異聞坊ノ岬沖海戦      此れは特攻作戦に非ず

みにみ

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終章 天の運命

爆沈

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「ヤマト爆沈!」

米艦隊の無線からは、興奮と勝利の叫びが響き渡っていた。

「やったぞ! ジャップの化け物戦艦を沈めたんだ!」
「ざまあみろ! これで奴らも終わりだ!」

多くの米兵たちは、世界最大の戦艦を撃沈したという事実に
純粋な高揚感を覚えていた。それは、長く苦しい戦いの中で
常に重圧として存在し続けた日本の象徴を打ち破った
という解放感でもあったのだ。彼らは、互いに歓声を上げ
帽子を投げ、抱き合って喜びを分かち合っていた。


しかし、アイオワ級戦隊を率いるレイモンド・A・スプルーアンス提督は
そうした歓喜とは一線を画していた。彼の表情は厳しく
沈痛な面持ちで、大和が沈んだ海域を見つめていたのである。
彼にとって、この戦いは単なる勝利以上の意味を持っていたのだ。

「静粛に!」

スプルーアンス提督の声は、艦橋の喧騒を瞬時に鎮めた。
彼の低い、しかし威厳のある声が、無線を通じて全艦に響き渡る。

「ヤマトは確かに沈んだ。だが、我々は歓声を上げるべきではない。」

提督の言葉に、多くの将兵たちは戸惑いの表情を浮かべた。
戦勝の喜びを露わにすることを許されないことに、不満を感じる者もいたのだ。
しかし、スプルーアンス提督は、彼らの反応を気にするそぶりもなく、言葉を続けた。

「彼らも私たちと同じように、国のために戦ったのだ。」

彼の言葉には、深い敬意と
戦争という行為そのものに対する複雑な感情が込められていた。

「彼らの勇敢さは、称えられるべきものであり
 決して軽んじてはならない。それを悪いようにいうのは、私が許さん。」

スプルーアンス提督の言葉は、単なる訓示ではなかった。
それは、敵兵に対する最大限の敬意と、戦争の悲劇性に対する
深い洞察を示唆するものだったのだ。彼の言葉は、米兵たちの心に
勝利の歓喜とは異なる、静かな感動と反省をもたらした。

スプルーアンス提督と、沈んだ大和の伊藤長官は
戦前、アメリカの兵学校で机を並べ、共に海軍士官としての
道を志した学友だったのだ。異なる国に生まれ
互いの国の命運をかけて戦場で相対することになった二人。
その運命の皮肉に、スプルーアンス提督は
言葉にできない感情を抱いていたに違いない。
彼は、その友の勇敢な死に、静かに敬意を表していたのである。


大和が完全に沈黙し、海面には油と残骸
そして漂流する日本の生存者たちが広がっていた。
その時、米海軍の無線に、驚くべき連絡が入った。

「日本側より、二式大艇、救助活動のため飛来中!」

日本の大型飛行艇、二式大艇が、生存者の救助のために
戦場へと向かっているという報せだった。これに対し、米軍側も直ちに反応した。

「PBY、発艦準備! 生存者救助に向かえ!」

米海軍のPBYカタリナ飛行艇が、同様に救助活動のために発進していたのだ。
それは、まさに、敵味方という垣根を越え
人間としての尊厳と命の救済を優先する
異例の、そして感動的な瞬間だった。

「二式大艇を撃つことは、絶対に許されない!」

スプルーアンス提督の明確な命令が、全艦に伝達された。
戦闘は終了し、今は人命救助が最優先事項だったのだ。
互いに激しい殺戮を繰り広げたばかりの両軍が今、同じ目的のために行動しようとしていた。

日本の二式大艇と、米国のPBYは、まるで休戦協定を結んだかのように
沖縄沖の海面に着水し、漂流する日本の生存者たちを次々と収容していった。
米艦隊の駆逐艦や巡洋艦も
救助活動に参加し、日本の兵士たちを艦に引き上げたのだ。

疲弊しきった日本の兵士たちは、最初は警戒心を抱いていたが
米兵たちの手厚い介抱に、その警戒心を解いていった。
水や食料が与えられ、負傷者は手当てを受けた。
そこには、もはや敵意はなく、ただ人間としての共感だけが存在していたのだ。
戦場という極限状況の中での、奇跡的なヒューマニズムが
この沖縄沖の海で繰り広げられていたのである。


大和の沈没と、その後の救助活動の完了を確認した後
スプルーアンス提督は、静かに撤退命令を下した。

「これ以上の戦闘は無意味だ。全艦、海域より撤退せよ。」

彼の声には、勝利の歓喜ではなく、ただ静かな
そして重い疲労が感じられた。米艦隊は、損傷した艦艇を曳航し
あるいは負傷者を収容しながら、ゆっくりと沖縄沖の海域を離れていった。
彼らは、戦勝の凱歌を上げることもなく、ただ静かに
そして重々しく、この激しい戦場を後にしたのだ。

空には、まだ黒煙がたなびき、海面には油膜が広がり
激戦の痕跡を色濃く残していた。しかし、砲声はすでに止み
航空機の轟音も聞こえない。そこには、ただ静かな波の音と、風の音だけが響いていた。

大和の轟沈は、太平洋戦争における日本の艦隊決戦能力の終焉を意味していた。
そして、米軍の静かな撤退は、彼らがこの戦いを
単なる軍事作戦としてだけでなく、歴史的な転換点として
深く認識していたことを示唆していたのだ。沖縄沖の海は
両国の多くの将兵の命を飲み込み、そして、その静かな水面の下に
二つの国の未来を暗示するかのように、深く沈んでいったのである。
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