If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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疲弊と代償

転進

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ニューギニアの地獄は、日を追うごとにその深さを増していた。
ラエ、サラモア、フィンシュハーフェンの陥落は
ただの拠点の喪失ではなかった。
それは、日本の南方資源地帯からの生命線が決定的な脅威に晒され
そして何よりも、飢餓と病魔、そして米豪連合軍の圧倒的な火力によって
数万の兵士たちが虫けらのように死んでいった悲劇の象徴だった。
高倉義人中将は、連合艦隊司令長官兼海軍省軍務局長として
その惨状を最も詳細に把握する立場にあった。彼の執務室には
兵士たちの悲鳴と、朽ちていく肉体の匂いすら
漂ってくるかのような報告書が山積みにされていた。


1943年10月、高倉は自らの机に広げられた地図を睨んでいた。
ニューギニア島の赤い線は、もはや意味をなさなかった。
それは、孤立し、飢えと病に蝕まれ、死を待つ兵士たちの墓標にしか見えなかった。
ビスマルク海での辛勝も、山本五十六大将の死も
この絶望的な状況を覆すことはできなかった。
否、むしろ、ビスマルク海での消耗戦は
ニューギニアへの支援を決定的に不可能にし
山本の死は、この国の進むべき道を照らす灯火を消し去ったのだ。

高倉は、もはや感傷に浸る余裕はなかった。
軍務局長として、彼は現実を直視しなければならない。
そして、連合艦隊司令長官として、残された兵士たちの命を
これ以上無駄にすることはできない。彼の心の中で、一つの結論が明確に形を成した。

ニューギニア島の放棄。

それは、これまでの「死守」という方針を完全に覆す
極めて大胆かつ困難な決断だった。軍部内には
いまだ「一兵たりとも撤退させず、玉砕あるのみ」と叫ぶ強硬派が再び多数を占めていた。
彼らは、一度占領した土地を放棄することは
国家の威信を失墜させ、国民の士気を低下させると主張した。
しかし、高倉は、もはや威信や士気といった抽象的な概念で
現実の悲劇を覆い隠すことはできないと悟っていた。

彼は、海軍省内の穏健派である古賀峯一大将や井上成美中将らと
水面下で協議を重ねた。彼らもまた
ニューギニアの惨状を憂慮しており、高倉の考えに賛同した。

「兵士たちは、すでに人間としての尊厳を失いつつあります。
 これ以上の犠牲は、まさに無駄死にであり、国力をさらに疲弊させるだけです」

古賀は、高倉の決断を後押しするように言った。
彼らの支持を得て、高倉は、この重大な提案を
首相である東條英機に伝えることを決意した。

東條英機は、陸軍出身の首相であり
徹底抗戦を主張する強硬派の筆頭だった。
彼にニューギニア放棄を納得させるのは、至難の業に思われた。
高倉は、あらゆる反論を想定し、綿密な資料を準備した。
ニューギニアからの悲惨な報告、補給路の寸断、兵士たちの
餓死と病死の統計、そしてこのままでは全滅が確実であるという結論。
すべてを数値と具体的な事実で裏付けた。

10月下旬、高倉は首相官邸に東條英機を訪ねた。
重苦しい空気の中、高倉は、冷静かつ毅然とした態度で
ニューギニア放棄の必要性を説いた。
彼は、感情に訴えるのではなく、論理と数字で東條を追い詰めた。

「閣下、ニューギニア守備隊の現状は、もはや『戦う』以前の問題です。
 彼らは飢餓と病で倒れ、戦闘による死者よりも
 餓死・病死がはるかに多くなっております。
 補給は完全に途絶し、このままでは全滅は時間の問題です。
 この無益な消耗戦を続ければ、貴重な将兵を失うだけでなく
 輸送船や護衛艦艇も際限なく失われ、国力は回復不能なまでに疲弊するでしょう」

高倉は、一枚のグラフを示した。
それは、ニューギニアにおける兵士の死因別統計で
餓死と病死が戦闘死を圧倒的に上回っていることを示していた。
東條の顔に、わずかな動揺が見えた。
彼もまた、現実の数字には抗しがたかったのかもしれない。

「撤退は、一時の後退ではありますが、今後の戦力を温存し
 より強固な防衛線を構築するための、やむを得ない戦略的転換でございます。
 これ以上の犠牲を払うことは、もはや『玉砕』ではなく、『無駄死に』でございます」

高倉の言葉は、東條の胸に深く突き刺さった。
東條は、しばしの沈黙の後、重い口を開いた。

「……分かった。高倉中将の進言、裁可する」

1943年10月28日、大本営はついにニューギニア島の放棄を決定
大規模な撤退作戦が始まることになった。
それは、日本の戦争指導における、大きな転換点であった。


ニューギニアからの撤退は、想像を絶する困難を伴う作戦だった。
米豪連合軍は制空権・制海権を掌握しており
日本の艦艇がニューギニア沖を航行することは、自殺行為に等しかった。
しかし、高倉には、わずかながらも勝算があった。
それは、彼の軍務局長としての経験と、連合艦隊司令長官としての
知見を組み合わせた、大胆な計画だった。

作戦名は「乾坤一擲」

高倉が考案した撤退作戦は、足の速い駆逐艦に
発動艇(大発や小発といった上陸用舟艇)を乗せて
夜間の闇に紛れて海岸に接近し、わずかな時間で将兵を収容し
高速で離脱するというものだった。

通常、駆逐艦は兵員輸送には向かない。
しかし、その高速性と機動力は、敵の哨戒網をかいくぐる上で不可欠だった。
駆逐艦に搭載された発動艇は、浅瀬に乗り付けて兵員を素早く収容するのに役立つ。
これは、海軍と陸軍の連携が不可欠な、極めて繊細な作戦だった。

連合艦隊は、残された駆逐艦を総動員した。
ビスマルク海での激戦で多くの艦艇を失ったものの
まだ数十隻の駆逐艦が残っていた。
高倉は、各駆逐艦の艦長たちを集め、自ら作戦の概要を説明した。

「この作戦は、まさに綱渡りだ。しかし
 ニューギニアの将兵を救い出す唯一の道でもある。
 諸君らの腕にかかっている。一隻でも多くの将兵を救い出せ!」

艦長たちの顔には、厳しい表情が浮かんでいた。
彼らは、自らの艦がどれほど危険な任務に就くかを理解していた。
しかし、ニューギニアで苦しむ仲間を救うため、彼らは命を賭ける覚悟を決めていた。


撤退作戦は、夜間に実施された。月明かりのない闇夜を選び
駆逐艦は音を潜めてニューギニア沖を進む。海岸に接近すると
搭載した発動艇を下ろし、陸上待機していた将兵を乗せる。
発動艇が駆逐艦に戻るやいなや、高速で沖へと離脱する。
この一連の作業を、いかに迅速に行うかが鍵だった。

しかし、米豪連合軍も、日本の動きを警戒していた。
彼らは、レーダーを駆使し、夜間にもかかわらず哨戒活動を強化していた。
そして、やはり、敵との交戦は避けられなかった。

「電探に感!敵駆逐戦隊と思われます!」

ある夜、撤退作戦中の駆逐艦隊に、戦慄の報告が飛び込んだ。
駆逐艦同士の夜間戦闘は、まさに地獄絵図だった。闇夜に探照灯が閃き
砲弾が飛び交う。魚雷が水面を走り、水柱が上がる。
撤退中の駆逐艦は、将兵を収容している最中であることも多く
その場で戦闘に巻き込まれると、身動きが取れないまま集中攻撃を受けることになった。

「敵潜水艦、魚雷発射!」

またある時には、闇の中から忍び寄った敵潜水艦が
日本の駆逐艦に魚雷を叩き込んだ。水中に響く衝撃音と共に
艦体が大きく傾き、火柱が上がる。将兵を収容したばかりの駆逐艦は、
そのまま急速に沈没していった。救助しようにも
敵の潜水艦が待機しているため、それすらままならない。

作戦は、血と犠牲の上に成り立っていた。
将兵を救い出すたびに、日本の貴重な駆逐艦が次々と失われていく。

記録によれば、この大規模な撤退作戦中に、計6隻の駆逐艦が沈んだ。

沈んだ駆逐艦の中には、「朝霧」や「夕霧」といった
歴戦の勇士も含まれていた。彼らは、敵の猛攻を受けながらも
将兵を救い出すために最後まで戦い抜いた。彼らの沈没は
救出された将兵たちに、そして本土でその報告を受けた
高倉や海軍将兵たちに、深い悲しみと無念をもたらした。


それでも、この撤退作戦は、部分的ながらも成功を収めた。
死の危険を冒してニューギニア沖に突入した駆逐艦によって
数万人規模の将兵が救出され、他の安全な地点へと撤退することができた。
飢餓と病に苦しんでいた彼らにとって
駆逐艦の姿は、まさに地獄からの使者のように見えただろう。

救出された将兵たちは、生きて本土へ帰還した。
彼らの口から語られるニューギニアの地獄は、本土の国民
そして軍部に、戦争の悲惨さを改めて知らしめることになった。
彼らの痩せこけた体と、虚ろな目は、戦争の現実を突きつける、生きた証拠だった。

しかし、全ての将兵が救われたわけではなかった。
撤退作間に間に合わなかった者、あるいは病気や負傷で動けなくなった者たちは
ニューギニアのジャングルに置き去りにされた。
彼らは、連合軍の掃討作戦によって捕虜となるか
あるいは飢餓と病魔によって静かに息を引き取るしかなかった。
ニューギニアは、まさに「人食い島」と化したのだ。

高倉は、救出された将兵の数と、失われた駆逐艦の数を記した報告書を眺めていた。
救出された命の重さと、失われた艦艇と将兵の命の重さ。
どちらも計り知れない。彼は、これが最善の策であったと信じるしかなかった。


ニューギニアからの大規模な撤退作戦は
日本の戦争指導における大きな転換点となった。これまで「不敗神話」を掲げ
占領地の死守を原則としてきた日本が、戦略的撤退を容認したのだ。
これは、日本の国力の限界と、米豪連合軍の圧倒的な物量と火力の前に
もはや従来の戦術が通用しないことを
軍部上層部が認めざるを得なかった証拠だった。

この撤退作戦は、その後の日本の戦略に大きな影響を与えた。
帝国海軍は、残された艦艇を温存し、本土防衛へと重点を移していくことになる。
兵士たちの命を無駄にしないという高倉の思想は
この撤退作戦を皮切りに、その後の日本の戦争指導に少しずつ
しかし確実に影響を与えていくことになる。

しかし、その道のりはあまりにも長く、そして苦しいものだった。
ニューギニアの地獄は、終戦まで続くことになる。
そして、高倉は、この撤退作戦で救われた命と、犠牲になった命の重さを
生涯背負っていくことになるのだった。
ニューギニアのジャングルには、日本の兵士たちの無念が、今もなお深く刻まれている。
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