異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ

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隠された牙

鹿屋

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徳山沖の艦隊が最後の整備に追われる頃
九州各地、そして本土の主要航空基地では、陸海軍の基地航空隊が
来るべき「菊水作戦」に向け、猛烈な訓練を重ねていた。
彼らに課せられた任務は、単なる特攻ではない。
艦隊航空隊と連携し、米機動部隊に対し、かつてない規模の通常攻撃と
特攻を仕掛けることだった。

鹿屋基地。滑走路の脇に立つ海軍203空司令・片桐少将は
上空を旋回する零戦五二型を見上げていた。彼の部隊は
数少ない熟練パイロットと、急造の新兵で構成されていた。
彼らは、米軍のF6FヘルキャットやF4Uコルセアといった高性能機を相手に
制空権を奪還し、艦隊上空の防衛を担う。訓練では、編隊の連携
急降下からの離脱、そして敵機の背後を取るための旋回戦術が徹底された。

「いいか、貴様ら! 敵は我々が特攻しか能がないと思っている! 
 その鼻をへし折ってやれ! 生きて帰って、奴らの顔に泥を塗るんだ!」

片桐少将の怒鳴り声が、整備中の機体に響く。
彼の言葉は、若きパイロットたちの心に、単なる死への覚悟ではない、
勝利への執念を植え付けていた。彗星や天山の搭乗員たちは
低空からの雷撃訓練や、急降下爆撃の精度を高めるための反復練習に汗を流した。
燃料は惜しまれたが、実戦を想定した訓練は、寸暇を惜しんで行われた。

一方、同じく鹿屋基地に展開する海軍306空の格納庫には
異様な雰囲気が漂っていた。そこに並ぶのは、翼の下に巨大なロケット推進機
桜花を抱いた一式陸攻の群れだった。桜花は、一発800kgもの弾頭を積む
まさに「必殺」の兵器だった。一度発射されれば
その高速ゆえに迎撃は困難を極めるが
同時に、操縦するパイロットが生きて帰ることは絶対に不可能だった。

306空司令・藤野大佐は、この桜花隊の指揮を執っていた。
彼の部隊のパイロットたちは、自らの運命を理解していた。
しかし、彼らは「特攻」という言葉を、あえて口にしなかった。
彼らに与えられた使命は、「敵艦隊に致命的な打撃を与えるための精密兵器」である桜花を
確実に目標に届けること。それは、自己犠牲を前提としながらも
戦略的な決断として、その特性を最大限に活かすという、矛盾を孕んだ任務だった。

「我々は、ただ死にに行くのではない。この一撃で
 奴らの戦力を削ぎ、本土を守るための時間を稼ぐのだ。
 桜花は、我々の最後の切り札だ。これを無駄にするな!」

藤野大佐の言葉は、パイロットたちの胸に深く刻まれた。
彼らは、桜花の切り離し訓練、そして目標への最終突入経路のシミュレーションを
何度も何度も繰り返した。彼らの顔には、恐怖と同時に
歴史を変えるかもしれない一撃を放つ者としての、ある種の静かな誇りが浮かんでいた。

陸軍航空隊もまた、この作戦に深く関与していた。
本土各地の航空基地では、飛行第一戦隊の一式戦隼三型と四式戦闘機疾風
そして飛行第五戦隊の五式戦闘機が、制空支援と米軍機迎撃のための訓練に励んでいた。
彼らは、海軍の艦隊航空隊や基地航空隊と連携し
多層的な防空網を構築する役割を担っていた。

飛行第一戦隊長・黒田少佐は、パイロットたちに繰り返し言い聞かせた。

「いいか、お前たちは、生きて帰って報告する義務がある! 
 敵機を撃墜し、味方を守り、そして必ず生還しろ。
 我々の情報が、次の戦い、そして未来を拓くのだ!」

陸軍航空隊のパイロットたちは、海軍の特攻とは異なる
より実利的な戦術を叩き込まれていた。彼らの任務は、敵を確実に撃墜し
自らも生き残って、得られた戦訓を次に活かすこと。
それは、この絶望的な戦況下で、唯一残された「未来への投資」だった。

飛行第三戦隊の九九式双発軽爆撃機は、特攻と通常爆撃の両方の訓練を行っていた。
彼らは、敵艦隊の防空網を突破し、爆弾を投下するだけでなく
時には機体ごと敵艦に突入する覚悟も求められていた。
しかし、その訓練の根底には
「一機でも多く、一発でも多く、確実に敵に損害を与える」という
あくまで戦果を追求する意識が徹底されていた。

そして、最も秘匿性の高い場所で、飛行第十四戦隊の四式重爆飛龍が
その巨大な機体の下に、奇妙な形状の兵器を吊り下げていた。
それは、実験段階の試製イ号一型甲無線誘導弾だった。

「これは、日本の未来を左右する兵器だ。絶対に失敗は許されない」

飛行第十四戦隊長・斎藤少佐は、誘導弾の最終調整を行う技術者たちに
厳しい口調で指示を出していた。無線誘導による精密攻撃を可能にするこの兵器は
日本の技術の粋を集めたものだった。
しかし、その信頼性はまだ低く、実戦での運用は未知数だった。

整備兵たちは、手元に残された数少ない精密工具と
夜を徹しての作業で、誘導装置の回路を点検し、弾頭の固定を確認した。
彼らは、この「イ号」が、単なる爆弾ではない
「敵艦隊に致命的な打撃を与えるための精密兵器」として
その真価を発揮することを信じていた。この一発が、戦局を覆すかもしれないという
かすかな希望が彼らを突き動かしていた。

基地の片隅では、若いパイロットたちが、故郷の家族に宛てた手紙を書き終え
静かに空を見上げていた。彼らは、自らの命が限りあるものであることを知っていた。
だが、彼らが向かうのは、単なる死地ではない。祖国を守り
未来を切り拓くための、最後の戦場なのだと、彼らは信じようとしていた。

桜花のパイロットは、自らの運命を静かに受け入れていた。
彼らは、この一撃が、家族や友人の命を救うかもしれないと信じていた。
イ号の技術者は、その指先の震えを抑えながら、回路の最終チェックを行う。
この一発が、日本の技術力を世界に示す、最後の機会かもしれない。

それぞれの場所で、それぞれの役割を担う兵士たちが
最後の準備を整えていた。彼らの心には、恐怖と覚悟
そして、この「菊水作戦」が、単なる特攻作戦ではない
全力を出し尽くす最後の決戦であるという、かすかな、しかし確かな誇りが宿っていた。
沖縄の空へ、そしてその先の未来へ、彼らの最後の翼が今、まさに羽ばたこうとしていた。
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