異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ

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沖縄沖の鎮魂歌

艦隊司令部沈黙

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午前4時40分、夜明け前の漆黒の闇の中
戦艦ニューメキシコの艦橋に、衝撃が走った。
日本の巨艦大和の46cm主砲が放った1.5トンもの徹甲弾が
ニューメキシコの艦橋基部を直撃したのだ。世界最後の艦隊決戦は
日本側が先手を取る形で幕を開けた。しかし
この一撃が、米第54任務部隊にもたらしたのは、単なる損傷以上の
指揮系統の壊滅という、想像を絶する事態だった。



モートン・デヨ少将は、旗艦ニューメキシコの艦橋で
大和の六回目の斉射の弾着を固唾を飲んで見守っていた。
初弾での艦橋基部への被弾、そして日本の水雷戦隊の決死の突撃と
魚雷の脅威に、彼の胸には焦燥と苛立ちが募っていた。

「弾着……今!」

観測員の叫び声が響いた、まさにその瞬間だった。次の瞬間
ニューメキシコの艦橋に、地獄のような轟音と閃光が襲いかかった。

ドォォォォォォォォォン!!

大和の放った1.5トンもの徹甲弾は、狙い澄まされたかのように
ニューメキシコの艦橋基部に突き刺さった。装甲を貫き
内部で炸裂した徹甲弾は、艦橋構造物そのものを根こそぎ破壊した。

「直撃! 艦橋に直撃弾!」
「艦橋が……! 艦橋が崩れる!」

凄まじい爆発音と、金属が引き裂かれる耳障りな音が混じり合い
艦橋内部は一瞬にして地獄と化した。爆風が吹き荒れ、火炎が噴き上がる。

デヨ少将は、何が起こったのか理解する間もなく
激しい衝撃に襲われた。彼の身体は、爆風によって吹き飛ばされ
目の前の計器盤や壁が、まるで紙のように吹き飛んでいくのを見た。
そして、頭上から、巨大な影が迫ってくるのを感じた。
それは、崩壊した艦橋上部の構造物、鉄骨や鋼鉄の塊だった。

「提督!」

近くにいた幕僚が、デヨを庇おうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。
落下する巨大な構造物が、デヨ少将の身体を直撃し、彼を押し潰した。 
一瞬の激痛、そして、彼の意識は、永遠の闇の中へと沈んでいった。

デヨ少将の死因は、艦橋倒壊によって落下した構造物による圧死だった。 
彼は、待ち望んだ艦隊決戦の最中、初手で敵旗艦への直撃弾という
「戦果」を挙げた大和の、その砲弾によって、戦死を遂げた。


デヨ少将の戦死は、単なる一指揮官の喪失以上の
壊滅的な影響を第54任務部隊にもたらした。
彼の周囲にいた艦隊司令部の幕僚たちも、この直撃弾によって
ほぼ全滅した。 通信士官、作戦参謀、砲術士官
そして司令部の主要な士官たちのほとんどが、崩壊する艦橋に巻き込まれ
あるいは爆風と火炎によって命を落としたのだ。

「司令部が……!」
「デヨ提督が応答しない! デヨ提督!」

混乱した声が艦橋の残骸から響き渡るが
もはや指示を出す者はいなかった。第54任務部隊は
最高指揮官と、その指揮を補佐する全ての司令部機能を
一瞬にして失ったのだ。

指揮権は、艦隊の次席指揮官へと移るはずだった。
しかし、この壊滅的な状況では、その連絡すらままならない。
各艦は、旗艦からの命令を待っていたが、ニューメキシコからは
もはや意味のある命令は発せられなかった。


艦隊司令部が機能を停止したことで
第54任務部隊全体の指揮は、著しく混乱した。

その混乱は、日本の水雷戦隊が仕掛けた魚雷攻撃に対する
致命的な対応遅れとして現れた。日本の駆逐艦隊が
煙幕を焚きながら発射した九三式魚雷は
闇夜の海を白い航跡を描きながら、米艦隊へと迫っていた。

「魚雷接近! 左舷から複数!」
「回避! 全艦、取舵一杯!」

各艦は、個々の判断で魚雷回避行動に移ろうとした。
しかし、司令部からの統一された指示がないため
各艦がバラバラの回避運動を取ってしまったのだ。

「おい、そっちに行くぞ! 衝突する!」
「回避しろ! 回避しろ!」

混乱の中で、恐ろしい事態が発生した。
魚雷を回避しようとした巡洋艦戦隊の艦同士が
暗闇の中で互いの存在を認識しきれず、衝突事故を起こしてしまったのだ。

轟音と共に、鋼鉄が軋み合う凄まじい音が響き渡った。
重巡洋艦サンフランシスコと、軽巡洋艦バーミングハムが
互いの艦首と舷側を激しくぶつけ合った。衝突の衝撃で
両艦の艦橋や艦体に大きな損傷が生じ、火災が発生した。

「サンフランシスコ、バーミングハムと衝突!」
「両艦、航行不能の可能性あり!」

さらに、別の場所では、駆逐艦同士の衝突事故も発生した。
駆逐艦2隻が、魚雷を回避しようとして急旋回した際に
互いの艦首を激しくぶつけ、損傷した。

司令部の壊滅と、それに続く指揮系統の麻痺は
米艦隊の規律を乱し、戦闘能力を著しく低下させた。
敵の魚雷を回避することに成功した艦もあったが
その代償として、味方同士の衝突事故という、皮肉な結果を招いてしまったのだ。


デヨ少将の戦死と司令部の壊滅という米艦隊の混乱は
日本の第二艦隊に、決定的な優位性をもたらした。

大和からの報告が入る。
「敵旗艦、ニューメキシコ、艦橋壊滅! 火災拡大!」

伊藤長官は、その報に深く頷いた。彼らは
敵の指揮系統を寸断するという、航空戦時代には考えられなかった
「戦艦による先制攻撃」の成功を収めたのだ。

「全艦、敵戦艦部隊に集中砲火を浴びせよ! 
 水雷戦隊は、混乱に乗じて、第二射を放て!」

伊藤長官の命令は、冷静かつ的確だった
日本の第二艦隊は、米艦隊の混乱に乗じて
その猛攻をさらに激化させていった。大和の46cm主砲は
轟音を響かせ、次々と徹甲弾を撃ち込んでいく。
矢矧亡き後も、日本の駆逐隊は、その高速性能と煙幕を駆使し、
予備魚雷を装填して、米艦隊へと魚雷の雨を降らせ続けた。

夜明け前の沖縄の海は、砲撃の閃光と爆発の炎、
そして、艦艇が燃え盛る黒煙で満たされていた。デヨ少将の死は
米艦隊に、計り知れない混乱と壊滅をもたらし、
この史上最後の艦隊決戦の趨勢を、大きく日本側へと傾かせ始めていた。
しかし、米艦隊もまた、歴戦の猛者たち。
彼らは、指揮官を失いながらも、その砲火を止めることはなかった。
この死闘は、まだ始まったばかりだった。
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