If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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混迷の太平洋

対米戦

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「富永事件」後の混乱と
それに伴う軍部内の大改革をようやく一段落させた高倉義人海軍省軍務局第一課長は
自身の執務室でつかの間の静寂を味わっていた。
目の前には、取り寄せたばかりの玉露が湯気を立て
その芳醇な香りが部屋を満たしていた。
彼は、この数週間、文字通り休む間もなく働き詰めてきた。
富永恭二の暴走によって引き起こされた未曾有の事態を収拾し
壊滅的な打撃を受けた艦隊の再編、そして何よりも陸海軍の連携強化という
喫緊の課題に全身全霊を傾けてきたのだ。

熱い玉露をゆっくりと口に含むと、その苦みが
張り詰めていた彼の心を少しずつ解きほぐしていくようだった。
ようやく、これで一息つける。そう思った矢先だった。

静寂を切り裂くように、執務室の電話がけたたましく鳴り響いた。
受話器を取ると、耳に飛び込んできたのは、倉沢外交官の焦りを含んだ声だった。

「高倉さん!真珠湾攻撃のおかげで
 アメリカ国内の非難が絶えません!どうするんですか!」

倉沢の声は、激しい怒りと困惑に満ちていた。
彼の言葉は、高倉の頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を与えた。
軍部内の問題解決に没頭するあまり、彼は最も肝心なことを忘れていたのだ。

「あっ…軍部のことで精一杯で肝心のアメリカのこと忘れてた」

高倉は、思わず口に出してしまった。
彼の声は、疲労と、そして自らの失態に対する驚きで震えていた。
倉沢の言葉は、彼に、日本が今
どのような状況に置かれているのかを改めて突きつけた。
真珠湾への再攻撃は、アメリカ国民の怒りを頂点にまで高め
対日感情を最悪なものへと変えていたのだ。もはや、講和の道は完全に閉ざされた。
日本は、アメリカとの全面戦争という、避けがたい現実に直面していた。


こうして、高倉の失念によって
日本の陸海軍は対米戦争の新たな作戦要綱を考えるという
重く、そして避けられない課題に直面することになった。
これまでの作戦は、富永の独断専行によって根本から覆され
戦略の再構築が喫緊の課題だった。大本営には、今までの教訓を活かし
より現実的で、かつ日本の国力に見合った作戦を立案することが求められた。


真珠湾攻撃は、アメリカに甚大な物的損害を与えた一方で
それ以上に彼らの戦意を爆発的に高める結果となった。
国民は怒りに燃え、世論は徹底的な対日報復へと傾倒していた。
この状況下で、日本が取るべき戦略は、極めて限定されていた。
もはや短期決戦での講和は不可能であり、長期戦を覚悟せざるを得ない状況だったのだ。

日本の最大の課題は、アメリカの圧倒的な生産力と人的資源だった。
短期的な奇襲は成功したものの、長期的に見れば
日本の国力はアメリカにはるかに及ばない。この現実を直視し
どのように戦いを継続していくか、それが新たな作戦要綱の核心となるべきだった。


大本営は、高倉の言葉を受け、直ちに緊急会議を開いた。
富永事件の反省を踏まえ、今回は陸海軍が連携し
現実的な視点から作戦を立案することとなった。会議室には
これまでのような精神論は影を潜め、冷静な分析と議論が交わされた。

彼らが導き出した新たな作戦要綱の柱は、以下の二点だった。

消耗戦を避け、長期的な持久戦略に転換する
局地的な優勢を確立し、有利な条件での講和を目指す
具体的な作戦案は、以下の通りだった。

1. 太平洋防衛線の一層の強化と維持
これまでの南方資源地帯確保という攻撃目標に加え
日本本土と南方資源地帯を結ぶ海上交通路の絶対確保を最優先課題とする。
これまでの防御線をさらに強化し、島嶼部に強固な要塞を築き
アメリカの反攻を可能な限り遅らせる。
特に、マーシャル諸島、カロリン諸島、そしてマリアナ諸島に位置する拠点に
航空基地と要塞をさらに整備し
米軍の侵攻を長期的に食い止める「不沈空母」としての機能を強化する。

2. 潜水艦による通商破壊作戦の強化
アメリカ本土と太平洋戦線を結ぶ補給線への徹底的な打撃を狙う。
大型潜水艦を多数建造し、米軍の輸送船団を狙った通商破壊作戦を強化する。
これにより、米軍の物資供給を滞らせ
前線部隊の継戦能力を低下させることを目指す。
潜水艦部隊は、米軍の警戒網を掻い潜り、太平洋全域で
広範囲にわたる作戦を展開する。
特に、潜水空母や水中高速魚雷の開発を急ぎ、奇襲攻撃能力を高める。

3. 航空戦力の温存と効果的な運用
「富永事件」で消耗した母艦航空隊の練度維持と保全を最優先とし
無謀な消耗戦は避ける。局地的な防衛戦においては、陸上基地航空隊と連携し
航空優勢を確保する。新型機開発を急ぎ、特に
長距離哨戒機や夜間戦闘機の開発に注力し、情報収集能力と
夜間迎撃能力を向上させる。艦載機の運用においては
一度の大量投入ではなく、的確な情報に基づいて、最小限の戦力で
最大限の効果を上げることを目指す。

4. 内地防衛体制の強化と国民の士気維持
アメリカ本土からの直接攻撃を警戒し、日本本土の防衛体制を強化する。
沿岸部に防衛拠点を構築し、航空機による迎撃体制を整備する。
また、長期戦に備え、国民の士気維持と戦時体制への移行を徹底する。
情報統制を強化し、厭戦気分が広がらないよう
国民の団結を促すプロパガンダを積極的に展開する。

5. 東南アジア資源の確保と長期的な経済基盤の構築
南方資源地帯からの石油やゴムといった戦略物資の安定供給を確保するため
占領地の治安維持と資源開発を強化する。
これにより、長期戦に耐えうる経済基盤を構築する。
同時に、占領地住民の協力を得るための統治政策を模索し
抵抗運動を最小限に抑えることを目指す。


こうして、大本営は「富永事件」の痛い教訓から
これまでの攻撃一辺倒の戦略から、持久と防衛を主軸とした
新たな作戦要綱へと転換した。これは、日本の国力の限界を認識し
現実的な視点に立った戦略ではあった。しかし、真珠湾の炎は
アメリカ国民の心に深い傷と、日本への激しい憎悪を刻み込んでいた。

この新たな作戦要綱が、果たして来るべきアメリカの猛攻に耐えうるものなのか。
そして、日本は、この戦争をどのような形で終わらせることができるのか。
高倉は、玉露を飲み干しながら、自身の執務室の窓から
鉛色の空を見上げた。彼の目には、未だ見ぬ、長く厳しい戦いの未来が広がっていたのだ。

これから始まる陸海軍の共同作戦は、日本の命運をかけた、まさに正念場となるだろう。
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