贖罪の救世主

水野アヤト

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第十四話 贖罪

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 ヴァスティナ帝国領内で発生した、軍部主導の大粛清。
 標的は、反女王派の帝国貴族全員。命令は、反女王派の貴族を可能であれば捕縛。抵抗する場合は殺害せよ、と言う命令だ。
 帝国参謀長命令で、怒りと憎しみに燃えて動き出した、ヴァスティナ帝国軍。
 いくつもの部隊に分かれた軍は、今日一晩の内に全ての対象を捕縛する。そうしなければ、取り逃がしてしまう可能性があるからだ。
 リックたちがヌーヴェルの屋敷を焼いた頃、同じように火を放たれた屋敷があった。ここもまた、粛清の対象であったためである。

「ちっ・・・・・」
「不満があるのか、破廉恥剣士」

 槍士レイナ・ミカズキと、剣士クリスティアーノ・レッドフォードは今、兵を率いて貴族の屋敷を襲撃している。勿論この屋敷は、反女王派の貴族の屋敷だ。
 目標を護衛していた者たちや、逆らった者たちは全て、レイナが一人で殺した。目標であった貴族はクリスが捕縛し、今現在ここでは、反逆の見せしめとして屋敷に火が放たれていた。
 屋敷の中には、貴族の男の家族や使用人が、まだ残されたままだ。残された者たち事、屋敷を燃やしているのだ。

「あるに決まってんだろ。てめぇは無いって言うのかよ」
「無い。これは参謀長閣下の命令だ。不満などあるはずがない」

 燃え盛る炎と、焼け落ちていく屋敷。表情は寡黙なまま、その光景を見つめているレイナの目に、人の心はない。あるのは参謀長への忠誠心と、一生背負うと誓った罪のみだ。
 彼女は変わった。変わってしまったのだ、あの日から。
 永遠に失われた、リックの希望。メシアが死に、ユリーシアは永遠の眠りについたあの日から、彼女は新たな決意を持った。そして、自分にとって邪魔なものは全て捨て去ると誓った。
 
「変わる気かお前。自分の全部を捨てて、リックのためだけに生きる忠実な駒になる気かよ」
「間違っていない。私は本来、死すべき大罪人。一生償う事のできない罪を背負う、参謀長閣下の槍だ」
「てめぇ、自分が何ほざいてるか、本当にわかってんだろうな」
「・・・・・・」

 レイナは何も答えない。舌打ちし、苛立ちを募らせるクリス。

「レイナちゃん、クリス君。二人ともどうしたの?」
 
 背後からの声に振り向くと、そこには狙撃手イヴ・ベルトーチカの姿があった。
 手には彼の相棒である狙撃銃。後ろには数十人の兵士を従えて、二人へと合流したのである。

「女装男子か。てめぇのところは片付いたのかよ?」
「まあね。全員僕が殺してきたよ。貴族のおじさんは逃げようとしたから、この子で足を吹き飛ばしてあげたの。三発撃ってね♪♪」

 イヴの任務は終了している。想定以上に早く目標を捕縛した彼は、他の部隊の支援のために動いていた。レイナとクリスの元へと来たのは、それが理由だ。とは言え、彼が来るまでもなく、この地での任務はほぼ完了している。
 彼は楽しそうに、相棒の狙撃銃を撫でて、明るい笑顔を浮かべている。だが、明るい笑顔のはずなのに、今の彼は恐ろしい。言動ではなく、身に纏う空気が普段と全く異なっているのだ。
 怒り、悲しみ、殺意、全てが混じり合い、彼を取り巻いている。今の彼は、リックの敵となった相手を殺す、一人の殺戮者。たとえ相手が、女子供であろうとも容赦はしない。
 現に彼はもう、捕縛した貴族の屋敷襲撃の際、屋敷中の人間を皆殺しにしている。
 
「で、二人はまた喧嘩中?」
「こいつが舐めた事抜かしやがっただけだ。喧嘩なんざしてねぇ」
「喧嘩してるじゃん、それ」

 イヴの登場を見定めた後、レイナは再び視線を屋敷に戻す。
 彼女の様子がおかしいのは、イヴにもわかる。クリスと同様に、イヴもまた彼女に、複雑な思いを抱く。

「燃えろ!燃えるんや!!なんもかんも燃えて無くなりゃええんや!!」

 レイナの視線の先には、特徴的な言葉遣いの眼鏡少女が、自身の発明品を使い、屋敷に炎を浴びせている。火を放った張本人は彼女だ。

「あんの発明馬鹿。真相知って壊れちまいやがって・・・・・」
「シャランドラちゃん・・・・・」

 眼鏡少女、発明家シャランドラは狂っていた。皆が知らぬ間に彼女の手で開発されていた、個人携帯用火炎放射器が炎を吐いて、屋敷の全てを燃やし尽くしていく。
 彼女もまた、怒りや憎しみに駆られ、愛する者たちの敵を殺している。火炎放射器から放たれる地獄の業火は、生きたまま人間を焼き殺す。焼かれ苦しむ人間の声など、彼女の心には何も響かない。
 当然だ。元々彼女はこの世界を恨み、自分と愛する者たち以外の命など、価値あるものと見ていない。関係ない人間を何人殺そうが、罪悪感など覚えない。
 あの優しかった女王陛下は、貴族たちの手によって殺された。彼女の死で、シャランドラにとって大切な男は、心が壊れてしまった。ユリーシアを殺し、リックに絶望を与えた者たち。実行した者も、計画した者も、誰であろうがシャランドラは許さない。子供であろうが、生きたまま焼き殺す。

「あはっ、あははははははは!!死ねや死ねや死ねや、みーーーーーんなうちが殺してやるで!!!」

 女王の死の真相を知り、壊れてしまったのだと周りの兵士たちは思う。
 違う、彼女は最初から壊れていた。だから彼女は、新兵器の開発に全力を注ぎ、大量に人殺しができる武器を作り出す。今使用されている火炎放射器もそうだ。
 捕らえられ、拘束された屋敷の貴族が、燃え盛る屋敷と焼き殺される妻と子を見せられ、声にならない悲鳴を上げ続けている。そんな悲鳴も、シャランドラには届かない。

「どいつもこいつも壊れやがって。畜生が、糞イラつくぜ」

 吐き捨てるように毒づき、クリスは己の剣に視線を移す。
 左の腰にかかった、自身の分身。この剣と共に、剣士としての道を歩んできた。彼はリックに忠誠を誓い、命令であれば、たとえそれが納得のいかないものであろうと、従うと決めている。今もそうだ。
 しかし、そんな彼にも迷いがある。クリスは最強の剣士になるために、己の技を磨き続けている。彼の剣は、粛清や虐殺のためにあるのではない。戦いの場で、相手と命懸けで戦い、勝利するために彼の剣はある。
 だが今、クリスに与えられた命令は粛清だ。貴族を捕縛し、皆殺しにする命令である。女子供も関係なしに、彼はその剣で武器すら持たない者たちを、斬り伏せなければならない。
 これは剣士の所業ではない。わかっているからこそ、迷いが生まれる。

(俺も、槍女みてぇに・・・・・・)

 レイナは、槍士としての道を捨てた。彼女は戦士ではなくなり、外道に堕ちると決めた。
 リクトビア・フローレンスのためだけに生きる、堕ちた槍士となる気なのだ。だから彼女は、この屋敷の人間を皆殺しにする時、己の手だけで行なった。
 そしてもう一つ、自分だけで手を汚した理由がある。剣士であるクリスや、帝国の兵士たちに、粛清という名の虐殺の罪を背負わせたくなかったのだ。彼女はこの罪を、自分が背負うべきものだと思うと同時に、自分以外の者たちを苦しめたくなかった。その思いを胸に、屋敷中の人間を手にかけた。
 自ら外道に堕ち、全てを背負う。己の心を殺して、忠義のためだけに生きる。その生き方を選んだレイナに、クリスは憧れに似た感情を抱いてしまう。彼女のようになれたなら、どんな命令であろうと、迷う事はないと。
 
(誓っただろうが。俺はあいつのために生きるって。だったら、何も迷う事はねぇだろうが!)

 クリスの後悔。それは、あの時リックたちに同行していれば、少なくともメシアを死なせる事はなかったという、どうしようもない後悔だ。この後悔は、レイナも同じ。

「決めたぜ槍女、俺は迷わねぇ。粛清でも何でもやってやる。それであいつを救えるってんなら、この剣で人を斬る」
「・・・・・・そうか」

 クリスも迷いを払い、選択した。
 彼の決意を聞き届け、レイナは忘れられないあの日の事を思い返す。リックとメシアに、無理やりにでも同行しなかった、あの運命の分かれ道を。
 自分がいれば、メシアを失わずに済んだかもしれない。ユリーシアの死後、メシアさえいればリックは救われたはずだ。それなのに、自分の浅ましい嫉妬が、メシアの死を招き、リックの心を殺した。
 何もかもが許せない。メシアを殺したジエーデルも、女王を殺した貴族たちも、許す事ができない。でも、一番許す事のできない存在は、己自身。
 これは彼女の罪。彼女が逃げずに背負うと誓った、大罪なのだ。
 誰もが言うだろう。それは罪ではないと。だがこれは、彼女自身からすれば立派な罪。一生かけて償うと決意した、彼女の贖罪。

「シャランドラ、気は済んだか?」
「今うち、めっちゃ怒ってんねん。この程度で気が済むわけないないやろ」
「ならば、次の目標へと移動するぞ。ここでの務めは果たした」

 レイナがこの粛清部隊の指揮官であり、シャランドラは無理を言って付いてきたに過ぎない。彼女の命令は絶対だった。
 粛清はまだ始まったばかり。彼女たちは、今夜中に全ての片を付けるつもりだ。
 帝国で作戦指揮を執っているエミリオの、綿密な計画に沿ってレイナたちは動いている。帝国の防衛は鉄壁のゴリオンに任せ、今この時も、続々と貴族たちが連行されている事だろう。

「破廉恥剣士、遅れるなよ」
「うるせぇ。言われなくてもわかってんだよ」

 次の目標を捕縛するため、レイナは燃える屋敷に背を向けた。
 罪を背負った少女の背中。クリスは彼女を呼び止める。

「待てよ」
「なんだ?」

 振り返ったレイナの表情は、屋敷を見つめていた時と変わらない。
 今の彼女は、人の心を捨てた怪物。リックと同じだ。

「これから、てめぇがどんな生き方しようが知った事じゃねぇ。だがな、リックの前では変わるな」
「・・・・・・」
「いつもと同じでいろ。あいつを悲しませんじゃねぇぞ」

 それだけを言いたかった。今の彼女を見れば、きっと彼は悲しむと、よく知っているから・・・・・。

「わかったな?」

 レイナは返事をしなかった。変わらないようにあると、約束できないからだ。
 それでも、クリスの言葉は彼女に響く。何も答えなくとも、彼にはわかる。

「なんだかんだで優しいよね、レイナちゃんに」
「ほんまやわ」
「お前らもうるせぇぞ!俺がいつ槍女に優しくしたんだよ!」

 苛立ち、舌打ちを残して、彼は屋敷を後にするレイナに続く。
 
「じゃあ、僕たちも行こっか」
「せやな。まだまだ殺さんとあかん奴はおる。うちが全部まとめて焼き殺したる」

 二人もまた、堕ちた道を歩む。
 愛する者たちを悲しませた、最も憎むべき者たちを、狂おしい程に殺したいと思いながら。





 ヴァスティナ帝国領内の各地で、多くの血が流されている。
 帝国の大粛清。実行しているのは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。
 だが、この粛清を彼へと命じた人間がいる。
 一週間前の夜。その日を境に、全てが変わった。
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