だがしかし、帝国を滅亡させるわけではない!現在の支配体制から国民を解放し、新しい国にしようとしていただけだ!父上は帝国を植民地にしようとしているが、私にそんな考えはないのだ、信じてくれ!!」
「女王陛下あっての帝国だ!!彼女を殺すなんていう暴挙は俺が許さない!・・・・・・・・言い残すことはそれだけだな」
「えっ?」

 瞬間、立ち尽くしたアレクセイの心臓を短剣が貫く。貫いた短剣を引き抜いた宗一は笑みを浮かべ、何が起こったのか理解できずにいたアレクセイは、力なく崩れ落ちる。
 傷口から大量の血を流し続けるアレクセイ。やがて彼の心臓の鼓動は停まった。
 アレクセイ・クラウド・オーデル第一王子、戦場にて戦死。

「終わった・・・・・・」

 そう言わずにはいられなかった宗一だが、まだ戦いは終わっていなかった。デルムとアレクセイの死により、武器を捨てて逃げ始める者。最高指揮官が死んでも尚、戦いを止めない者。起こったことの衝撃で、動けなくなっている者。
 炎が燃えさかっていく中、未だ戦いの終わりは見えず、両軍の兵士は死に続けていた。
 絶叫、悲鳴、怒号が絶え間なく響く。こんな戦場の中をメシアは最前線で戦い、ケントやガレスたちは、圧倒的不利な状態でも戦い続けている。
 この戦いで、自分は命を落とすだろうと思っていた宗一は、未だに自分の命があることに気付く。まだ命があるのなら、彼はユリーシアのために戦い続ける。

「聞け、オーデルの雑魚ども!!アレクセイは死んだぞ!俺が殺した!それでも戦うつもりの奴は俺が殺してやる!!さあ、かかってこい!!」

 戦いは終わらない。
 この戦いを始めた男は、唯一の武器である短剣を握りしめ、眼前の敵へと向かっていった。
 これ以上の戦いに意味があるのか、誰にもわからない。だが、戦いは停まらなかった。
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