離反艦隊 奮戦す

みにみ

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大義のために

スイスの霧は未だ深く

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パターソン中将がハルゼー提督に「腐敗した賭博師」の宣告をした数週間後
彼は表向きは謹慎処分を受け、極秘裏に一連の準備を始めていた。
彼の最初の課題は、日本側に存在する、彼の哲学と共鳴し得る
「合理的・技術重視派」を探し出し、接触することだった。

この極秘の通信ルートを確立するために
パターソンは、開戦前にヨーロッパで築いたネットワークを利用した。
スイス、チューリッヒ。永世中立国として
戦時下でも日米双方の外交官や技術者が密かに接触する「安全な島」だ。

1943年冬、パターソンは「極秘の外交情報収集」という名目で数週間の休暇を取得。
彼は自身の地位を最大限に利用し、中立国の元海軍武官であった知人を介して
日本海軍の人物との接触を試みた。

パターソンが求めていたのは、黒田宗治郎少将という人物だった。

黒田は、日本海軍における異色の技術者・戦略家として知られていた。
彼は「大和」型の建造において、巨大さにこだわる上層部に対し
レーダーと対空能力の劣勢を警告し続けたが、意見は却下された。
彼はまた、「精神主義による無駄な特攻こそ、国力を消耗させる癌である」と公言し
海軍内で疎まれていた。パターソンは、海軍大学校時代の非公式な論文で
黒田の合理的な戦略論に目を通しており、彼こそが「同盟者」になり得ると直感していた。

チューリッヒ郊外、雪に覆われた隠れ家的な山荘。
火が暖炉で静かに燃えていた。パターソンと黒田の二人は
それぞれ民間人の服装で、通訳を挟まず、英語で対話を開始した。

黒田少将は、パターソンが想像していたよりも若く、眼鏡の奥で鋭い光を放つ目を持っていた。
彼の態度は、軍人特有の堅苦しさよりも
研究者のような冷静さと探求心に満ちていた。

「パターソン中将」黒田が静かに言った。
「貴方が私との接触を求めた理由を、私は理解しかねています。
 貴方は我々の敵、それも最新鋭の空母打撃群の司令官だ」

「黒田少将」パターソンはマグカップを置き、暖炉の炎を見つめた。
「私は貴方の論文を読みました。貴方が、日本の上層部の『精神主義』
 日米両国の将兵を無駄に殺す『非合理的な狂気』と見ていることは知っています。
 貴方は、合理性と技術こそが、真の戦争の指揮官であるべきだと信じている」

黒田は微かに唇の端を持ち上げた。

「私の考えは、日本ではあまり歓迎されません。
 特に、ミッドウェー以降の、あの…『決死の精神論』が蔓延してからは。
 しかし、貴方もまた、貴国の上層部と衝突していると聞きました。
 人命は艦よりも重い──貴方の有名な信念です」

「私の親友は、つい先日、ハルゼーの『英雄主義』という名の
 功名心によって殺されました。回避可能な死です」
パターソンの声は、感情を抑えつけた冷たい鋼のようだった。
「私は、貴方の海軍と、私の海軍が、同じ種類の腐敗した
 非合理的な指導者たちによって、無駄な血を流していることを確信しました」


沈黙が山荘を満たした。黒田は腕を組み
パターソンの目から逃れることなく、じっと見つめていた。

「では、貴方は私に何を望みますか?
 敵国の司令官が、突然、同情を求めてきたとは思えません」

パターソンは身を乗り出した。彼の目には、もはや私的な復讐心ではなく
壮大な「大義」を貫徹しようとする、使命感が宿っていた。

「私は、戦争を早期に終わらせることを提案します。
 そして、その終結は、非合理的な指導者たちの敗北によって達成されるべきです」

「早期終結は、我々日本も望むところです。しかし
 現状、貴国は圧倒的な国力で我々を圧迫している。貴方の提案は
 貴国の勝利を助けることですか?」
黒田が尋ねた。

パターソンは首を振った。

「違います。私は、私が率いる艦隊と、米国の最新の技術
 ──貴方が切望しているVT信管、高性能レーダー
 統合された射撃管制システムこれらを貴方に提供します」

黒田の表情が一瞬硬直した。それは、あまりにも途方もない提案だった。
日本海軍が最も飢えていた技術。米国の空母打撃群を丸ごと提供するというのか。

「…それは、裏切りです。貴方は、国を裏切る」
黒田は冷静さを保ちながらも、声に動揺を滲ませた。

「裏切りではありません。それは、大義のための、より大きな忠誠心です」
パターソンは反論した。
「私は、将兵の命と、腐敗した指導者への忠誠を秤にかけ、前者を選んだ。
 私の大義は、この戦争が、日米双方の若者を、無意味な消耗によって
 数百万規模で削り尽くす前に、科学的、合理的な力によって強制的に終結させることです」

パターソンは続けた。

「貴方の海軍は、合理的な戦略を実行するための『道具』が足りません。
 私の艦隊は、その道具、そしてその『合理的な運用ノウハウ』を提供します。
 貴方がそれを手に入れれば、貴方は日本の軍事指導者に対し
 『精神論ではなく、科学と技術で戦果を上げられる』ことを証明できる。
 そして、米軍の上層部は、自分たちの最も価値ある資産が
 自分たちの非合理的な命令によって
 最も恐れる敵の手に渡ったという事実に直面する」


黒田少将は、提供される技術のリスト(彼は事前にパターソンから渡されていた)を再び見た。
高性能レーダー、VT信管。これがあれば
夜戦の常識が変わり、米軍の圧倒的な航空優勢に対抗できる可能性が生まれる。

彼は、パターソンの提案を、単なる復讐ではなく
純粋な思想的・戦略的な動機として受け取った。
彼の目に映るパターソンは、狂人ではなく、自己の信念を貫くため
すべてを捨てる覚悟を持った、稀有な合理主義者だった。

「中将。貴方の提供する技術は、戦局を一時的に変えるでしょう。
 しかし、貴方の言う『大義』、すなわち『非合理な指導者の排除』は
 それで達成されるのですか?」
黒田は問うた。

パターソンは、ポケットから、ジム・マッカーシーの古い写真を取り出した。
五隻の駆逐艦の艦影と共に、笑顔で写る親友の写真だ。

「貴方がその技術と艦隊を運用する時、貴方は人命を
 艦よりも重く扱うでしょう。貴方は無駄な特攻やバンザイ突撃を命じない。
 貴方は、科学的な優位性がなければ戦わないでしょう」

パターソンは、写真をテーブルに置いた。

「それこそが、私の大義です。貴方と私の行動は、日米双方の軍事記録に
 『合理性に基づいた、もう一つの戦い方』として刻み込まれます。
 彼らが我々を裏切り者として歴史から抹消しようとも、我々の戦果が
 彼らの非合理な戦略がいかに多くの命を無駄にしたかを証明するのです」

黒田は、立ち上がると、窓の外の雪景色を見た。もしこの技術があれば
この先無駄に散るであろう何十万の日本兵の命を救えるかもしれない。
そして、日本の指導者たちに、彼らの精神論がいかに無力であるかを
実戦のデータで突きつけることができる。

「分かりました、パターソン中将」
黒田は振り向き、静かに答えた。
「私は貴方の『大義』と、貴方がもたらす『道具』を受け入れます。
 私もまた、自国の『腐敗』に耐えきれない」

黒田は、日本の軍人としては異例の、率直な言葉を選んだ。

「我々は、非合理な戦争を終わらせるために、合理的な同盟を結びましょう」

二人は、握手を交わした。その握手は、敵国の軍人同士の接触というよりも
同じ信念を共有する同志の誓約だった。ここに、「合理主義者の同盟」が成立した。


翌朝、二人は具体的な計画を詰めた。

パターソンの行動: 日本軍がトラック島空襲で大損害を被る直前
米艦隊が分散し混乱している隙を突き、自身のSTG-4艦隊
(HERCULES、ALABAMA、SOUTH DAKOTA他)を率いて離脱する。

合流地点: パラオ近海の特定の無人島周辺で黒田少将と極秘裏に合流。

技術移転: 最優先で、艦隊の全技術
(VT信管の大量ストック、レーダー操作マニュアル、射撃管制データ)を日本側に提供。

独立遊撃艦隊の創設: 黒田少将が司令官となり、パターソンは戦術顧問として艦隊を指揮。
元米軍艦艇は、日本海軍の正規の戦力としてではなく
「戦局を変えるための独立した特殊部隊」として運用される。

パターソンは、黒田に対し、
「私の艦隊の元乗組員が、無駄なバンザイ突撃や非合理的な特攻作戦に投入されない」ことを
同盟の絶対的な条件として誓約させた。
黒田は
「彼らの合理的な戦闘能力こそが、我々の目的を達成する鍵だ。
 私は彼らを無駄にすることはしない」と応じた。

米本国へ戻ったパターソンは、艦隊の準備に取り掛かった。

USS HERCULESの旗艦司令室。ライアン中佐が
中立国での出来事の詳細を、張り詰めた面持ちで聞いていた。

「提督…私たちは、あの技術を、私たち自身を殺すかもしれない敵に渡すのですね。
 そして、私たちは、裏切り者として歴史に名を刻む」

パターソンは、窓の外に広がる夕焼けの海を見つめた。

「我々が裏切り者と呼ばれるのは、歴史を書くのが
 勝利した非合理主義者たちだからだ、ジャック。
 だが、私たちが救う命は、何千、何万にも上るかもしれない」

彼はライアンに顔を向けた。

「あの『捨て石命令』が来たら、私たちは動く。
 お前は私に忠実な者だけを選び、動員する。反対する者には
 血を流させず、ただ離脱させる。
 我々は、命を奪うための反乱ではなく、命を守るための大義を遂行するのだ」

ライアンは、軍服の襟を正し、力強く敬礼した。彼の迷いは消えていた。
パターソンの「大義」は、彼の軍人としての倫理観を書き換えたのだ。

「中佐、貴方は、私の副官として、そして駆逐艦 O'BANNONの艦長として
 この大義の鍵を握る。我々は、歴史の波涛の裏側へ行くのだ」

パターソンは静かに告げた。彼らは今、不可逆の道を踏み出した。
彼らが待つのは、米海軍上層部から下される、「最後の引き金」となる非合理的な命令だった。
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