ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ

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序章

決断の日

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2026年10月3日 中華民国空軍志航基地
「ここが俺らの家になるとこか」
舞時景都は、志航基地のゲートを抜けながら呟いた。
台湾の強い日差しが、アスファルトを焼いている。
遠くで戦闘機のエンジン音が響き、基地全体が戦時体制の緊張に包まれていた。
「そうね…さすが、戦争中で後に引けない国。
 報酬は自衛隊時代の軽く三倍…撃墜すれば二倍に膨れ上がるんですって」
隣を歩く佐世野榛名が、手元の契約書を見ながら答えた。
彼女は舞時より二つ年下の26歳。航空自衛隊で整備員として8年間
F-15の整備一筋でキャリアを積んできた女性だった。

「榛名、お前ここについてきてよかったのか」
舞時の問いに、榛名は少し考えてから答えた。
「えぇ…あなたの無茶な機動で壊れかけのイーグル直せるの、私くらいでしょ?」

「ま、まぁそうか」
舞時は半分呆れつつも認めざるを得なかった。
小松基地で8年間、舞時のF-15Jを整備してきたのは榛名だった。
彼の無茶な機動で損傷した機体を、何度も完璧に修理してきた。
その腕は空曹長という階級以上の価値があった。
傭兵募集のニュースが日本に伝わったのは、2026年9月のことだった。
中国による台湾侵攻が本格化し、台湾政府は世界中から傭兵を募集し始めた。
特に戦闘機パイロットには破格の報酬が提示された。
舞時は、そのニュースを見た翌日に退職届を出した。
上官は引き留めた。同僚たちは驚いた。だが、舞時の決意は固かった。
そして、整備員だった榛名も、舞時についてくるために辞職した。
周囲は反対したが、彼女もまた譲らなかった。
二人はすぐに台湾に飛んだ。
基地の構内放送が流れた。
『Mercenary pilot units must immediately
 gather in the briefing room. Repeat…』
「だって」
榛名が舞時を見た。舞時は首を傾げている。
「…なんて?」

「あぁ、傭兵はブリーフィングルームへだって。
 あんた、パイロットなのにそんなのもわからないの?」

「うるせぇな。帰国子女のお前ほど達者じゃねぇんだよ」
榛名は幼少期をアメリカで過ごしており、英語は母国語レベルだった。
一方、舞時は日本語以外ほとんど話せない。
「ふんっ。もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「あーもう黙れ。行くぞ」

「むー」
榛名は頬を膨らませたが、舞時についていった。

ブリーフィングルームには既に各国の傭兵たちが集まっていた。
アメリカ人、イギリス人、フランス人、韓国人、そして日本人。
総勢20名近くのパイロットと、それぞれの整備員たち。
舞時と榛名のペアが最後だったようだ。
全員が席に着くと、壇上に一人の男が現れた。
張明名少将。当時40代半ばの、引き締まった体格の軍人だった。
彼の経歴は華々しい。台湾空軍のエースパイロットとして
数々の訓練で優秀な成績を収め、若くして少将に昇進した人物だ。
張少将が流暢な英語で話し始めた。榛名が舞時に小声で通訳する。
「中華民国の危機に馳せ参じてくれたことに大きく感謝する。
 我が国は存知の通り危機的状況にある。貴殿らのその腕を見込んで雇わせてもらった。
 その力を持って我が国の領土の回復を手伝ってほしい」

傭兵たちは静かに聞いていた。誰もが、この戦争の重大さを理解していた。
そして、張少将は最後に一言付け加えた。

「撃墜すれば報酬は二倍と言ったな。あれは嘘だ」
場内がざわついた。
「私の私財からさらに出す。一機撃墜につき42000台湾ドルだ」
日本円で約20万円。それが一機撃墜ごとに加算される。
金に飢えた傭兵たちはすぐに湧き上がった。
まだ落としてもないのにお祭り騒ぎだ。
アメリカ人パイロットたちが口笛を吹き、イギリス人が笑い声を上げる。

「報酬目指して頑張ってくれ。以上だ」
張少将は敬礼して退室した。
舞時は黙って立ち上がった。榛名がその背中を見ながら、小さく呟いた。
「あなた、報酬のためじゃないでしょ」
舞時は答えなかった。

傭兵たちに割り当てられた宿舎は、基地内の古い兵舎だった。
舞時と榛名が部屋に入ると、二つのベッドと簡素な家具があるだけの狭い空間だった。
「…てか今思ったけどお前と相部屋かよ」

舞時が眉をひそめた。

「Oh shit! どうしてあんたなんかと」
榛名も同じく不満そうだった。

「他の傭兵は整備兵なんか連れて来てないからじゃね」
確かに、他のパイロットたちは単身で来ていた。整備は基地の正規整備員が行う。
だが、舞時は榛名を連れてきた。それは、彼女以外に自分の機体を任せられないからだ。

「Why you... I can't just dive into the
 bed completely naked after taking a bath!」

榛名が英語で叫んだ。恥ずかしさからか、顔が真っ赤になっている。

「おーい。色々聞こえてんぞ」
舞時が苦笑した。
その瞬間、榛名が枕を投げた。
ブンッ!
枕は見事に舞時の側頭部を強打し、舞時は床に倒れ込んだ。

「No!」
榛名が慌てて駆け寄る。舞時は床に倒れたまま、呻いた。

「…お前、投擲の才能あるな」
「ご、ごめんなさい! つい…」
榛名が舞時を起こす。舞時は頭をさすりながら、ベッドに腰掛けた。
「まぁ、いいさ。明日から戦争だ。今日はゆっくり休もう」
「…うん」
二人はそれぞれのベッドに横になった。
窓の外から、基地の警備兵の足音が聞こえる。
遠くで戦闘機のエンジン音。そして、時折響く砲撃の音。
戦争は、すぐそこまで来ていた。
舞時は天井を見つめながら、静かに目を閉じた。
明日から、本当の戦いが始まる。
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