改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ

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鋼鉄の城塞

五番目の設計図

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呉海軍工廠の設計棟に、冬の光が差し込んでいた。
硝子越しの陽光は弱く
机上に広げられた巨大な設計図の白をどこか冷たく照らしている。
黒崎哲郎中佐は、その図面を少し離れた位置から見下ろしていた。
紙の上には、すでに完成した一号艦の線がある。大和。
その名が正式に決まるよりも前から
海軍技術本部の人間たちは、この艦を半ば神話のように扱っていた。
世界最大、世界最強。ただし、それはあくまで砲と装甲の話だ。
「……これで終わり、ではないわけですね」
黒崎の声は低く、感情を抑えたものだった。会議室の奥
長机の向こう側には、軍令部、技術本部、連合艦隊司令部から集められた
将官、技官が並んでいる。戦争は起きていない。
それでも、この部屋の空気は、どこか開戦前夜のように張り詰めていた。
「そのとおりだ」
答えたのは、技術本部第四部長の少将だった。
彼は大和の設計完了報告を一通り終えた後、間を置かず次の図面を示した。
「五号艦の設計を開始する」
その言葉に、数名の将校がわずかに眉を動かす。
通常なら、四番艦までは同型艦として整備計画が進む。
だが五番艦は違う。そこには、次の時代を見据えた試験的要素が持ち込まれる。
「五号艦は、単なる大和の繰り返しではない」
少将はそう言ってから、黒崎の方を一瞥した。
「主砲ではない部分で、完成形を目指す」
黒崎は理解した。だからこそ、自分がここに呼ばれている。
「航空攻撃への対処、ですね」
その言葉が出た瞬間、会議室の空気がわずかに変わった。
数人の航空畑の将校が、露骨に顔をしかめる。
「空は止められない、という前提を、そろそろ見直すべきだという意見が出ている」
別の将官が言った。声色は穏やかだが、その裏には確かな挑発があった。
「黒崎中佐。君は、これまでの防空射撃研究の総括を提出しているな」
「はい」
黒崎は即答した。提出した報告書は
海軍内部で賛否両論を巻き起こしていた。
レーダーによる探知、射撃指揮装置との連動
そして人の判断を極力排した自動化構想。それは従来の砲術思想から見れば、異端だった。
「五号艦の防空設備、その主任設計を君に任せたい」
その瞬間、黒崎の胸の奥で、何かが静かに定まった。
「了解しました」
短く答えた黒崎に、誰かが苦笑した。
「君は水雷屋でもない、大砲屋でもない、航空屋でもないな」
黒崎は一拍置いてから、はっきりと返した。
「はい。防空屋です」
誰も笑わなかった。
会議が終わると、黒崎は設計棟の廊下を歩きながら
自分に課されたものの重さを噛みしめていた。
戦争が起きていない世界で、なぜここまでの備えが必要なのか。
その問いは、すでに何度も投げかけられている。
答えは単純だ。世界は、確実に武装している。
英国はライオン級を進め、米国は新型戦艦の構想を隠そうともしない。
ドイツに至っては、条約という言葉を完全に過去のものとして扱っている。
そして航空機は、日に日に速く、重くなっていた。
黒崎は、設計室の一角に用意された自席に着くと
真新しい図面用紙を前にペンを取った。そこに描かれる線は
砲や装甲よりも複雑で、見えない敵を相手にするためのものになる。
数日後、航空本部との合同検討会が開かれた。
「艦は、いずれ空に負ける」
そう断言したのは、航空参謀の中佐だった。
彼は黒崎の提出した防空構想を机に叩きつけるようにして言う。
「迎撃効率、弾薬消費、整備性。どれを取っても、航空機側が有利だ。
 艦にそこまでの対空装備を積むのは、無駄だ」
黒崎は資料を一枚取り上げ、静かに示した。
「現状の航空攻撃が脅威なのは、迎撃が分断されているからです。
 探知、指揮、射撃が別々に動いている。これを一つの系としてまとめれば、話は変わります」
「理屈だな」
「理屈です。戦争は理屈で始まり、理屈で終わります」
場が凍りついた。黒崎は一切引かなかった。数字を示し
仮想演算を並べ、弾道と速度の関係を説明する。
感情論は持ち込まない。それが、彼の戦い方だった。
そのやり取りを、山本五十六長官は黙って聞いていた。
会議後、黒崎は呼び止められた。
「君は、航空を否定しているわけではないな」
山本の問いに、黒崎は首を横に振る。
「ええ。航空は強力です。だからこそ、対抗策が必要です」
「空を撃ち落とす戦艦、か」
山本は微かに笑った。
「証明してみせろ。君の言う理屈が、現実に通用するかどうかを」
その言葉は、後押しだった。
設計は加速した。高角砲の配置は艦中央に集中させ
射撃指揮装置は複数系統を持たせる。レーダーは単なる探知装置ではなく
射撃の起点とする。人の判断を経由せず
機械が算出した解をそのまま砲に伝える構想は、多くの反発を招いた。
「人が死ぬ設計だ」
そう言われたこともある。
黒崎は答えた。
「迷った結果、艦が沈むよりはましです」
その冷徹さが、彼を孤立させもしたが、同時に評価も集めた。
やがて、五号艦は正式に計画番号第七九七号艦として登録される。
その名が若狭と決まるよりも前に、艦はすでに思想として存在していた。
呉の第四船渠で、まだ姿を持たないその艦を思い浮かべながら、黒崎は確信していた。
この艦は、空を拒む。
それが正しいかどうかは、戦争が始まったときにしか分からない。
だが少なくとも、自分はその答えを用意する。
五番目の設計図に引かれた最初の一本の線は、静かに、しかし確実に、未来へと伸びていた。
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