防空戦艦大和        太平洋の嵐で舞え

みにみ

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大東亜の快進

凱旋と再編

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シンガポール陥落という輝かしい戦果を挙げた大和以下日本艦隊は
熱帯の海を北上し、一度台湾への帰港を命じられた。
ブルネイからシンガポール沖にかけての戦闘と航海で消費した燃料と弾薬を補給し
次なる作戦に備えるためであった。

艦隊が台湾の港に入港すると、港湾は活気に満ち溢れていた。
日本陸海軍の将兵が、シンガポール攻略の成功に沸き立ち、艦隊の到着を歓迎した。
しかし、大和の存在は依然として極秘であり
その巨体が一般の目に触れることはなかった。
しかし、港の奥深くで、静かに補給と整備を受けるその姿は
海軍内部の者たちにとっては、日本の勝利を象徴する頼もしい存在であった。

大和の艦内では、乗員たちが短期間の休息を与えられた。
シンガポールでの砲撃戦の興奮は冷めやらぬものの
彼らは次なる任務に向けて英気を養った。特に、対空砲員たちは
アリューシャンでの駆逐艦喪失の報と、ブルネイ沖での空襲を経験し
来るべき航空戦への警戒心を一層強めていた。井上少佐は
わずかな時間を見つけては、艦の防空指揮担当者や造船所の技術者と協議し
改良の可能性を探っていた。

主砲員たちは、シンガポールでの陸上砲撃で
その威力を存分に発揮した46cm主砲への絶対的な信頼を深めていた。
彼らにとって、大和はまさに「動く要塞」であり
いかなる敵も打ち砕くことができる存在であった。田辺中佐もまた
自らの指揮によって巨砲が正確に目標を粉砕したことに、満足感を得ていた。
彼は、大和が艦隊決戦における「切り札」であるという信念を再確認したのである。

燃料と弾薬の補給は迅速に行われた。特に46cm砲弾や10cm高角砲弾
25mm機銃弾といった特殊な弾薬は、厳重な管理の下に次々と積み込まれた。
兵器科員や補給部隊は、限られた時間の中で
膨大な量の物資を滞りなく艦へと運び入れた。艦体への損傷は軽微であり
短期間で整備は完了した。


台湾での再整備を終えた大和以下艦隊に、新たな出撃命令が下った。
次なる目標は、戦略的要衝であるフィリピンである。フィリピンは
アメリカが太平洋における最重要拠点の一つと位置づけ
強固な防衛体制を敷いていた。ここを攻略することは
日本の南方資源地帯確保の道を完全に拓き、アメリカの
反撃拠点の一つを潰す上で不可欠な作戦であった。

今回の作戦には、大和が旗艦を務める第一戦隊(大和、長門、陸奥)
第七戦隊(最上、三隈、鈴谷、熊野)、第九戦隊(大井、北上)
そして第十五駆逐隊、第二十七駆逐隊といった従来の艦隊に加え
新たな戦力が加わることになった。それは、日本海軍の航空戦力の中核を担う、
第五航空戦隊、通称「五航戦」の航空母艦「瑞鶴」と「翔鶴」であった。

瑞鶴と翔鶴は、当時日本海軍が誇る最新鋭の正規空母であった。
その広大な飛行甲板からは
多数の零式艦上戦闘機、九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機が
発着艦することが可能であり、文字通り「動く飛行場」として
艦隊の航空優勢を確保し、敵艦隊や陸上目標に壊滅的な打撃を与える能力を持っていた。

五航戦が艦隊に加わることは
大和の艦内、特に井上少佐のような航空主兵論者にとっては、大きな意味を持っていた。
これまで、大和は単独で、あるいは護衛艦艇の限定的な支援の下で
航空脅威に対処することを強いられてきた。しかし、空母の存在は
艦隊の防空能力を飛躍的に向上させる。艦隊上空に友軍戦闘機が展開することで
敵機の接近をより早期に阻止し、大和の対空砲火の負担を軽減できるからである。

「これで、空の守りは万全となる。我々の対空砲は
 敵の隙間を縫って侵入してくる連中を確実に叩き潰すためのものだ」

井上少佐は、瑞鶴と翔鶴の艦影を遠望しながら、そう確信した。
彼にとって、これは大和が真に「防空戦艦」としての役割を十全に発揮できる状況を意味していた。

一方、田辺中佐のような大艦巨砲主義者たちは
空母の加入を喜ぶ一方で、彼らの視線はあくまで大和の巨砲に向けられていた。

「空母はあくまで補助兵器。最終的に敵艦隊を壊滅させるのは
 我ら戦艦の巨砲だ。フィリピン攻略においても
 陸上への支援砲撃が主要な役割となるだろう」

彼らは、空母の航空機が敵艦隊を発見し、攻撃する能力は認めていたが
最終的な「決着」は、戦艦による砲戦でなければならないと考えていたのである。

このように、五航戦の合流は、艦隊の攻撃力と防御力を劇的に向上させた一方で
海軍内部の異なる戦略思想が依然として混在している状況を浮き彫りにしていた
しかし、目の前の目標は明確である。フィリピン方面攻撃に向かう
陸軍部隊の支援という任務を完遂することであった。


台湾を出撃した艦隊は、五航戦の瑞鶴と翔鶴を中核に
戦艦、巡洋艦、駆逐艦がそれぞれ厳重な隊形を組み、フィリピンへと針路を取った。
これまでよりもはるかに大規模な艦隊であり、その航行は
まさに海上を移動する巨大な要塞群のようであった。

大和の艦橋では、艦長が司令部幕僚たちと
フィリピン攻略作戦の詳細な打ち合わせを行っていた。
フィリピンは、シンガポールとは比較にならないほど広大であり
アメリカ軍の強力な航空基地が多数存在していた。
また、陸上部隊も十分に訓練されており、激しい抵抗が予想された。

「今回の作戦では、空母部隊との連携が
 極めて重要となる。敵の航空戦力は決して侮れない」

司令長官の言葉は、井上少佐の胸に響いた。
彼は、瑞鶴と翔鶴から発進する友軍機が、艦隊の頭上を守ってくれることに
大きな期待を抱いていた。彼は、艦隊上空の制空権確保こそが
今回の作戦成功の鍵であると確信していたのである。彼の指揮の下
大和の対空砲員たちは、より一層厳しい訓練を自主的に行っていた。
彼らは、いつでも空からの脅威に対処できるよう、警戒を怠らなかった。

一方で、主砲員たちは、フィリピンの沿岸要塞や
内陸部に設置された敵砲台の情報を精査していた。田辺中佐は
シンガポールでの成功体験を基に、どのような目標に
どのような砲弾を使用するか、綿密な計画を練っていた。

「今回も、大和の巨砲で道を切り開いてみせる」

彼の言葉には、自信と、そしてシンガポールでの成功体験が裏打ちされていた。
主砲員たちは、巨砲を撃つという使命感に燃え、その準備に余念がなかった。

艦隊の航行中、空母「瑞鶴」と「翔鶴」の飛行甲板からは
連日、零式艦上戦闘機や爆撃機の発着艦訓練が行われた。
航空機が発する轟音と、上空を舞う機影は、大和の乗員たちに
日本の航空戦力が健在であることを示し、士気を高めた。
彼らは、互いの存在を認識し、陸海軍が一体となって戦う意識を強めていった。

しかし、その高揚感の裏には、目に見えない緊迫感が存在した。
フィリピン周辺には、アメリカ海軍の潜水艦が多数潜伏している可能性があった。
また、アメリカ空軍は、シンガポールでの敗北の教訓を学び
日本艦隊に対する航空攻撃を企図しているであろうことは想像に難くなかった。

太平洋の波は穏やかに艦体を揺らしていたが、艦隊の内部では
来るべき激戦に備え、将兵たちの精神は研ぎ澄まされていた。
大和は、その巨体に「巨砲戦艦」としての期待と、「防空戦艦」としての
重責を同時に背負いながら、フィリピンの地へと向かって進む。それは
緒戦の快進撃が続く中で、日本海軍が、真の航空戦の脅威に直面することになる
避けられない運命への航海であった。
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