贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
145 / 875
第六話 愛に祝福を  後編

19

しおりを挟む
 アニッシュは思い出した。
 あの時、クリスが教えた、ただ一つの技を。教えられたのは、基本的で当たり前の技だ。それでも、この状況ならば、最も効果的な技と言える。

(やるしかない。練習では一度も上手くいかなかったけど、これしかないんだ!)

 息を静かに吐き、集中力を高める。ランスを握る手に力を入れ、ただ一点に狙いを定めた。

「準備はいいかいアニッシュ君?そろそろ決着をつけようか」
「はい!勝負です、怪人アリミーロっ!!」

 アニッシュは駆け出した。ランスを前に構え、その狙いはリックの仮面である。
 ランスの切っ先は砕かれているが、鉄製である以上、全力で突けば鈍器のようなものだ。如何にリックと言えども、顔面に直撃をくらえば、ただでは済まない。

(真っ向勝負か。上等だ!)

 リックも受けて立つ。
 正直、これ以上アニッシュと戦う必要はない。この場から逃走して、適当に撒いてしまうだけでいい。
 それでもリックは、彼と戦う選択をした。クリスがわざと用意したこの舞台に、どうしようもない程の面白さを感じた故である。それに、彼のためと思うならば、ここで退くわけにはいかない。

「はあああああああっ!!」
「くらえええええええっ!!」

 間合いに入り、ランスを突き出したアニッシュに対し、己の拳のみで立ち向かうリック。
 今度こそ、彼のランスを粉砕し、勝負に決着をつけるため、右手の拳で、真っ向からランスに立ち向かう。力の差がある以上、このままではアニッシュのランスが砕かれる。
 彼のランスの突きは、今日一番の速さだ。しかし、リックには見えている。ランスを正面から打ち破るため、拳を放つ。
 リックは一瞬思ってしまった。「勝った」、と。
 その一瞬の油断が、命取りになる事を知らずに。

「なにっ!?」

 リックの拳がランスと激突する。と、思われた。
 殴れるはずだったのだが、拳を放った先に、ランスはなかった。間違いなくアニッシュのランスは、リックの仮面目掛けて向かって来ていたのだが、突然ランスが消えてしまったのである。
 拳は、ランスの消えた空間を殴る。外してしまったのだ。これが勝敗を分けた。
 ランスは消えたのではない。アニッシュは確かに、ランスの突きを放った。
 放ちはしたが、狙い通りの場所へ放ち切ってはいない。直前でアニッシュは、放ったランスを戻したのだ。拳と激突する直前で戻し、一瞬で狙いを切り替える。最初から、本当の狙いは仮面ではなく、必ず無防備になるであろう、リックの腹部であったのだ。

「そこだあああああああああっ!!」

 アニッシュがクリスに教わった技。それは、単純なフェイントである。
 突くと見せかけ、直前で狙いを切り替え、本当の狙いを攻撃する、簡単な技だ。そんな簡単な手に、リックは見事に引っかかってしまった。
 体力的に余裕がなく、早急に決着をつけなければならない、この状況ではリック自身、少し冷静さを欠いている。冷静さを失わないようにしていたが、アニッシュとの胸躍る戦いで、内心熱くなってしまっていた。
 熱くなっている時ほど、簡単な事でミスをするものだ。油断しているつもりはなくとも、熱くなっていたせいで、普段なら何て事はないフェイントに、仕掛けたアニッシュ自身が驚くほど、綺麗に引っかかってしまった。
 フェイト程度の技など、やろうと思えば誰にでも出来る。基本の一つだ。
 派手な技など教わってはいない。少年にはまだ早いと、クリスはこの技しか教えなかった。この技をアニッシュは、厳しい教えのもと習得し、実戦で初めて放つ。初めてであったが、意を決して使った価値はあった。
 フェイントに慌て、一瞬アニッシュのランスを見失い、防御が遅れてしまうリック。

「がはっ!!?」
「うおおおおおおおおおっ!!」

 フェイントにかかり、無防備となったリックの腹部に、少年の渾身の一撃が炸裂する。
 気迫の籠った雄叫びを上げ、ランスを放ったまま、そのままの勢いで、リックの体を突き飛ばす。後ろへと突き飛ばされたリックの体は、地面に叩きつけれ、そこから立ち上がる事はない。

「はあ、はあ、はあ・・・・・。やった・・・・・」

 死んだわけではないが、彼の突きの衝撃に負け、気を失っているのだ。
 勝敗は決した。見習い騎士、アニッシュの勝利である。格上の相手に対して、勝利をもぎ取って見せた。

「シルフィ!」

 勝利した事が分かるや否や、眠っているシルフィのもとへと駆け寄る。
 彼女をリックから任されたメイファは離れ、アニッシュはシルフィを抱き起す。

「シルフィ!起きて、シルフィ!」
「・・・・んっ、・・・・あ・・・アニッシュ・・・・・?」
「そうだよ、もう大丈夫だからね」

 騎士は姫を見事助け出して見せた。
 一方、姫を攫った怪人役はというと、自らの専属メイドに頭を蹴られ、無理やり意識を覚醒させられている。

「無様ですね、ご主人様」
「ぐっ・・・・・、負けちゃったな」

 メイファが手を貸し、腹を手で押さえながら、何とか立ち上がる。
 彼にはもう、戦う意思はない。今回は潔く、少年の奮闘に免じて負けを認めた。

「負けたよアニッシュ君。姫は君に返す」
「何かっこつけてるんですか。見習いに負けてる時点でとってもかっこ悪いです」
「まったくだ。でもなメイファ、アニッシュ君の実力は本物だ。まぐれで勝ったわけじゃない」

 不意に、メイファの名前をそのまま呼んでしまった事に気付く。もう気付かれているのだが、正体は隠さなければならない。

「フローレンス参謀長」
「アニッシュ君、我は怪人アリミーロである。フローレンスなどという男は知らないぞ」
「・・・・・・では、怪人アリミーロさん。お礼を言わせて下さい。本当なら、お礼を言うのは間違いだと思います。でも僕は、あなたたちのおかげで、大切な事を思い出せました」
「アニッシュ?」

 見違えるようだ。
 初めて出会った時とは違う。曇りのない瞳に、迷いを振り切った表情。
 少年は変わった。あの時のように、苦悩する事はもうないだろう。

「僕はシルフィが好きです」
「ちょっ、こら、アニッシュ!?あんた何言ってんのよ!」
「この気持ちに嘘偽りはありません。僕は彼女の騎士になりたい。違う、絶対になってみせます。僕の命は、常に彼女と共にある!」

 少年の宣言は、幼き姫の顔を真っ赤にしてしまう。
 恥ずかしいと思う気持ちがある。だが、それ以上に嬉しいという気持ちが強い。愛する少年にそう言って貰える事が、どうしようもなく嬉しかったのだ。

「そうか。良かったですね姫殿下、彼はいい男ですよ」
「・・・・・・当り前よ。アニッシュは私の騎士なんだから」
「お二人の愛に祝福を。そろそろ私は退散しますので」
「早く戻りますよご主人様。ここにいては、お二人の仲の邪魔です」

 作戦は終了した。
 まさかの乱入者が現れ、最後に敗北してしまったものの、シュタインベルガー作戦はほぼ成功した。
 作戦を考えた本人は、とても満足している。専属メイドが呆れるほどに、超ご機嫌だ。

「さらばだ見習い騎士よ!そして姫殿下よ!また会おう!!」
「二度と御免よ、変態仮面」

 高笑いを上げながら、振り返って去っていく、怪人アリミーロとそのメイド。
 二人の背中を見送る。帝国の未来を担う、男の背中を。
 薬のせいか、足元がおぼつかない彼女を抱きかかえ、二人の姿が遠くなるまで見送った。

「あれがユリユリの希望なのね」
「フローレンス参謀長は、この先何を目指すんだろう」
「さあね。今は、そんな事どうでもいいわよ」

 アニッシュが気が付くと、シルフィはじっと、彼の事を見つめていた。
 記憶の中の彼女は、いつもむすっとした表情を見せていた記憶が多い。しかし、今の彼女は、優しい微笑みを浮かべている。アニッシュが見惚れてしまうほどに。

「助けに来てくれて、本当にありがとう」
「これからは、一生君を守り続ける。僕は君の騎士だから」
「まだ見習いのくせに」
「そっ、そうだね。もっと頑張らないと」

 痛いところをつかれ、困り顔のアニッシュを見て、少し笑うシルフィ。
 そんなシルフィ見て、どうして彼女はこんなにも可愛いんだろうと、口に出してしまいそうになった。それを何とかぐっと堪えて、彼女を見つめる。

「大好きよ」
「僕もさ。・・・・・・行こうか、君の帰りを皆が待ってる」
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

建国のアルトラ ~魔界の天使 (?)の国造り奮闘譚~

ヒロノF
ファンタジー
死後に転生した魔界にて突然無敵の身体を与えられた地野改(ちの かい)。 その身体は物理的な攻撃に対して金属音がするほど硬く、マグマや高電圧、零度以下の寒さ、猛毒や強酸、腐食ガスにも耐え得る超高スペックの肉体。   その上で与えられたのはイメージ次第で命以外は何でも作り出せるという『創成魔法』という特異な能力。しかし、『イメージ次第で作り出せる』というのが落とし穴! それはイメージ出来なければ作れないのと同義! 生前職人や技師というわけでもなかった彼女には機械など生活を豊かにするものは作ることができない! 中々に持て余す能力だったが、周囲の協力を得つつその力を上手く使って魔界を住み心地良くしようと画策する。    近隣の村を拠点と定め、光の無かった世界に疑似太陽を作り、川を作り、生活基盤を整え、家を建て、魔道具による害獣対策や収穫方法を考案。 更には他国の手を借りて、水道を整備し、銀行・通貨制度を作り、発電施設を作り、村は町へと徐々に発展、ついには大国に国として認められることに!?   何でもできるけど何度も失敗する。 成り行きで居ついてしまったケルベロス、レッドドラゴン、クラーケン、歩く大根もどき、元・書物の自動人形らと共に送る失敗と試行錯誤だらけの魔界ライフ。 様々な物を創り出しては実験実験また実験。果たして住み心地は改善できるのか?   誤字脱字衍字の指摘、矛盾の指摘大歓迎です! 見つけたらご報告ください!   2024/05/02改題しました。旧タイトル 『魔界の天使 (?)アルトラの国造り奮闘譚』 2023/07/22改題しました。旧々タイトル 『天使転生?~でも転生場所は魔界だったから、授けられた強靭な肉体と便利スキル『創成魔法』でシメて住み心地よくしてやります!~』 この作品は以下の投稿サイトにも掲載しています。  『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4480hc/)』  『ノベルバ(https://novelba.com/indies/works/929419)』  『アルファポリス(https://www.alphapolis.co.jp/novel/64078938/329538044)』  『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093076594693131)』

処理中です...