離反艦隊 奮戦す

みにみ

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大義のために

待ち望んだ時

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1944年2月18日深夜。場所はトラック島環礁の東方約800海里。
STG-4(第4打撃群)は、夜の闇に潜んでいた。
旗艦は空母「ヘラクレス」。その分厚い装甲の艦橋は、深い緊張感に包まれていた。

午後十一時五十分、艦隊司令室に暗号通信が届いた。
受信担当の中尉が、パターソン提督とライアン中佐に向かって青ざめた顔で立ち上がった。

「提督!太平洋艦隊司令部より、暗号通信。『直ちに行動せよ』」

パターソン中将は動かなかった。
彼は、その通信が何を意味するかを知っていた。
それは、ハルゼー提督が、トラック島空襲の準備を完璧にするために
彼らSTG-4に下す、非合理極まりない「最後の命令」だった。

通信を解読したライアン中佐が、震える手で電文をパターソンに差し出した。

「提督…これは…」

パターソンの目に、冷徹な光が宿った。電文にはこう記されていた。

任務:STG-4は、直ちに針路を西へ取り、トラック島近海を高速で通過せよ。
貴官らは、日本軍の残存戦力を誘引し
明朝の空襲に備えた航空隊の注意をそらす 『囮』 としての任務を遂行する。
生還の可能性は極めて低いと承知せよ。 全滅覚悟 で突入せよ。

「全滅覚悟(All-in Charge)」──。数ヶ月前
親友ジム・マッカーシーを死に至らしめた、忌まわしい命令と同じ言葉がそこにあった。
パターソンは、電文を静かに折りたたみ、懐に入れた。

「ディーン艦長」パターソンは、「ヘラクレス」の艦長
ロバート・ディーン大佐を呼んだ。
ディーンは、愛国心に満ちた生粋の職業軍人であり
パターソンの合理主義に常に懐疑的だった男だ。

ディーンは、通信内容を知り、興奮気味に顔を紅潮させた。

「提督!いよいよ我々の英雄的な出番ですね!
 囮だろうと何だろうと、太平洋艦隊の勝利のため
 このヘラクレスは全速で突入します!」

ディーン艦長の言葉は、パターソンの「人命は艦よりも重い」という信念に対する
最後の、そして最も侮辱的な裏切りだった。
この男は、艦と乗組員の命を、自己満足的な「英雄」の物語に捧げることに何の躊躇もない。

「艦長」パターソンは冷静に言った。
「我々は突入しない。針路を南へ、パラオ方面へ取る」

ディーンは理解できず、目を丸くした。
「提督、何を仰っているのです?命令は西へ全滅覚悟の突入です!」

「その通りだ。そして、私はその命令を拒否する。
 私は、この艦隊の将兵を、腐敗した賭博師たちの無意味な賭けに捧げるつもりはない」


その言葉が、艦橋の空気を切り裂いた。
ライアン中佐は、既にパターソンの側に立ち、静かに銃を構えていた。
彼の背後には、彼が選んだ数名の士官が同じく武装していた。

ディーン艦長は、数秒間、怒りと戸惑いで口を開けたまま立ち尽くした。

「パターソン提督!貴方は狂気に陥ったか!
 これは反逆罪だ!私は艦長として、貴方を拘束する!」

ディーンは、艦橋にいた忠実な士官たち──砲術長や航海士など──に叫んだ。
「パターソン中将を拘束しろ!彼は命令拒否と反逆を企てている!」

瞬間、艦橋は戦場と化した。ディーンに忠実な士官数名がパターソンに飛びかかったが
パターソンの護衛についていた屈強な水兵たちと
ライアン中佐によって、即座に取り押さえられた。
パターソンは身じろぎもせず、ディーン艦長を冷徹な視線で見つめていた。

「貴方の愛国心は理解する、ディーン艦長。だが、貴方はその愛国心のために
 艦隊を無駄死にさせようとしている。私は、その無駄死にから、彼らを救う」

ディーンは抵抗し、大声で叫んだ。
「我々が何をしたか、歴史が裁くぞ!ジョージ・パターソン!貴様は祖国を売ったのだ!」

ライアン中佐は、ディーンの口を塞ぎ、拘束させた。
その際、ディーンはパターソンに向かって
「貴様を地獄に突き落とす!」と憎悪に満ちた叫びを上げた。

「ライアン中佐。艦長室に拘束しろ。丁重にな」パターソンは命じた。
「そして、全艦に無線で、私の決断を伝える。通信長、艦隊専用周波数を開けろ」


パターソン提督は、艦橋の司令官席に座り、艦隊へ送るマイクを手に取った。
彼の声は、重く、権威に満ちており、しかし、「大義」の熱意が込められていた。

彼の言葉は、STG-4を構成する全ての艦
戦艦アラバマ、サウスダコタ、重巡洋艦ボルチモア、オールバニ
そしてライアン中佐のオブライエンを含む駆逐艦隊の司令室に響き渡った。

「全艦に告ぐ。こちらはヘラクレス、パターソン中将だ」

彼は一呼吸置いた。これから告げる言葉が
彼の人生を、そして太平洋戦争の戦局を、完全に変えることを理解していた。

「今、太平洋艦隊司令部より、我々STG-4に『全滅覚悟の囮任務』が下された。
 これは、艦隊の全滅を前提とした、非合理で無責任な命令である」

艦隊の各艦で、士官たちが息を呑んだ音が無線機を通して聞こえるようだった。

「私は、この命令を拒否する。私は、艦よりも人命が重いという信念を
 上層部の功名心のために曲げることはできない。
 貴官たちの命は、ハルゼー提督らの賭博のチップではない。
 回避可能な死は、断じて拒否する!」

パターソンの声は、次第に力強くなった。

「この太平洋艦隊は、合理性を失い、腐敗した賭博師たちの手によって
 無駄な英雄の墓場と化している。私は、このシステムを内側から破壊し
 命を救うための大義を貫くことを決意した」

そして、彼は自らの行動を明確に宣言した。

「私は、この艦隊を率いて、太平洋艦隊から離脱する。
 我々は、この腐敗したシステムに対し、反旗を翻す!」

艦隊無線は、しばらく沈黙した。
数秒後、最初に沈黙を破ったのは、戦艦アラバマだった。

「こちら、米海軍戦艦アラバマ。…ヘラクレス、通信内容を復唱願う」

パターソンは、一切の動揺なく、もう一度、彼の決意を伝えた。
「私は、STG-4を率いて太平洋艦隊から離脱し、大義を貫く。
 同行を望まない艦は、針路を東へ取れ。私は血を流させない」

その直後、アラバマ艦長の勇猛な声が、無線を通じて艦隊全体に響き渡った。

「こちら米海軍戦艦アラバマ!同士をむざむざ沈めるような命令を出す
 太平洋艦隊司令官になど最早従っていられない。
 我が艦は人としての大義を守る。同意する艦は我に従え!!」

アラバマの宣言は、艦隊の空気を一変させた。
続いて、重巡洋艦ボルチモアが応答した。

「こちら米海軍重巡洋艦ボルチモア。アラバマ、我が艦も貴艦に続こう。
 そのうえでハルゼーに一泡吹かせてやる!」

サウスダコタ、オールバニ、そしてライアン中佐のオブライエンも
次々とパターソンとアラバマに同調する意を表明した。
パターソンを支持する艦隊は、計12隻(空母1、戦艦2、重巡2、駆逐艦7)に上った。

しかし、全ての艦艇がパターソンに従ったわけではない。
駆逐艦サフォード、リッチモンド、バレット、ターナーの4隻は
沈黙を破り、断固として反対の意思を示した。

「ヘラクレス、こちら駆逐艦サフォード!我々は貴艦の行動を断固として拒否する!
 貴官は狂気の裏切り者だ!我々は直ちに東へ針路を取り、司令部に報告する!」

「それで構わない、サフォード」
パターソンは、冷静に答えた。
「繰り返す。私は、大義のない者と血を流すつもりはない。東へ進路を取れ。幸運を祈る」


パターソンはライアン中佐に指示を出した。

「ライアン。拘束したディーン艦長と、反乱に加担しなかった士官全員を
 サフォードに乗せて、本国へ連れて行かせろ。彼らの命は保証する。
 彼らが、我々が『大義』のために動いたことを証言するだろう」

「了解しました、提督」

ライアン中佐は、ディーン艦長を拘束したまま、艦橋から連れ出した。
ディーンはなおも抵抗し、罵詈雑言を浴びせていた。

「パターソン!この卑怯者!私を殺せ!
生かしておけば、貴様の大義とやらを必ず潰してやる!」

ディーンは、サフォードに移される直前
パターソン提督がいるヘラクレスの船体を睨みつけ、
「お前たちは米海軍史上、最も卑劣な裏切り者として記憶される!」と叫んだ。

ライアン中佐は、サフォードの艦長に、拘束したディーン艦長らを引き渡した。

「サフォード艦長。この者たちを本国へ連れ帰れ。
 パターソン提督は、貴官らには手を出すつもりはない。
 ただ、我々を追跡するなら、その限りではない」

サフォードの艦長は、複雑な表情でライアンを見つめた後
無言で敬礼し、拘束されたディーンらを艦内へと収容させた。

午前一時。ヘラクレス、アラバマ、サウスダコタを中核とする独立遊撃艦隊は
南西へ針路を取り、速度を上げた。

東へ針路を取ったサフォードら4隻の駆逐艦隊は、徐々に暗闇の中に消えていく。
パターソンは、レーダー室に命じて、彼らの動きを追跡するのをやめさせた。

「彼らに、故郷へ帰る機会を与えた。あとは、我々が道を進む番だ」

パターソンの艦隊は、最新鋭の技術と、「人命を最優先する」という大義
そして「裏切り者」の烙印を背負い、夜の深海へと没していった。
彼らの次の目的地は、黒田少将との合流地点、パラオ近海だった。

彼らは、米海軍の栄光を捨て、「合理主義者の同盟」という新たな船出を果たしたのだ。
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