米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ

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朝鮮戦争開戦

開戦

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1950年6月25日早朝、朝鮮半島の穏やかな夜明けは
突然の雷鳴によって引き裂かれた。
その音は、ただの天候の変化を告げるものではなく
血と炎にまみれた新たな戦争の始まりを告げる、地を揺るがす咆哮であった。
北緯38度線を超え、準備万端の北朝鮮人民軍が突如
韓国へと猛攻を開始したのだ。ソ連製の最新鋭T-34戦車を先頭にした
圧倒的な機甲部隊は、わずかな対戦車兵器しか持たない
準備不足の韓国軍を瞬く間に粉砕した。
精強を誇る彼らの勢いは止まることを知らず
開戦からわずか3日という驚異的な速さで
首都ソウルは陥落の憂き目に遭った。国連安保理は緊急決議を採択し
即座に国連軍の派遣を決定したものの、その主力を担うアメリカ軍もまた
勢いに乗る北朝鮮軍の前に
初戦から予期せぬ苦戦を強いられることになったのである。

第二次世界大戦終結からわずか5年しか経っていなかった当時
アメリカは平和の恩恵を享受し、大規模な軍縮の真っ只中にあった。
多くの兵士が故郷に帰り、軍備は縮小され、士気は低下していた。
急遽、朝鮮半島に派遣された部隊は、装備も練度も決して十分とは言えず
まるで過去の遺物のような第二次世界大戦期の装備を
かき集めて戦場に送り出される状態であった。
彼らは、北朝鮮軍の「人民戦争」という
ゲリラ戦と正規戦を巧妙に組み合わせた戦術に翻弄され
思うように戦線を構築することができなかったのだ。
地の利と経験を持つ北朝鮮兵たちは、山岳地帯の険しい地形を巧みに利用
奇襲攻撃や浸透戦術を繰り返した。アメリカ兵たちは
見えない敵、地形の複雑さ、そして熾烈な抵抗に直面し
戦線を南へと押し込まれる一方であった。

戦況は絶望的なまでに悪化の一途を辿り
国連軍は朝鮮半島の南東部に位置する釜山周辺の
狭い地域に追い詰められることになった。
そこは、文字通り海を背にした「釜山橋頭堡」と呼ぶべき窮地であった。
もしこの最後の砦が陥落すれば、朝鮮半島から国連軍は完全に駆逐され
共産主義の波がアジア全土に広がる可能性すらあったのだ。
この絶望的な状況下で、米軍は
特に海上からの強力な火力支援の必要性を痛感することになる。
内陸部への侵攻には、艦砲射撃による援護が不可欠であったが
彼らが有する既存の艦砲、たとえそれがアイオワ級戦艦の40センチ砲であったとしても
北朝鮮軍の堅固な陣地や奥深い拠点にまで
有効打を与えられないという現実が突きつけられていたのである。

この問題は、単に砲の口径や射程の問題だけではなかった。
米海軍の主力艦として、最新鋭を誇っていた
アイオワ級戦艦の40センチ砲は、第二次世界大戦の
海上砲撃戦を想定して設計されていたのだ。その主な任務は
敵艦の分厚い装甲を貫き、致命的な損傷を与えることであった
そのため、使用される対艦用砲弾は
装甲貫徹力を最大化することに主眼が置かれていた。
硬い目標を高速で貫くために砲弾本体の強度が重視され
結果として砲弾内部に充填される炸薬量は比較的少なかったのである。

もちろん、アイオワ級の40センチ砲も、対地支援射撃に用いられることはあった。
しかし、その対地用砲弾では地中貫徹力は低く
地面に掘られた塹壕や、強化されたコンクリート製のトーチカ
さらには山中に掘られた地下壕など、北朝鮮軍が巧みに構築した
防御陣地に対しては、その威力を十分に発揮することができなかったのだ。
砲弾は地表で炸裂することが多く、堅固な構造物を破壊するよりも
広範囲に破片を撒き散らす効果に留まる傾向にあった。
敵兵を制圧するには有効でも
彼らが潜む強固な掩体壕を破壊するには不十分だったのである。

米軍の司令官たちは、焦燥感を募らせていた。
彼らが直面していたのは、まさに「砲弾の壁」であった。
航空機による爆撃も行われたが、山岳地帯の複雑な地形や
悪天候によって視界が遮られることも多く
常に効果的な支援を提供できるわけではなかった。
そして、艦砲射撃が頼りになる状況においても
肝心の砲弾が敵の防御を破れないというジレンマに陥っていたのだ。

この絶望的な状況下で、米海軍上層部の思考は
これまで「時代遅れの象徴」として忌避されてきた
ある巨大な存在へと向かうことになった。それは
他ならぬ日本の戦艦大和である。大和が有する46センチ主砲は
アイオワ級の40センチ砲を凌駕する世界最大の口径であったことはもちろんのこと
その砲弾の特性が、まさに朝鮮半島の戦況を打開しうる可能性を秘めていたのだ。

特に注目されたのは、大和型の主砲で使用される零式通常弾である。
この砲弾は、対艦戦闘だけでなく
対地攻撃にも極めて有効な特性を持っていた。
まず、その砲弾の質量自体が圧倒的に重い。
大和の46センチ砲弾は、アイオワ級の40センチ砲弾よりも大幅に重く
それゆえに発射された砲弾が持つ運動エネルギーは桁違いであった。
この莫大な運動エネルギーは、砲弾が着弾した際に
標的を貫徹する力を飛躍的に向上させた。
つまり、地中貫徹力が非常に高いのである。
北朝鮮軍の掘り進めた地下壕や、分厚い土嚢で補強された掩体壕に対しても
零式通常弾は文字通り地面をえぐり、深く突き刺さることが期待された。
アイオワ級の砲弾が地表で爆発する傾向にあったのに対し、
大和の砲弾は、敵の防御構造の深部にまで到達し
内部で炸裂することで、より壊滅的な打撃を与えうるのである。

さらに、零式通常弾のもう一つの重要な特徴は
その炸薬量の多さであった。対艦用としては徹甲弾が主であったが
零式通常弾は、内部に充填されている炸薬が
アイオワ級の対地用砲弾よりも格段に多かったのだ。
これにより、砲弾が目標内部で炸裂した際の爆発力と
それに伴う破壊範囲が飛躍的に増大する。分厚いコンクリートの壁を貫き
その奥で炸裂することで、内部にいる敵兵を一網打尽にし
補給物資や通信設備などもろとも吹き飛ばすことが可能になるのだ。

アイオワ級の砲弾では地中貫徹力が低く
それに加え炸薬量も少ないという課題があった。
しかし、大和型の零式通常弾なら、その二つの課題を補える。
米海軍の戦略家たちは、この点に着目した。解体ドックに眠る大和は
彼らにとって、まさに「最後の希望」として
その存在を再認識されたのである。この巨艦が
かつての敵国の象徴から、朝鮮半島で苦しむ人々を救うための「切り札」へと
その役割を変えようとしていた。
その重い扉が、ゆっくりと開かれようとしていたのだ。
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