5 / 8
序章
空の片割れ
しおりを挟む
秋の陽射しが、カフェの窓から差し込んでいた。
李明明は一週間前と同じ席に座り、佐世野榛名を待っていた。
時刻は午後2時。約束の時間ちょうどに、佐世野がカフェに入ってきた。
「お待たせ」
「いえ、私も今来たところです」
二人は席に着いた。佐世野はいつものようにマスターに
「いつもの」と告げ、李はカフェラテを注文した。
「前回の話、考えてたわ」
佐世野は窓の外を見ながら言った。
「何を話そうかって。彼の戦いは長かった。半年間。
その中で何百という戦闘があった。全部話すことはできない。
でも…印象に残っている戦いがいくつかある」
「11月の台湾海峡航空戦ですよね」
「ええ。でもその前に、一つ話しておきたいことがある」
佐世野はコーヒーを一口飲んだ。
「彼がなぜ『空の片割れ』と呼ばれるようになったのか。その理由よ」
李はメモ帳を開いた。
「前回、彼は10月で10機撃墜、ダブルエース達成と聞きました」
「そう。でも、それだけじゃ『空の片割れ』なんて
通り名はつかない。もっと…特別な理由があった」
佐世野は少し躊躇した。まるで、話すべきかどうか迷っているように。
「話してもいいですか?」
李の問いに、佐世野は頷いた。
「ええ。もう10年も経ったし…そろそろ話してもいいでしょう」
10月20日 志航基地 格納庫
「あの日は、よく覚えてる」
佐世野は語り始めた。
「10月20日。景都が初陣から約二週間経った日。
彼は既にダブルエースで、基地では有名人になっていた。
でも、本人はそれを全く気にしていなかった」
夕暮れ時、格納庫は静かだった。整備作業を終えた榛名は
213番機の前で一息ついていた。
機体の修理は完了し、明日から再び景都が乗ることになる。
「よし、これで完璧」
榛名は満足げに機体を見上げた。
その時、格納庫の入口から景都が入ってきた。
「榛名、まだ作業してたのか」
「ええ、仕上げをね。明日から飛べるわよ」
「助かる」
景都は機体に近づき、手を触れた。まるで愛馬に挨拶するように。
「景都」
「ん?」
「あなた、最近夜あまり眠れてないでしょ」
榛名の指摘に、景都は少し驚いた顔をした。
「…わかるか」
「ベッドで何度も寝返り打ってる音、聞こえるもの」
相部屋だから、お互いの気配は嫌でもわかる。
景都は苦笑した。
「悪夢を見るんだ。撃墜した敵機の…パイロットの顔が浮かぶ」
「会ったこともないのに?」
「ああ。でも、想像できる。コックピットの中で、炎に包まれて…そういう夢」
榛名は何も言えなかった。
「俺は10機落とした。ということは、少なくとも10人は殺した。
もっといるかもしれない。爆撃機なら乗員が複数いるから」
景都は機体から手を離した。
「それが正しいことなのか
間違っていることなのか、俺にはわからない。ただ…重いんだ」
「景都…」
「でもな」
景都は榛名を見た。
「空にいる時だけは、その重さを忘れられる。
空は自由だ。何も考えずに飛べる。だから、俺は飛び続ける」
榛名は小さく頷いた。
「私も、同じことを考えてた」
「え?」
「私は整備士。あなたの機体を整備して、あなたを空に送り出す。
でも、それは同時に、あなたを戦場に送り出すってことでもある」
榛名は213番機を見上げた。
「この機体で、あなたは人を殺す。
それを可能にしているのは、私の整備。だから、私も…重いのよ」
二人は黙り込んだ。
格納庫の外から、夕暮れの風が吹き込んでくる。
「でもね、景都」
榛名が口を開いた。
「あなたが生きて帰ってくるなら、それでいい。
私はあなたを生かすために整備してる。あなたを殺すためじゃない」
「…ありがとう」
景都は小さく笑った。
「お前がいてくれて、本当に助かってる」
「当たり前でしょ。私たち、相棒なんだから」
「相棒、か」
景都はその言葉を反芻した。
「そうだな。お前は俺の相棒だ。
空を飛ぶ俺と、地上で支えるお前。俺たちは…」
景都は空を見上げた。
「空の片割れ、みたいなもんだな」
その言葉を聞いた瞬間、榛名は何かがストンと腑に落ちた気がした。
「空の片割れ…いい響きね」
「だろ?」
二人は笑った。
それが、「空の片割れ」という通り名の始まりだった。
2036年 カフェ
「それが由来よ」
佐世野はコーヒーカップを置いた。
「彼が『空の片割れ』と呼ばれるようになったのは、私との会話から。
空を飛ぶパイロットと、地上で支える整備士。二人で一つ。片割れ」
「素敵な話ですね」
李は感動した様子でメモを取っていた。
「でもね」
佐世野の表情が少し曇った。
「それには続きがあるの」
「続き?」
「ええ。その言葉が、後に別の意味を持つようになった」
佐世野は窓の外を見た。
「それを話すには、11月の台湾海峡航空戦のことを話さないといけない。
あの戦いで、彼は本当の意味で『空の片割れ』になったから」
李は身を乗り出した。
「どういう意味ですか?」
佐世野は深く息を吐いた。
「長くなるわよ。覚悟はいい?」
「もちろんです」
「じゃあ、話すわ。2026年11月12日。台湾海峡航空戦。
史上最大規模の空中戦。その日、景都は…」
佐世野は一瞬、言葉を切った。
「42機を撃墜した」
李は思わず声を上げそうになった。
「42機!? 一日で!?」
「ええ。信じられないでしょ。私も最初は信じられなかった。
でも、事実よ。彼は一日で42機を撃墜し、累計撃墜数を52機にした」
「どうやって…」
「それを、これから話すわ」
佐世野は再びコーヒーを飲んだ。
「2026年11月12日。その日は、忘れられない日になった」
李明明は一週間前と同じ席に座り、佐世野榛名を待っていた。
時刻は午後2時。約束の時間ちょうどに、佐世野がカフェに入ってきた。
「お待たせ」
「いえ、私も今来たところです」
二人は席に着いた。佐世野はいつものようにマスターに
「いつもの」と告げ、李はカフェラテを注文した。
「前回の話、考えてたわ」
佐世野は窓の外を見ながら言った。
「何を話そうかって。彼の戦いは長かった。半年間。
その中で何百という戦闘があった。全部話すことはできない。
でも…印象に残っている戦いがいくつかある」
「11月の台湾海峡航空戦ですよね」
「ええ。でもその前に、一つ話しておきたいことがある」
佐世野はコーヒーを一口飲んだ。
「彼がなぜ『空の片割れ』と呼ばれるようになったのか。その理由よ」
李はメモ帳を開いた。
「前回、彼は10月で10機撃墜、ダブルエース達成と聞きました」
「そう。でも、それだけじゃ『空の片割れ』なんて
通り名はつかない。もっと…特別な理由があった」
佐世野は少し躊躇した。まるで、話すべきかどうか迷っているように。
「話してもいいですか?」
李の問いに、佐世野は頷いた。
「ええ。もう10年も経ったし…そろそろ話してもいいでしょう」
10月20日 志航基地 格納庫
「あの日は、よく覚えてる」
佐世野は語り始めた。
「10月20日。景都が初陣から約二週間経った日。
彼は既にダブルエースで、基地では有名人になっていた。
でも、本人はそれを全く気にしていなかった」
夕暮れ時、格納庫は静かだった。整備作業を終えた榛名は
213番機の前で一息ついていた。
機体の修理は完了し、明日から再び景都が乗ることになる。
「よし、これで完璧」
榛名は満足げに機体を見上げた。
その時、格納庫の入口から景都が入ってきた。
「榛名、まだ作業してたのか」
「ええ、仕上げをね。明日から飛べるわよ」
「助かる」
景都は機体に近づき、手を触れた。まるで愛馬に挨拶するように。
「景都」
「ん?」
「あなた、最近夜あまり眠れてないでしょ」
榛名の指摘に、景都は少し驚いた顔をした。
「…わかるか」
「ベッドで何度も寝返り打ってる音、聞こえるもの」
相部屋だから、お互いの気配は嫌でもわかる。
景都は苦笑した。
「悪夢を見るんだ。撃墜した敵機の…パイロットの顔が浮かぶ」
「会ったこともないのに?」
「ああ。でも、想像できる。コックピットの中で、炎に包まれて…そういう夢」
榛名は何も言えなかった。
「俺は10機落とした。ということは、少なくとも10人は殺した。
もっといるかもしれない。爆撃機なら乗員が複数いるから」
景都は機体から手を離した。
「それが正しいことなのか
間違っていることなのか、俺にはわからない。ただ…重いんだ」
「景都…」
「でもな」
景都は榛名を見た。
「空にいる時だけは、その重さを忘れられる。
空は自由だ。何も考えずに飛べる。だから、俺は飛び続ける」
榛名は小さく頷いた。
「私も、同じことを考えてた」
「え?」
「私は整備士。あなたの機体を整備して、あなたを空に送り出す。
でも、それは同時に、あなたを戦場に送り出すってことでもある」
榛名は213番機を見上げた。
「この機体で、あなたは人を殺す。
それを可能にしているのは、私の整備。だから、私も…重いのよ」
二人は黙り込んだ。
格納庫の外から、夕暮れの風が吹き込んでくる。
「でもね、景都」
榛名が口を開いた。
「あなたが生きて帰ってくるなら、それでいい。
私はあなたを生かすために整備してる。あなたを殺すためじゃない」
「…ありがとう」
景都は小さく笑った。
「お前がいてくれて、本当に助かってる」
「当たり前でしょ。私たち、相棒なんだから」
「相棒、か」
景都はその言葉を反芻した。
「そうだな。お前は俺の相棒だ。
空を飛ぶ俺と、地上で支えるお前。俺たちは…」
景都は空を見上げた。
「空の片割れ、みたいなもんだな」
その言葉を聞いた瞬間、榛名は何かがストンと腑に落ちた気がした。
「空の片割れ…いい響きね」
「だろ?」
二人は笑った。
それが、「空の片割れ」という通り名の始まりだった。
2036年 カフェ
「それが由来よ」
佐世野はコーヒーカップを置いた。
「彼が『空の片割れ』と呼ばれるようになったのは、私との会話から。
空を飛ぶパイロットと、地上で支える整備士。二人で一つ。片割れ」
「素敵な話ですね」
李は感動した様子でメモを取っていた。
「でもね」
佐世野の表情が少し曇った。
「それには続きがあるの」
「続き?」
「ええ。その言葉が、後に別の意味を持つようになった」
佐世野は窓の外を見た。
「それを話すには、11月の台湾海峡航空戦のことを話さないといけない。
あの戦いで、彼は本当の意味で『空の片割れ』になったから」
李は身を乗り出した。
「どういう意味ですか?」
佐世野は深く息を吐いた。
「長くなるわよ。覚悟はいい?」
「もちろんです」
「じゃあ、話すわ。2026年11月12日。台湾海峡航空戦。
史上最大規模の空中戦。その日、景都は…」
佐世野は一瞬、言葉を切った。
「42機を撃墜した」
李は思わず声を上げそうになった。
「42機!? 一日で!?」
「ええ。信じられないでしょ。私も最初は信じられなかった。
でも、事実よ。彼は一日で42機を撃墜し、累計撃墜数を52機にした」
「どうやって…」
「それを、これから話すわ」
佐世野は再びコーヒーを飲んだ。
「2026年11月12日。その日は、忘れられない日になった」
1
あなたにおすすめの小説
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年夏まで執筆
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる