防空戦艦大和        太平洋の嵐で舞え

みにみ

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大東亜の快進

初陣

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1942年1月9日、太平洋戦争の緒戦が日本軍の快進撃で彩られる中
連合艦隊司令部は、戦艦「大和」の南方進出を決定した。
大和は、連合艦隊第一戦隊旗艦として、駆逐艦数隻の護衛を受けながら、
重要な戦略拠点であるブルネイ泊地へと展開することになる。
この命令は、大和の巨砲主義者たちにとっては
来るべき艦隊決戦への布石と映り、航空主兵論者にとっては、
艦隊防空の要としての役割が本格的に試される機会を意味した
。翌10日、大和は静かに柱島泊地を出航した。その巨大な船体は
南の海へと向かうにつれ、次第に蒸し暑い熱帯の気候に包まれていく。

航海の二日目、1月12日。大和以下艦隊は
南沙諸島西方20kmの海域を航行していた。熱帯特有の強い日差しが海面に反射し
波は穏やかだった。艦橋では、山本五十六連合艦隊司令長官が陣頭指揮を執り
幹部たちが地図を広げ、今後の作戦について議論を交わしていた。
だが、その穏やかな雰囲気は、突如として破られることになる。


「艦長、未確認機、多数接近中!」

艦橋に、電探室からの緊迫した声が響き渡った。
大和に搭載された二十一号対空電探改一は、まだ探知距離や精度に課題を抱えていたが
それでも敵機の接近を比較的早期に捉えることに成功したのである。
艦内は瞬時にして臨戦態勢へと移行した。
甲板上にいた水兵たちは一斉に配置へと走り、
重厚な防水扉が次々と閉じられていく。艦内に響くけたたましい警報音は
乗員たちの心臓を直接揺さぶるかのようであった。

対空戦闘指揮官である井上少佐は、冷静沈着に対空戦闘指揮所へと急行した。
彼は、自らが設計段階から深く関わってきた大和の対空兵装が
初めて本格的な実戦の洗礼を受けることを直感していた。
モニターに映し出される敵機の光点を確認しながら、彼は脳内で対応策を練っていた。

見張り員からの報告が続いた。

「敵機、急速接近!数、約20機!機種識別中!」
「グラマン8機!スピットファイア4機!モスキート6機!高度4000!」

報告を聞いた瞬間、井上少佐の顔色が変わった。
F4Fワイルドキャットはアメリカ海軍の主力戦闘機であり、
その頑丈さと火力の強さはすでに認識されていた。
驚くべきは、スピットファイアとモスキートという、
イギリスの戦闘機・高速爆撃機が含まれている点であった。
これらがなぜこの南沙諸島沖にいるのか
という疑問もよぎったが、今は対処が最優先である。
特にモスキートは双発の高速機であり
その速度は従来の対空砲の照準を困難にする可能性があった。

「全対空砲員、警戒態勢!目標、敵機集団左方モスキート!
 距離二万、方位フタサンマル、全砲門、斉射用意!」

井上少佐の鋭い指示が、艦内の通信網を通じて全対空砲員に伝達された。
大和以下、護衛の駆逐艦各艦も、一斉に対空戦闘態勢に入った。
それぞれの艦艇が、対空兵装の砲身を空へと向け、初の実戦に備えた。


敵機が肉眼でも確認できる距離にまで接近した。
編隊を組んだ米英混合航空部隊は、太陽を背に、大和を狙って降下を開始した。
F4Fとスピットファイアが上空で援護し、モスキートが高速で突進してくる。

「距離12000!高角砲、第一波、散開射撃開始!」

井上少佐の号令が響いた。連合艦隊旗艦「大和」の
その恐るべき対空能力が、ついに火を噴いたのである。

艦の各所に配置された九八式10cm高角砲12基が、一斉に咆哮した。
10cm砲とは思えないほどの巨大な轟音が艦全体を揺らし、
砲口から吐き出される閃光と煙が、あたりを瞬時に白く染め上げた。
曳光弾が空を切り裂き、高々度を飛ぶ敵機目指して一直線に伸びていく。
命中精度を上げるため、数発の弾丸をまとめて発射する散開射撃によって、
空中に無数の黒い煙の輪が次々と出現した。
それは、まさに鉄の壁が空中に築かれたかのようであった。

モスキートの高速をもってしても、大和の10cm高角砲の弾幕を
完全に避けることは困難だった。一機が、弾幕の只中へと突入し
複数の砲弾が近距離で炸裂した。次の瞬間、モスキートの片翼が吹き飛び
機体はそのまま錐揉み状態になって熱帯の海へと墜落していった。

「よし!一機撃墜!」

対空戦闘指揮所から歓声が上がった。
井上少佐も、その目に見える成果に、わずかに口元を緩めた。
盤上演戯でしか見たことのない、この圧倒的な弾幕が、現実に敵機を撃墜したのである。

しかし、敵もまた、必死に食らいついてくる。
残りのモスキートやF4F、スピットファイアは、対空弾幕を巧妙に避けながら
あるいは敢えて弾幕の薄い箇所を狙いながら、大和へと接近を試みた。
彼らは、この日本の新型戦艦が、これほどまでの対空火力を備えていることに
驚きと同時に焦りを感じていた。

「次弾装填 各方高射装置の指示に従い各個自由照準射撃」

「距離5000!九六式25mm三連装機銃、斉射用意!敵機、降下開始!」

敵機が、いよいよ25mm機銃の射程圏内に入った。
井上少佐の次の指示と共に、艦の各所に配置された
九六式25mm三連装機銃40基120門が一斉に火を噴いた。
ドドドドドドド、と耳をつんざくような銃声が連続し、
無数の曳光弾が空を埋め尽くした。
それは、まさに光の帯が空中に描かれるかのようであり、
同時に、近づくもの全てを粉砕する死の嵐であった。

あまりの弾幕の密度に、突入してきたF4Fの一機が
まるで目に見えない壁にぶつかったかのように、一瞬でバラバラに分解された。
別のスピットファイアも、翼を打ち抜かれ、操縦不能に陥りながら海面に激突した。
駆逐艦の対空砲も支援射撃を行い、艦隊全体で空中に防衛線を築いていた。

この圧倒的な対空弾幕は、敵パイロットたちを驚愕させた。
彼らは、これまでの日本艦艇とは一線を画す、未曽有の対空防御力を目の当たりにし
思わず攻撃を躊躇する者もいた。しかし、彼らは任務を遂行するため
必死で大和の防空網を突破しようと試みた。


大和の放つ圧倒的な弾幕は、確かに敵機を驚かせ、何機かを撃墜した。
しかし、実戦はシミュレーションとは異なる。その過酷な現実の中で
大和の持つ新兵器の潜在能力の高さと同時に
運用上の具体的な課題が次々と浮き彫りになっていったのである。

九八式10cm高角砲は、その高性能ゆえに、非常に洗練された射撃指揮装置を必要とした。
しかし、当時の日本海軍の射撃管制システムは、
依然として光学照準に大きく依存していた。敵機は、高速で複雑な機動を行い、
時には対空砲の弾幕を避けるために予測不能な動きを見せた。
光学照準員たちは、双眼鏡を覗き込み、刻々と変化する敵機の速度
高度、方位を読み取り、瞬時に射撃諸元を計算しなければならない。
だが、経験の浅い照準員は、敵機の複雑な動きに追従しきれず、照準がずれる場面が散見された。
「もっと早く!追従が遅い!」
井上少佐の檄が飛ぶ。だが、照準員たちの額には脂汗が滲み
彼らの目は必死に敵機を追っていた。疲労が蓄積すれば、その精度はさらに低下する。
特に、旋回中の敵機や、急降下してくる敵機に対しては
光学照準だけでは捕捉が困難になることが明白であった。


九六式25mm三連装機銃は、その圧倒的な発射速度で、
弾幕を形成する上で極めて有効であった。しかし、その高発射速度は、
同時に膨大な弾薬消費を意味していた。初期の設計では、
弾薬庫から砲座への供給は、人力による部分が大きく、
また揚弾装置も完璧ではなかった。連続射撃が続くと、弾薬供給が追いつかなくなる砲座が続出した。
「弾薬!弾薬が足りない!」
「装填が遅い!もっと早く!」
砲座からは、怒号に近い声が響き渡る。弾薬を運搬する兵士たちは
重い弾薬箱を抱え、狭い通路を必死で走り回った。彼らの体力は瞬く間に消耗し、
その疲労は弾薬供給の遅延に直結した。火力が一時的に低下するたびに、
その隙を縫うように敵機が接近を試みる。井上少佐は、
この問題を目の当たりにし、弾薬供給システムの自動化、
あるいはより迅速な供給経路の確保が喫緊の課題であると痛感した。


乗員の練度と疲労:極限状況下での人間の限界
大和の乗員たちは、就役以来、苛烈な訓練を積んできた。
しかし、初の実戦は、訓練では決して得られない、独特のプレッシャーと緊張感に満ちていた。
敵機が頭上を旋回し、機関銃の掃射音が艦橋を叩き、
被弾の危険が常に存在する中で、乗員たちは極度のストレスに晒された。
高角砲員たちは、重い砲弾を次々と装填し、砲身を操作し続けた。
機銃員たちは、耳をつんざく轟音の中で、銃座に張り付き、
空に弾丸を撃ち込み続けた。彼らの多くは、まだ若い兵士であり、
初めて経験する実戦の恐怖と、肉体的な疲労は、彼らの判断力や
反応速度を確実に低下させた。一部の兵士には、恐怖による硬直や、パニックに近い状態に陥る者もいた。
「落ち着け!冷静に操作しろ!」
分隊長や士官たちの怒鳴り声が飛び交う。井上少佐は艦橋から
乗員たちの動きがわずかに鈍くなっているのを察知した。
彼は、この艦の持つ性能を最大限に引き出すためには、乗員たちのさらなる練度向上と、
極限状況下でも冷静さを保てる精神力の育成が不可欠であると痛感した。
それは、単なる技術的な訓練を超え、兵士としての胆力を養うことを意味していた。



大和に搭載された初期のレーダーは、確かに敵機を早期に探知することに成功した。
しかし、その探知距離はまだ限定的であり、精度も十分とは言えなかった。
特に、複数の目標を同時に追尾したり、敵機の種類を正確に識別したりする能力は、
まだ発展途上であった。そのため、指揮官は、レーダーからの情報と、
目視による情報を組み合わせて判断せざるを得ず、迅速な状況判断を妨げる要因ともなった。
井上少佐は、この戦闘を通じて、より高性能なレーダーの開発と、
それが射撃管制システムと完全に連動することの必要性を強く認識した。



この初めての本格的な航空攻撃を通じて、艦長と井上少佐は、
大和の持つ潜在能力の巨大さと、同時にその運用上の現実的な課題を痛感した。

艦長は、その巨体と圧倒的な主砲に全幅の信頼を置いていたが、
今回の空襲によって、航空機の脅威が、
彼が想像していた以上に差し迫ったものであることを理解した。
彼の脳裏には、マレー沖海戦で航空攻撃の前に為す術なく沈んだ戦艦たちの姿がよぎった。
大和は、単なる巨砲戦艦としてだけでは、この新しい戦争を生き抜くことはできない。
その対空能力を最大限に引き出し、新たな戦術を確立することが
この艦の、そして連合艦隊の未来を左右すると直感した。

「井上少佐、よくやった。しかし、課題は山積だな」

戦闘後、艦長は井上少佐に声をかけた。彼の声には、ねぎらいと、同時に厳しさも含まれていた。

井上少佐もまた、疲労困憊の体に鞭打ち、敬礼を返した。

「はっ。今回の戦闘で、我々の対空兵装が持つ潜在能力は確かなものだと確信いたしました。
 しかし、同時に、その能力を十全に発揮させるためには、
 現状のシステムと乗員の練度ではまだ不十分であることも痛感いたしました」

井上少佐は、今回の実戦データを基に、詳細な報告書を作成することを決意した。
照準システムの改良、弾薬供給の自動化、乗員のさらなる肉体・精神訓練
そしてより高性能なレーダーの開発。これら全てを、早急に実現しなければならない。

今回の戦闘は、大和という新兵器の、いわば初陣であった。
その圧倒的な対空弾幕は、敵機を驚かせ、ある程度の成果を上げた。
しかし、それは同時に、来るべき航空戦の厳しさと
大和が乗り越えなければならない数々の試練を浮き彫りにしたのである。
連合艦隊旗艦「大和」は、その巨体に新たな課題を背負い、
ブルネイの地へと向かう航海を続ける。この経験が
大和を真の「防空戦艦」へと進化させるための、最初の、そして最も重要な一歩となるのである。
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