異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ

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第一次空襲

不屈の信濃

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沖縄上空に迫る米軍第一波攻撃隊の猛攻は
その初弾から、日本の艦隊にとって最も巨大で、最も未熟な巨艦へと集中された。
それは、艦隊中央に位置する、半完成の巨大空母、信濃だった。
その威容は、米軍パイロットの目には、格好の標的として映ったに違いない。

「目標、大型空母! 集中攻撃開始!」

米海軍第58任務部隊のF6Fヘルキャット、SB2Cヘルダイバー
TBMアベンジャーの大編隊は、日本の対空砲火が届くはるか上空から
獲物を狙う鷹のように急降下を開始した。彼らの狙いは明白だった。
日本の航空戦力を完全に無力化すること。そのために
まずは艦隊で1番大きい信濃を叩き潰す。

「対空戦闘、総員配置! 撃ち方始め!」

信濃艦長・阿部俊雄大佐の怒号が、艦橋に響き渡る。
彼の表情は、迫りくる敵機編隊を見据え、固く引き締まっていた。
巨艦信濃の対空砲が、一斉に火を噴いた。
多数の九六式25mm三連装機銃が猛烈な弾幕を形成し
12.7cm高角砲が轟音を上げて砲弾を吐き出す。
しかし、未完成ゆえの対空兵装の不備と、搭乗員の練度不足は否めず
米軍機の数は、その弾幕をやすやすと突破してくるかに見えた。

「急降下爆撃機、来ます!」
「雷撃機、右舷より接近!」

次々と上がる報告に、艦橋は混乱に陥りそうになる。しかし、阿部大佐は冷静だった。

「取舵一杯! 機関、最大戦速! 回避運動!」

巨大な艦体が、阿部大佐の指示に従ってゆっくりと
しかし必死に右へと傾き始める。しかし、その巨体ゆえに、機敏な回避は望むべくもなかった。

ブゥゥゥン! ドォン!

最初の500ポンド爆弾が、信濃の飛行甲板に着弾した。
強固な装甲が施された飛行甲板は、その直撃にもかかわらず貫通は免れた。
だが、その恐るべき衝撃波は、飛行甲板を激しく揺るがし、内部に甚大な被害をもたらした。

「3番エレベーター、損傷! 作動停止! 着艦不可!」

格納庫から悲鳴のような報告が上がった。
飛行甲板の中央部に位置する3番エレベーターは
着艦した航空機を速やかに格納庫へ降ろすための重要な設備だった。
それが破壊されたことで、信濃は着艦能力を著しく制限されてしまった。
発艦は可能だが、着艦は他のエレベーターに頼るか、あるいは不可能となる。
これは、航空母艦としての機能に、致命的な打撃を意味した。

その直後、艦橋後部にさらなる衝撃が走った。

ドォォン!

別の500ポンド爆弾が、信濃の艦橋のすぐ後方
高角砲座の直上に直撃したのだ。爆煙が舞い上がり、鉄骨がねじ曲がる音が響く。

「艦橋後部、火災発生! 右舷後部高角砲2基、沈黙! 動力系やられました!」

高角砲指揮所から、焦燥した声が届く。信濃の対空火力が
早くも一部を喪失した。火災はみるみるうちに燃え広がり
応急班がホースを持って必死に消火活動に当たる。

そして、間髪入れずに、右舷側からTBMアベンジャーの編隊が低空で突入してきた。

「雷撃機! 来ます!」

阿部大佐は、歯を食いしばる。信濃の巨体は、魚雷にとっては格好の標的だ。

ヒュルルル……!

複数の魚雷が、白い航跡を残して信濃へと迫る。
魚雷回避のために、信濃は再び必死に艦体を傾ける。しかし、その動きは鈍い。

ドォォォォン!!

轟音と共に、巨大な水柱が信濃の右舷側に噴き上がった。
魚雷が命中したかのような激しい衝撃が艦体を襲い
信濃は大きく右へと傾いた。その衝撃で、阿部大佐は艦橋の手すりに体を打ち付けた。

「魚雷命中…か!?」

周囲の士官たちが息を飲む。しかし、数秒後、再び水柱が上がり
二発目、三発目と至近弾が続く。強烈な水圧が艦体を襲い
船体が大きく揺さぶられる。連続する水柱が
まるで白い幕のように信濃の巨体を覆い隠し、その姿を闇の中に消し去った。

「信濃…!」

周囲の駆逐艦や他の空母の艦橋では、その光景に誰もが息を呑んだ。
巨大な艦が、まさに今、沈みゆくかのように見えた。
大和の艦橋でも、伊藤中将の表情に、かすかな動揺が走る。
日本の最後の航空戦力の要が、早くも失われたのかと。

しかし――。

数秒後、その巨大な水柱がゆっくりと収束していくと
信じられない光景が、周囲の艦艇の目に飛び込んできた。

水柱の中から、まるで何事もなかったかのように
信濃の巨体が堂々と姿を現したのだ。わずかに傾斜はしているものの
その航行速度は落ちておらず、依然として力強く波を切り裂いていた。
艦橋後部からの黒煙は上がっていたが
艦体そのものに、致命的な浸水や大規模な火災は見られない。

「信濃、健在!」

どこからともなく、安堵の声が上がった。

この信じがたい光景は、信濃が設計段階から持ち合わせていた
桁外れの防御力の賜物だった。当初、改大和型戦艦として計画され
後に空母へと改装された信濃の飛行甲板には
当時としては破格の75mmの装甲が施されていた。
これは、米軍の大型徹甲爆弾の直撃にも耐えうるほどの堅牢さだった。
さらに、艦底や舷側にも分厚い多層防御が施されており
至近弾による衝撃や、軽度な雷撃程度では
致命的なダメージを受けない構造となっていた。

そして、何よりも、艦内の応急班の必死の奮闘があった。
爆弾が命中し、火災が発生するや否や、彼らは一斉に現場へと駆けつけ
ホースを手に、崩れ落ちる瓦礫や煙の中で消火活動に当たっていた。
浸水箇所があれば、即座に隔壁を閉鎖し、損害の拡大を防ぐ。
彼らの訓練された、そして決死の作業が、信濃の航行能力を維持させたのだ。

「火災、鎮圧中! 浸水、軽微! 航行能力、問題なし!」

信濃から艦隊司令部への報告が上がった。

「信濃、よくぞ耐えた!」

伊藤中将の声に、安堵の響きが混じる。
最初の猛攻を、信濃は耐え抜いたのだ。
3番エレベーターの損傷と一部対空砲の停止という痛手は負ったものの
その巨体は依然として戦闘航行を続け、健在であることを示した。

米軍パイロットたちは、信濃の頑丈さに驚愕した。
彼らがこれまで経験した日本の空母とは、明らかに次元が違った。

「あの大型空母、爆弾も魚雷も効かないのか!? まさにモンスターだ!」

通信機から、動揺した声が上がる。彼らは
日本の空母を簡単に沈められると考えていたが
信濃の予想外の粘り強さは、彼らの作戦に大きな狂いを生じさせた。

信濃の巨体は、煙を上げながらも
依然として力強く波を切り裂き、戦闘航行を続けていた。
それは、日本艦隊全体の士気を鼓舞し、彼らが単なる「特攻」ではない、
「勝ちうる可能性を追求する最後の戦い」に挑んでいることを
米軍に無言で突きつけているかのようだった。
しかし、これはまだ、激戦の序章に過ぎなかった。
米軍の猛攻は、これからさらに激しさを増すだろう。
信濃は、その堅牢な船体と、不屈の精神で、どこまで耐え抜けるだろうか。
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