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必守防衛圏
最後の攻撃隊
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1945年8月14日午前7時過ぎ、沖縄本島北東30キロの海域は
もはや海の色を失っていた。至るところで噴き上がる巨大な水柱
被弾した艦艇から流出した重油の帯、そして撃墜された
日米双方の機体から立ち昇る黒煙が、美しい朝の海を地獄の釜へと変えつつあった。
第二艦隊を率いる伊藤整一中将は、戦艦大和の艦橋で
押し寄せる米軍第三次攻撃隊の影を睨みつけていた。
第一次、第二次と続く猛攻をしのぎ、艦隊は依然として前進を続けていたが
米軍の物量は執拗であった。電探は既に
先ほどの第二次空襲を上回る規模の大編隊が接近していることを告げていた。
07時45分、第三次空襲が開始された。
今回の米軍の狙いは、艦隊の防空の要である航空母艦
そして独特の形状を持つ航空戦艦に向けられた。
まず標的となったのは、改飛龍型空母の雲龍であった。
雲龍の飛行甲板では、直掩から戻ったばかりの
零戦が補給を受けようとしていたが、その隙を米軍のSB2Cヘルダイバーが突いた。
急降下爆撃によって投下された1000ポンド爆弾が、雲龍の飛行甲板中央部に直撃する。
凄まじい衝撃と共に、爆弾は鋼鉄の甲板を紙のように食い破った。
爆弾はそのまま格納庫を突き抜け、最下層に近い航空機用燃料庫
すなわちガソリンタンクの直上で起爆した。
瞬間、雲龍の艦体深部で巨大な爆発が発生し
紅蓮の炎がエレベーターの昇降口から地上へと噴き出した。
「雲龍被弾!中央部、大火災発生!」
大和から見ていた参謀たちが絶望に顔を歪めた。
これまでの経験上、空母のガソリンタンク周辺での爆発は
艦の最期を意味する。しかし、雲龍は諦めていなかった。
「泡沫式消火装置、作動!急げ!」
雲龍の艦内では、最新鋭の消火システムが起動していた。
これは2パーセントの石鹸水と空気を混合し、瞬時に大量の泡を作り出す装置である。
噴射口から放たれた白い泡の海が、燃え盛るガソリンを
窒息させるように覆い尽くしていく。
従来の水だけによる消火では火に油を注ぐ結果になっていたが
この新型泡沫装置は、恐るべき速さで火勢を鎮めていった。
一時は絶望視された火災であったが、比較的早期に消火に成功する。
しかし、代償は大きかった。飛行甲板は巨大な穴が開き、中央部は熱で歪み
空母としての発着艦能力を完全に喪失してしまった。
雲龍は煙を上げながら、戦列に踏み止まるのが精一杯の状態となった。
この雲龍への攻撃の際、戦慄すべき悲劇が起きた。
雲龍を狙って放たれた米軍雷撃機のアベンジャーによる魚雷のうち
数本が目標を逸れた。
その迷走した魚雷の先にいたのが、秋月型駆逐艦の花月であった。
「魚雷、右舷より接近!」
叫び声が上がる暇さえなかった。迷走魚雷は花月の船体中央部
まさに缶室の直下にまぐれ当たりのように命中した。ドォォォォンという
他の艦の被弾とは一線を画す凄まじい爆発音が響き渡る。
弾薬庫が誘爆したのか、花月の艦体は瞬時に二つに折れ
巨大な火柱と共に海中へと引きずり込まれた。
生存者を確認する余裕すら与えない、一瞬の爆沈であった。
続いて、航空戦艦伊勢と日向の第四航空戦隊に
米軍のF6Fヘルキャットの群れが襲いかかった。
彼らは爆弾ではなく、翼下に装備した新型兵器
HVARロケット弾を次々と放ってきた。
シュシュシュシュッという、空を切り裂くような不気味な音が、伊勢と日向の甲板に響く。
「敵機、ロケット弾発射!」
日向の左舷側に、数条の煙を引いたロケット弾が突き刺さった。
爆弾ほどの貫通力はないものの、その炸裂エネルギーは凄まじく
日向の左舷対空火器群は次々と粉砕されていった。
機銃座の兵士たちは肉片となって飛び散り
銃身は飴細工のように曲がった。左舷の対空火網に大きな穴が開く。
姉妹艦の伊勢も無傷では済まなかった。飛行甲板の右舷側に配置されていた
噴進砲分隊に、敵戦闘機の機銃掃射とロケット弾が集中した。
火薬に引火した噴進砲が次々と暴発し、分隊はほぼ壊滅。
伊勢の右舷側は黒焦げの死体と鉄屑の山と化した。
しかし、両艦とも本領である主砲と航行能力は維持しており、執念の対空砲火を継続した。
そして、攻撃の鉾先はついに巨大空母信濃へと向けられた。
大和型戦艦の船体を持つ信濃にとって、並の爆弾は通用しないはずだった。
しかし、米軍は執拗に急降下爆撃を繰り返す。
一発の1000ポンド爆弾が
信濃の広大な飛行甲板中央部に吸い込まれるように落下した。
ガァァァァンという、金属が激突する凄まじい音が艦隊全体に響き渡った。
大和譲りの強固な装甲甲板は、直撃した爆弾を文字通り跳ね返した。
爆弾は甲板上で爆発することなく、跳ね上がった先の空中で炸裂した。
甲板には僅かな凹みが生じただけで、信濃の機能に支障はなかった。
だが、水中からの攻撃は避けれなかった。
雷撃機の編隊が、信濃の左舷に向けて魚雷を放つ。
「左舷、魚雷二本命中!」
信濃の巨大な艦体が大きく揺れた。二本の魚雷が左舷中央部に命中し
巨大な水柱が艦橋の高さを超えて立ち上がる。
しかし、信濃の巨大な排水量と
計算し尽くされた水密区画がその被害を最小限に食い止めた。
「浸水量報告、1290トン。左舷に1度の傾斜発生!」
「即座に右舷バラストタンクに注水!傾斜を復旧せよ!」
信濃の応急指揮官の迅速な指示により
発生した傾斜は数分もしないうちにゼロに戻された。
魚雷二本を受けて平然と航行を続けるその姿は、まさに海に浮かぶ不沈の城であった。
08時20分、第三次空襲の波がようやく引き始めた。
米軍機は弾薬と燃料を使い果たし、母艦へと帰還していく。
第二艦隊は、花月を失い、雲龍が空母機能を喪失
古鷹や羽黒が落伍するという大きな出血を強いられた。
しかし、大和、信濃、瑞鶴という中核は依然として健在であり
その牙は未だ失われていなかった。
直掩に当たっていた戦闘機隊が、次々と各空母へ帰投してくる。
機能を失った雲龍の機体は、瑞鶴や信濃、そして天城、葛城へと分散して着艦した。
艦隊には、束の間の、しかしひりつくような緊張感を伴う静寂が訪れた。
空母瑞鶴の飛行甲板では、煤に汚れ、疲弊しきった搭乗員たちが集められていた。
甲板の一角に置かれた大きな黒板の前。そこには
第一航空艦隊司令長官、小沢治三郎中将が立っていた。
彼は、これから始まる運命の反撃に向けて
自ら訓示を行うために姿を現したのである。
小沢は集まった搭乗員たちの顔を一人ずつ見渡した。
そこには、ベテランの田賀少佐から、少年のような幼さを残した若者まで
日本の空の最後を担う者たちが揃っていた。
「諸君、よく耐えてくれた」
小沢の声は、低く、しかし甲板の端までよく通った。
「この出撃で、我々は敵の空母機動部隊を叩く。
もしこれを成し遂げれば、沖縄の武蔵要塞と呼応し、米軍を撃破
沖縄を奪還するめどがたつやもしれぬ。これは単なる反撃ではない。
この戦争の行く末を決める最後の一撃である」
小沢は一度言葉を切り、黒板に描かれた敵艦隊の予想位置を指し示した。
「今更、天佑をなどと叫ぶつもりはない。神風を期待することもしない。
私は、諸君らのこれまで積み重ねてきた技量、その一点に全てを託す。
この烈風で、この流星で、敵の喉元を食い破ってこい」
彼は搭乗員たちを真っ直ぐに見据え、最後に力強く言い放った。
「全機出撃。敵母艦を撃破せよ。そして……生きて帰ってこい。以上、解散!」
「おう!」という地鳴りのような咆哮が、瑞鶴の甲板から上がった。
「生きて帰れ」という言葉は、特攻が常態化していた当時の軍において
何よりも強い重みを持って彼らの心に響いた。自分たちは捨て石ではない。
勝って、明日を掴むための戦士なのだ。
信濃、天城、葛城の各艦でも、艦長たちによって同様の訓示が行われていた。
整備員たちは死に物狂いで、機体に燃料を詰め込み、魚雷と爆弾を懸吊していく。
09時00分、反撃の時が来た。
瑞鶴の飛行甲板から、まず六八五空の流星一二型、十八機が重々しい爆音と共に発進した。
続いて、先ほどの制空戦闘で数を減らしながらも意気軒昂な
田賀丈一少佐率いる烈風一二型、十九機。さらに
精密爆撃を主任務とする彗星一二型甲、九機が空へと舞い上がった。
信濃の巨大な甲板からも、圧倒的な存在感を放つ烈風一二型、十七機。
そして、長大な魚雷を抱えた流星一二型、十八機が次々とカタパルトから射出されていく。
第二航空戦隊の天城と葛城からも、六五四空の精鋭たちが続いた。
零戦五二型丙、各十二機。天山一二型甲、各十二機。彗星一二型甲、各九機。
総計百四十機を超える日本の攻撃隊が
初秋の青空を埋め尽くすようにして編隊を組んでいく。
それは、日本海軍が最後に見せた、そして史上最も洗練された空中艦隊の姿であった。
「田賀より全機。これより敵艦隊へ突入する。全機、我に続け!」
瑞鶴の上空で旋回していた田賀少佐の烈風が、翼を振って南へと機首を向けた。
その後に続く無数の機影。彼らの下には
旗艦大和を先頭に、堂々と海をゆく第二艦隊の雄姿があった。
「大和より攻撃隊へ。武運を祈る」
大和の艦橋から放たれた発光信号が、攻撃隊の風防を赤く照らした。
攻撃隊のパイロットたちの視界の先には、まだ敵の姿は見えない。
しかし、彼らの胸には、小沢中将の「生きて帰れ」という言葉と
座礁しながらも今なお沖縄の地で戦い続ける武蔵への想いが、熱く燃え盛っていた。
一機、また一機と、攻撃隊は雲の彼方へと消えていく。
これより始まるのは、海軍史に残る壮絶な空母対空母の決戦である。
日本の空の意地と、米軍の圧倒的な防空網が正面から激突する。
太陽は天高く昇り、海面はキラキラと輝いている。
その輝きの中に、日本の運命を背負った銀翼たちが
死力を尽くした反撃の一撃を叩き込むべく、突進を開始した。
背後の艦隊では、空母の飛行甲板に残った整備員たちが
自分たちの送り出した機体が一つでも多く戻ってくることを祈りながら、空を仰いでいた。
「頼むぞ……やってくれ」
誰かの呟きが、潮風の中に消えていった。
1945年8月14日午前。沖縄の空と海は、歴史の転換点となる瞬間に向けて
さらに激しく、熱く燃え上がろうとしていた。
日本海軍最後の総力戦は、今まさに、そのクライマックスを迎えようとしている。
もはや海の色を失っていた。至るところで噴き上がる巨大な水柱
被弾した艦艇から流出した重油の帯、そして撃墜された
日米双方の機体から立ち昇る黒煙が、美しい朝の海を地獄の釜へと変えつつあった。
第二艦隊を率いる伊藤整一中将は、戦艦大和の艦橋で
押し寄せる米軍第三次攻撃隊の影を睨みつけていた。
第一次、第二次と続く猛攻をしのぎ、艦隊は依然として前進を続けていたが
米軍の物量は執拗であった。電探は既に
先ほどの第二次空襲を上回る規模の大編隊が接近していることを告げていた。
07時45分、第三次空襲が開始された。
今回の米軍の狙いは、艦隊の防空の要である航空母艦
そして独特の形状を持つ航空戦艦に向けられた。
まず標的となったのは、改飛龍型空母の雲龍であった。
雲龍の飛行甲板では、直掩から戻ったばかりの
零戦が補給を受けようとしていたが、その隙を米軍のSB2Cヘルダイバーが突いた。
急降下爆撃によって投下された1000ポンド爆弾が、雲龍の飛行甲板中央部に直撃する。
凄まじい衝撃と共に、爆弾は鋼鉄の甲板を紙のように食い破った。
爆弾はそのまま格納庫を突き抜け、最下層に近い航空機用燃料庫
すなわちガソリンタンクの直上で起爆した。
瞬間、雲龍の艦体深部で巨大な爆発が発生し
紅蓮の炎がエレベーターの昇降口から地上へと噴き出した。
「雲龍被弾!中央部、大火災発生!」
大和から見ていた参謀たちが絶望に顔を歪めた。
これまでの経験上、空母のガソリンタンク周辺での爆発は
艦の最期を意味する。しかし、雲龍は諦めていなかった。
「泡沫式消火装置、作動!急げ!」
雲龍の艦内では、最新鋭の消火システムが起動していた。
これは2パーセントの石鹸水と空気を混合し、瞬時に大量の泡を作り出す装置である。
噴射口から放たれた白い泡の海が、燃え盛るガソリンを
窒息させるように覆い尽くしていく。
従来の水だけによる消火では火に油を注ぐ結果になっていたが
この新型泡沫装置は、恐るべき速さで火勢を鎮めていった。
一時は絶望視された火災であったが、比較的早期に消火に成功する。
しかし、代償は大きかった。飛行甲板は巨大な穴が開き、中央部は熱で歪み
空母としての発着艦能力を完全に喪失してしまった。
雲龍は煙を上げながら、戦列に踏み止まるのが精一杯の状態となった。
この雲龍への攻撃の際、戦慄すべき悲劇が起きた。
雲龍を狙って放たれた米軍雷撃機のアベンジャーによる魚雷のうち
数本が目標を逸れた。
その迷走した魚雷の先にいたのが、秋月型駆逐艦の花月であった。
「魚雷、右舷より接近!」
叫び声が上がる暇さえなかった。迷走魚雷は花月の船体中央部
まさに缶室の直下にまぐれ当たりのように命中した。ドォォォォンという
他の艦の被弾とは一線を画す凄まじい爆発音が響き渡る。
弾薬庫が誘爆したのか、花月の艦体は瞬時に二つに折れ
巨大な火柱と共に海中へと引きずり込まれた。
生存者を確認する余裕すら与えない、一瞬の爆沈であった。
続いて、航空戦艦伊勢と日向の第四航空戦隊に
米軍のF6Fヘルキャットの群れが襲いかかった。
彼らは爆弾ではなく、翼下に装備した新型兵器
HVARロケット弾を次々と放ってきた。
シュシュシュシュッという、空を切り裂くような不気味な音が、伊勢と日向の甲板に響く。
「敵機、ロケット弾発射!」
日向の左舷側に、数条の煙を引いたロケット弾が突き刺さった。
爆弾ほどの貫通力はないものの、その炸裂エネルギーは凄まじく
日向の左舷対空火器群は次々と粉砕されていった。
機銃座の兵士たちは肉片となって飛び散り
銃身は飴細工のように曲がった。左舷の対空火網に大きな穴が開く。
姉妹艦の伊勢も無傷では済まなかった。飛行甲板の右舷側に配置されていた
噴進砲分隊に、敵戦闘機の機銃掃射とロケット弾が集中した。
火薬に引火した噴進砲が次々と暴発し、分隊はほぼ壊滅。
伊勢の右舷側は黒焦げの死体と鉄屑の山と化した。
しかし、両艦とも本領である主砲と航行能力は維持しており、執念の対空砲火を継続した。
そして、攻撃の鉾先はついに巨大空母信濃へと向けられた。
大和型戦艦の船体を持つ信濃にとって、並の爆弾は通用しないはずだった。
しかし、米軍は執拗に急降下爆撃を繰り返す。
一発の1000ポンド爆弾が
信濃の広大な飛行甲板中央部に吸い込まれるように落下した。
ガァァァァンという、金属が激突する凄まじい音が艦隊全体に響き渡った。
大和譲りの強固な装甲甲板は、直撃した爆弾を文字通り跳ね返した。
爆弾は甲板上で爆発することなく、跳ね上がった先の空中で炸裂した。
甲板には僅かな凹みが生じただけで、信濃の機能に支障はなかった。
だが、水中からの攻撃は避けれなかった。
雷撃機の編隊が、信濃の左舷に向けて魚雷を放つ。
「左舷、魚雷二本命中!」
信濃の巨大な艦体が大きく揺れた。二本の魚雷が左舷中央部に命中し
巨大な水柱が艦橋の高さを超えて立ち上がる。
しかし、信濃の巨大な排水量と
計算し尽くされた水密区画がその被害を最小限に食い止めた。
「浸水量報告、1290トン。左舷に1度の傾斜発生!」
「即座に右舷バラストタンクに注水!傾斜を復旧せよ!」
信濃の応急指揮官の迅速な指示により
発生した傾斜は数分もしないうちにゼロに戻された。
魚雷二本を受けて平然と航行を続けるその姿は、まさに海に浮かぶ不沈の城であった。
08時20分、第三次空襲の波がようやく引き始めた。
米軍機は弾薬と燃料を使い果たし、母艦へと帰還していく。
第二艦隊は、花月を失い、雲龍が空母機能を喪失
古鷹や羽黒が落伍するという大きな出血を強いられた。
しかし、大和、信濃、瑞鶴という中核は依然として健在であり
その牙は未だ失われていなかった。
直掩に当たっていた戦闘機隊が、次々と各空母へ帰投してくる。
機能を失った雲龍の機体は、瑞鶴や信濃、そして天城、葛城へと分散して着艦した。
艦隊には、束の間の、しかしひりつくような緊張感を伴う静寂が訪れた。
空母瑞鶴の飛行甲板では、煤に汚れ、疲弊しきった搭乗員たちが集められていた。
甲板の一角に置かれた大きな黒板の前。そこには
第一航空艦隊司令長官、小沢治三郎中将が立っていた。
彼は、これから始まる運命の反撃に向けて
自ら訓示を行うために姿を現したのである。
小沢は集まった搭乗員たちの顔を一人ずつ見渡した。
そこには、ベテランの田賀少佐から、少年のような幼さを残した若者まで
日本の空の最後を担う者たちが揃っていた。
「諸君、よく耐えてくれた」
小沢の声は、低く、しかし甲板の端までよく通った。
「この出撃で、我々は敵の空母機動部隊を叩く。
もしこれを成し遂げれば、沖縄の武蔵要塞と呼応し、米軍を撃破
沖縄を奪還するめどがたつやもしれぬ。これは単なる反撃ではない。
この戦争の行く末を決める最後の一撃である」
小沢は一度言葉を切り、黒板に描かれた敵艦隊の予想位置を指し示した。
「今更、天佑をなどと叫ぶつもりはない。神風を期待することもしない。
私は、諸君らのこれまで積み重ねてきた技量、その一点に全てを託す。
この烈風で、この流星で、敵の喉元を食い破ってこい」
彼は搭乗員たちを真っ直ぐに見据え、最後に力強く言い放った。
「全機出撃。敵母艦を撃破せよ。そして……生きて帰ってこい。以上、解散!」
「おう!」という地鳴りのような咆哮が、瑞鶴の甲板から上がった。
「生きて帰れ」という言葉は、特攻が常態化していた当時の軍において
何よりも強い重みを持って彼らの心に響いた。自分たちは捨て石ではない。
勝って、明日を掴むための戦士なのだ。
信濃、天城、葛城の各艦でも、艦長たちによって同様の訓示が行われていた。
整備員たちは死に物狂いで、機体に燃料を詰め込み、魚雷と爆弾を懸吊していく。
09時00分、反撃の時が来た。
瑞鶴の飛行甲板から、まず六八五空の流星一二型、十八機が重々しい爆音と共に発進した。
続いて、先ほどの制空戦闘で数を減らしながらも意気軒昂な
田賀丈一少佐率いる烈風一二型、十九機。さらに
精密爆撃を主任務とする彗星一二型甲、九機が空へと舞い上がった。
信濃の巨大な甲板からも、圧倒的な存在感を放つ烈風一二型、十七機。
そして、長大な魚雷を抱えた流星一二型、十八機が次々とカタパルトから射出されていく。
第二航空戦隊の天城と葛城からも、六五四空の精鋭たちが続いた。
零戦五二型丙、各十二機。天山一二型甲、各十二機。彗星一二型甲、各九機。
総計百四十機を超える日本の攻撃隊が
初秋の青空を埋め尽くすようにして編隊を組んでいく。
それは、日本海軍が最後に見せた、そして史上最も洗練された空中艦隊の姿であった。
「田賀より全機。これより敵艦隊へ突入する。全機、我に続け!」
瑞鶴の上空で旋回していた田賀少佐の烈風が、翼を振って南へと機首を向けた。
その後に続く無数の機影。彼らの下には
旗艦大和を先頭に、堂々と海をゆく第二艦隊の雄姿があった。
「大和より攻撃隊へ。武運を祈る」
大和の艦橋から放たれた発光信号が、攻撃隊の風防を赤く照らした。
攻撃隊のパイロットたちの視界の先には、まだ敵の姿は見えない。
しかし、彼らの胸には、小沢中将の「生きて帰れ」という言葉と
座礁しながらも今なお沖縄の地で戦い続ける武蔵への想いが、熱く燃え盛っていた。
一機、また一機と、攻撃隊は雲の彼方へと消えていく。
これより始まるのは、海軍史に残る壮絶な空母対空母の決戦である。
日本の空の意地と、米軍の圧倒的な防空網が正面から激突する。
太陽は天高く昇り、海面はキラキラと輝いている。
その輝きの中に、日本の運命を背負った銀翼たちが
死力を尽くした反撃の一撃を叩き込むべく、突進を開始した。
背後の艦隊では、空母の飛行甲板に残った整備員たちが
自分たちの送り出した機体が一つでも多く戻ってくることを祈りながら、空を仰いでいた。
「頼むぞ……やってくれ」
誰かの呟きが、潮風の中に消えていった。
1945年8月14日午前。沖縄の空と海は、歴史の転換点となる瞬間に向けて
さらに激しく、熱く燃え上がろうとしていた。
日本海軍最後の総力戦は、今まさに、そのクライマックスを迎えようとしている。
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1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
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