If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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ミッドウェーの幻影

共栄圏とは名ばかりで

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昭和十七年二月。日本の南方作戦は
まさに欧州戦線でのドイツのような電撃的な成功を収めていた。
真珠湾奇襲を回避するという、高倉義人らの提言による
「静かなる進攻」は、緒戦の段階で日本の望む結果をもたらしていた。
マレー、フィリピン、そして蘭印の主要な油田地帯が、
わずか数ヶ月で日本の手中に入ったのだ。
その報は、東京の街に熱狂的な歓喜の渦を巻き起こしていた。
新聞は「大東亜共栄圏の礎石築かれる!」と大々的に報じ、
ラジオからは威勢のいい軍歌が鳴り響き、
街行く人々は希望に満ちた表情で日本の未来を語り合った。
誰もが、資源の呪縛から解放された日本の、
輝かしい未来を信じて疑わなかった。

しかし、その高揚感の裏で、軍中枢、特に海軍省と陸軍省では
すでに新たな、そしてより困難な課題への対処が始まっていた。
戦略の焦点は、目覚ましい「攻勢」から
広大な占領地の「維持」へと静かに、しかし確実に移行していたのだ。
それは、手に入れた富を守るための、果てしない消耗戦の始まりを意味していた。

海軍省の執務室で、高倉義人は、
広げられた巨大な地図の上を指でなぞっていた。
シンガポールからマニラ、ボルネオの油田地帯、
そして遥か南洋のカロリン諸島、マーシャル諸島へと続く、
細い点線。それは、日本が命を削って確保した生命線であり
同時に、来るべきアメリカからの反攻を阻むべき「絶対防衛圏」の最前線でもあった。

「防衛線の構築は急務です。
 特に、これらの島嶼群は、米軍の反攻拠点となり得る」
高倉は、隣に立つ同僚に冷静に語りかけた。
彼の言葉には、南方作戦成功の熱狂とは無縁の、冷徹な現実認識が宿っていた。

母艦と母艦が殴り合うような大規模海戦はまだ行われていない。
日本の主力空母戦力は無傷で温存されている。
これは、史実と比べれば圧倒的に有利な状況だった。
しかし、高倉の頭の中には、アメリカの圧倒的な生産能力と
彼らが一度は回避された真珠湾への直接攻撃の報復ではなく
今回の南方作戦で失った権益を
いかに速やかに取り戻そうとしてくるかという計算が渦巻いていた。
温存された空母は確かに日本の切り札だが、それは一時的な優位に過ぎなかった。

この時期、日本海軍は、来るべきアメリカとの大規模な海戦に備え、
温存された主力空母戦力の練度向上に努めていた。
航空隊のパイロットたちは、連日、灼熱の太陽の下で厳しい訓練を重ね、
発着艦訓練や編隊飛行、対艦攻撃の演習を繰り返した。
艦艇の乗組員たちもまた、来るべき決戦に備え、
不寝番を交代しながら、機械の整備、砲術訓練に汗を流した。
高倉は、その訓練計画にも深く関与していた。
彼は、単なる技術の習得だけでなく、アメリカ軍の
戦術の変化に対応するための柔軟な思考と、情報共有の徹底を求めた。

「索敵は、我々の目です。目が見えなければ
 どんなに精強な艦隊も無力に等しい。そして
 その情報は、瞬時に共有されなければならない。
 無線の秘匿も厳格に、常に敵に傍受されていると考えるべきです。」

彼は、最新の通信システムの導入、情報伝達の高速化
そして指揮官から末端の兵士まで
情報に基づいた自律的な判断ができるような訓練の必要性を訴えた。
それは、過去の海戦での教訓、そしてアメリカ軍の
効率性を分析した結果導き出された結論だった。
彼の執務室には、アメリカ海軍の最新の艦艇図や
彼らが開発中の新技術に関する情報が常に山積みにされていた。

陸軍省では、野上誠一郎が、広大な占領地の兵站維持という
想像を絶する課題に直面していた。南方作戦の緒戦では
彼の緻密な計画が功を奏し、兵士たちは飢えに苦しむことなく作戦を遂行できた。
しかし、それはあくまで「攻勢」段階の話であり
「維持」は全く別の、より泥臭く、しかし決定的な問題だった。

「マラリア、デング熱、赤痢…敵は、我々が対処できない病原菌だ」

野上は、占領地の医療衛生状況に関する報告書を読みながら
眉間に深い皺を刻んだ。熱帯の環境は、日本の兵士たちの体力を容赦なく蝕んだ。
高熱にうなされ、ジャングルで倒れていく兵士たちの報告は、
彼の心を締め付けた。そして、最も厄介なのは、補給路の安全性だった。
広大な太平洋に点在する島々、そして長大な海上交通路は、
これから来るであろうアメリカ潜水艦の格好の標的となり得る。

彼は、輸送船団の護衛体制の強化、兵站拠点の分散
そして占領地での食料自給自足の試みなど、あらゆる手段を講じようとした。
しかし、日本の工業生産力には限界があり、
全ての要求を満たすことは不可能だった。
特に、輸送船の絶対数が不足していることは、彼にとって最大の懸念材料だった。

「いくら資源を確保しても、それが本土に届かなければ意味がない。
 そして、兵士が飢え、病に倒れれば
 どんなに強固な拠点も維持できない。兵站は、戦争の根幹です。」

野上は、陸軍の参謀たちに、何度もその現実を訴えかけた。
彼の言葉は、時に感情的になりがちな強硬派の意見とは対照的に、
常に具体的な数字と、兵士たちの実情に裏打ちされていた。
彼は、占領地の各地に、現地での食料生産を奨励するための
農業専門家を派遣し、医療部隊の増強を要請した。それは、地味で、
戦果には直結しない地道な努力だったが、彼の信念は揺るがなかった。

「兵站こそが、戦争の勝敗を分ける。それは、
 大陸で学んだ最も痛ましい教訓だ。無駄な戦線の拡大は、必ず破滅を招く。」

彼は、軍の最高指導者たちに対し、占領地の防衛に兵力を集中させ、
これ以上の無謀な攻勢に出ないよう、繰り返し進言した。
特に、富永恭二ら強硬派は、南方作戦の成功に気をよくし
「ハワイを叩き、アメリカを屈服させるべき」といった過激な論調を
再び持ち出し始めていたが、野上はそれを強く牽制した。
彼の緻密な報告書は、消耗戦が続くことで、
日本の国力が如何に疲弊していくかを明確に示していた。

外務省の倉沢美智子は、日増しに硬化する
ワシントンの態度を読み解くたびに、交渉の困難さを痛感していた。
しかし、真珠湾奇襲が行われなかったことは、
依然としてアメリカ側の対日感情が、そこまで悪化していないという
わずかな手応えを残していた。彼女は、たとえ戦争が始まってしまっても
外交の窓口は決して閉ざすべきではないと強く信じていた。
そして、来るべき講和のための布石として、
密かに中立国との接触を図り始めていた。彼女の部屋には、
常に国際情勢に関する最新の報告書が置かれ、深夜まで灯りが消えることはなかった。

南方資源地帯の占領は、帝国日本の命脈を繋ぐための、
まさに決死の賭けだった。その成功は、
日本に一時的な息継ぎの時間を与えた。
しかし、広大な帝国を維持することの困難さ、
そして来るべきアメリカの猛攻と、その報復への意志は、
高倉や野上、そして倉沢といった現実主義者たちの心に、
決して消えることのない影を落とし続けていた。彼らは知っていた。
この束の間の「平穏」は、嵐の前の静けさに過ぎず、
真の戦いは、これから始まるのだと。占領地の維持は、
日本にとって、希望と絶望が入り混じった、
新たな、そして無限に続くかのような消耗戦の始まりを告げていたのである
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