米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ

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葛藤と成長

希望の光

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朝鮮半島の戦況は依然として厳しく
戦艦大和は連日の砲撃任務に身を投じていた。
その砲声は敵に恐怖を与え、味方には希望をもたらす二面性を持っていた。
しかし、大和の艦橋に立つ徳永栄一特務指揮官の心には
砲撃がもたらす破壊と人命の喪失に対する深い苦悩が常にあった。
彼は、自身が下す砲撃命令が、本当に「正義」と呼べるものなのか
自問自答を繰り返していた。
そんな中、彼の信念と大和の真価が試される、新たな任務が舞い込んだ。


ある冷たい冬の朝、大和の艦橋に緊張が走った。
無線から飛び込んできたのは、前線からの緊急の要請だった。
国連軍の陸上部隊が、朝鮮半島北部の山間部で
敵の中国人民志願軍と北朝鮮人民軍の包囲網の中で孤立しているという。
さらに深刻なのは、その地域に多数の民間人が巻き込まれており
避難が困難な状況にあるという情報だった。

「包囲された部隊は、このままでは殲滅される。民間人もろともだ。
 航空支援は天候不良で不可能。大和の砲撃で、敵の圧力を一時的に排除してほしい。」
通信士が伝えてきた司令部からの要請は、かつてないほど切迫していた。

通常、艦砲射撃は広範囲の目標を攻撃するため
民間人にも被害が及ぶ恐れがあった。特に大和の46センチ主砲は
その絶大な破壊力ゆえに、誤射や流れ弾が民間人の命を奪う可能性が極めて高かった。
これまで、徳永は自身の砲撃がもたらす破壊に苦悩してきたが
今回は明確に、無関係な人々の命が関わっていた。

パーカー少佐は、司令部の要請に重い顔で頷いた。
彼の脳裏にも、民間人の犠牲が過る。その時、徳永が静かに口を開いた。
「少佐、民間人の救出を最優先にすべきかと存じます。
 この艦の砲撃ならば、不可能ではありません。」
徳永の言葉に、パーカーは驚いたような表情で彼を見た。
通常の軍人ならば、作戦目標の達成を最優先するはずだ。
しかし、徳永は明確に、人命救助を前面に押し出したのだ。

「だが、徳永中尉。この距離と目標の複雑さでは
 精密な砲撃は困難だ。民間人を巻き込む危険性が高すぎる。」
パーカーは、その懸念を率直に伝えた。
「承知しております。しかし、私には確信があります。
 大和の砲撃は、単なる破壊兵器ではありません。その緻密な計算と
 我々の持つ砲撃精度の高さをもってすれば、民間人に被害を与えることなく
 敵の圧力を排除することが可能です。やりましょう」
徳永は、これまで培ってきた大和に関する全ての知識と
経験に裏打ちされた、強い自信を持って語った。彼の眼差しは
静かながらも揺るぎない決意に満ちていた。
彼の言葉は、単なる技術的な可能性だけでなく
この砲撃を通じて人々を救いたいという、深い願いが込められていた。

パーカーは、徳永の目を見て、その言葉に嘘偽りがないことを感じ取った。
彼は、徳永が単なる技術者や元軍人ではない
深い倫理観を持つ人物であることを理解していた。
この任務は、大和の、そして徳永自身の**「精密砲撃の高さ」が試される
かつてない挑戦となる。しかし、この絶望的な状況で
他に進むべき道はなかった。
パーカーは、深く頷き、徳永に大和の主砲の指揮を託した。


徳永は、ただちに砲術長である田中健治大尉と
米軍の砲術士官であるジョン・ミラー大尉を招集し、作戦会議を開始した。
「目標は、この谷間の敵陣地。ただし、民間人が避難していると
 思しき集落から、わずか500メートルしか離れていない。
 我々の任務は、敵の戦力を一時的に無力化し、民間人の避難経路を確保することだ。
 誤射は許されない。m単位の精度が要求される。」
徳永の言葉に、田中は真剣な表情で頷き、ミラーは計算尺を手に取った。

大和の砲術室は、かつてないほどの緊張感に包まれた。
徳永の指示のもと、日本人砲術員たちは
最新の気象データと地形情報を基に、複雑な弾道計算を開始した。

風向、風速、気圧、気温、そして砲身のわずかな摩耗までも計算に入れる。

地球の自転によるコリオリの力を考慮し、着弾点の微細なずれを補正する。

砲弾の初速、そして弾道上での空気抵抗の変化を予測する。
これらの要素を組み合わせ、大和の46センチ砲が
目標地点に正確に着弾するための「最適解」を導き出す。
それは、まさに芸術的な域に達した職人技であり
米軍の最新計算機がはじき出す数値とも驚くほど合致した。

「一番砲塔、射角調整、プラス零点零五度!」
「弾種は零式通常弾。ただし、信管の調整を最大遅延に設定。
 地中深くで炸裂させることで、地表への爆風被害を最小限に抑える。」
徳永は、砲弾が着弾後、可能な限り地中深く食い込んでから炸裂するように
信管の調整指示まで出した。これにより
地表への爆風や破片の飛散を抑え、民間人への被害を最小限にすることが可能となる。

発射準備が整ったという報告が、艦橋に届いた。
パーカー少佐の顔には、緊張と期待が入り混じった表情が浮かんでいた。
「徳永中尉、頼むぞ。」
「お任せください、少佐。」

「主砲、撃て!」
徳永の号令と共に、大和の巨体が大きく揺れた。
轟音と火炎が夜空を切り裂き、9発の巨弾が
夜空に描かれた希望の線のように、目標へと吸い込まれていった。

数秒後、目標地点から地鳴りのような爆発音が響き渡った。
しかし、これまでのような広範囲を焼き尽くすような爆炎は見られない。
砲弾は狙い通り、ごく狭い範囲の敵陣地のみを狙い撃ちし
敵の圧力を一時的に排除することに成功したのだ。巨大なクレーターが穿たれ
敵のトーチカや機関銃陣地は完全に破壊されたが
その周囲の集落には目立った被害は見られなかった。

陸上部隊からの報告がすぐに届いた。
「敵の抵抗が弱まった! 避難経路を確保できた! 民間人の避難を開始します!」
この報告に、大和の艦橋は安堵の空気に包まれた。
これにより、孤立していた国連軍兵士と民間人の一部が救出された。
それは、大和が単なる破壊兵器ではなく
人命を救うための道具となり得ることを証明した瞬間であった。


この成功は、徳永栄一の心に、これまでになかった新たな葛藤を生んだ。
彼は、自身の砲撃が、確かに民間人の命を救い
戦線の兵士たちに希望を与えている現実を目の当たりにしたのだ。

夜間、自室に戻った徳永は、戦況報告書を読み返していた。
救出された民間人の数、そして、その中には
幼い子供たちが含まれていたという記述。彼の砲撃が、彼らの命を救ったのだ。
「これは…正義なのか…?」
彼は、自身に問いかけた。これまで、彼は砲撃による破壊と
それによって失われる命に苦悩してきた。特に、敵兵の姿にかつての同胞を重ね
自分の行動の倫理性を疑ってきた。
しかし、今、彼の砲撃が、明らかに「善」の側面を持っていることを、彼は否定できなかった。

この成功は、彼の心を重くする自己矛盾をさらに深めた。
「私は、朝鮮の地で命を奪うことをしている。
 しかし、その結果として、また別の命が救われている。
 これは一体、どういうことなのだ…」
彼は、自身の行動がもたらす両義性に直面していた。
彼の砲撃が、破壊と創造、死と生という、相反する結果を生み出している。
このジレンマは、彼を精神的に追い詰める一方で
彼自身の「正義」とは何かという問いを、より深く、より現実的なものへと変化させていった。

これまで彼は、自身の過去の戦争経験から
「戦争は悪であり、兵器は破壊をもたらすもの」という絶対的な認識を持っていた。
しかし、今、大和の砲撃が、明確な人道的な目的のために使われ
それが成功したという事実は、彼の凝り固まった観念を揺さぶった。
彼は、自らの行動の矛盾を抱えつつも
その砲撃がもたらす「善」の側面を、明確に認識し始めたのである。

大和は、希望の光として、朝鮮の海にその存在感を示し続けていた。
しかし、その光は、徳永の心に、光と影のコントラストをより鮮明に描き出すものだった。
彼の葛藤は終わらない。むしろ、新たな局面を迎えたのだ。
彼は、この複雑な現実の中で、自身の役割と、大和が持つ真の意味を
さらに深く探求していくことになるだろう。
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