14 / 77
第1章
第14話
しおりを挟む
近くの公園に行く。
いつものように、誰もいない。
いつものように、雪乃はブランコで体を揺らす。
いつものように、私は隣でそれを眺める。
「体は大丈夫なの?」
「分かっているでしょ。大丈夫よ」
「そう……」
雪乃はブランコを止め、私を眺める。
「な、なに?」
戸惑う私を見て、雪乃は笑う。
ブランコを降り、こちらの方へ足を進める。
そして、私の頬に触れ――私の目の奥を覗き込む。
全てを見透かされる――それは比喩などではなく、そのままの意味だ。
「――なるほど、そんな風になっていたのね。スマホに知らない名前があったから、少し気になっていたのよ」
雪乃はいつも、私の中にある記憶を覗く。
それは私の目に映った映像と――私の耳に届いた音声だけ。
私の心を読む訳ではないと言う。
過大な時間の流れを、必要な繋がりだけを紐解き、ほんの一瞬で把握する。
雪乃と私は同じ時間の流れにいない。
交わるのはほんの一瞬だけ。
この長い時の中、そう――ほんの一瞬だけ。
だけど、私は分かっている。
目の前の雪乃は――雪乃の記憶を持っただけの、別の何かだ。
そう、ちゃんと分かっている。
分かっているのに――私の心はいつも揺れ動く。
だって、雪乃のように笑って、雪乃のように言葉を吐く。
雪乃でないと言われても――
雪乃にしか見えない深雪を――深雪にしか見えない雪乃を見るたび、私の頭がおかしくなりそうになる。
彼女は――雪乃でないと思いながらも、私は彼女を雪乃として認識している。
――時々、思う。
この時間の全てが、夢なのではないだろうかと。
「――奈々?」
「な、何」
「それはこっちの台詞。何をぼーっとしているのかしら?」
「別に……そんなことないから。――メッセージ、見てないの?」
「まあ、一応はプライベートだしね」
そう言って、雪乃は笑う。
「私の記憶はプライベートじゃないとでも?」
「あら、不満?」
雪乃は私の目を覗き込む。
「……そう言う訳じゃないけど」
何だか気恥ずかしくなり、目線を外し、口元を隠した。
雪乃は笑うと、再びブランコに乗った。
「でも、面白い子ね。小春ちゃん」
私はムッとした。
「あら、嫉妬?」
「そう言う訳じゃない」
「そう? ならいいんだけど」
雪乃はニヤニヤしている。
「その笑いは止めて」
「あら、ごめんなさい」
雪乃はゆっくりとブランコを揺らす。
「それにしても、深雪の中身を愛して、外見は愛していない――か」
「別に――愛していないとは言ってない。……愛しているとも、言っていなかったと思うけど」
「でも、本当にそうなの?」
「……」
「深雪の外見に――私を重ねるのが怖いんじゃない?」
「違う――」
――お前は、雪乃じゃない。
何故か、それを言葉にできなかった。
口にしてしまえば、全てが終わってしまう気がする。
その何かが分からないのに、私はそれを――恐れている。
「だから、中身だけを愛していると――あなたは口にする」
「違う」
「あなたは本当に、深雪を愛しているの? 私にはただ、お人形を手放せない子供のようにしか見えない」
私はつい、笑ってしまった。
心が冷えていく――そんな、気がした。
「私の心は覗かないって、そう言ってなかったけ? なのに、私の何が分かるって言うのよ」
「分からないから、勝手に想像するのよ。そんなの、私の自由でしょ?」
「いい迷惑なんだけど」
私の言葉に、再び雪乃は笑う。
いらっとした。
「深雪もそう思っていると思うわよ。自分の姿に私を重ねていると」
「まさか」
私は鼻で笑う。
「深雪は、あなたが思っている以上に、鈍くはないわよ。そして、あなたが思っている以上に、子供でもない」
「私の心が分からないように、深雪の心も分からないんじゃなかったの?」
「そうよ、私が知るのはあなたと同じ目で見る深雪と、同じ耳で聞く深雪だけ」
「じゃあ、同じじゃない」
「そうね、でも――同じでありながら、同じではない。同じものを見ながら、人は皆、違う何かを見る」
「あんたの見る深雪の姿が本当だとでも?」
「さぁ、そんなの分からないわよ。私がそう思ってるだけ」
「話になんないんだけど」
私はブランコの柵に腰掛ける。
「いつまでも、子供のままで何ていられないわよ」
「……今日は何、やたら説教臭いんだけど」
「そうね、小春ちゃんのせいかしら」
「あいつの?」
「あの子が現れて、あなた達の世界が変わった」
「……」
「きっとこれからも、あなた達の世界は変わり続ける」
「……だったら、何」
「二人で一つの世界はあまりにも小さすぎる。成長とともにヒビが入ってしまうものよ。深雪がもし――その世界から飛び出したとき、あなたは本当に一人ぼっちになってしまう」
「……」
「そしてあなたは呼び止めることも出来ずに、一人で空に閉じ籠もり続ける」
「深雪が……私から離れていくと?」
「あくまで、可能性の話よ。――あなたが何もしなければ、そういう未来もあるかもしれないわね」
ブランコの揺れが止まった。
「あなたはもっと、周りに目を向けるべきなのよ。そうしたら、あなたが今――本当に求めているものが分かるかもね」
そう言って、雪乃は私を眺め続ける。
その視線に耐え切れず、私は目線を逸らす。
「そろそろ、時間のようね」
そう言って、雪乃はブランコから立ち上がる。
「それじゃあね。次はいつになるか分からないけれど」
雪乃は私に背を向けて、公園から出ていこうとする。
「待って!」
柵からお尻を離し、地面に重力をかける。
雪乃が振り返る。
私は言葉がでてこない。
何故――呼び止めてしまったのかが分からない。
だって、何の言葉も出てこないのに。
雪乃は何も言わず、ただ私を眺める。
「い、いつまで――深雪の中に居続けるつもり?」
雪乃は笑う。
「おかしなことを言うのね。そんなの、いつも言ってるじゃない」
そう――私は、知っている。
「あなたが望み続けるまでよ」
いつものように、誰もいない。
いつものように、雪乃はブランコで体を揺らす。
いつものように、私は隣でそれを眺める。
「体は大丈夫なの?」
「分かっているでしょ。大丈夫よ」
「そう……」
雪乃はブランコを止め、私を眺める。
「な、なに?」
戸惑う私を見て、雪乃は笑う。
ブランコを降り、こちらの方へ足を進める。
そして、私の頬に触れ――私の目の奥を覗き込む。
全てを見透かされる――それは比喩などではなく、そのままの意味だ。
「――なるほど、そんな風になっていたのね。スマホに知らない名前があったから、少し気になっていたのよ」
雪乃はいつも、私の中にある記憶を覗く。
それは私の目に映った映像と――私の耳に届いた音声だけ。
私の心を読む訳ではないと言う。
過大な時間の流れを、必要な繋がりだけを紐解き、ほんの一瞬で把握する。
雪乃と私は同じ時間の流れにいない。
交わるのはほんの一瞬だけ。
この長い時の中、そう――ほんの一瞬だけ。
だけど、私は分かっている。
目の前の雪乃は――雪乃の記憶を持っただけの、別の何かだ。
そう、ちゃんと分かっている。
分かっているのに――私の心はいつも揺れ動く。
だって、雪乃のように笑って、雪乃のように言葉を吐く。
雪乃でないと言われても――
雪乃にしか見えない深雪を――深雪にしか見えない雪乃を見るたび、私の頭がおかしくなりそうになる。
彼女は――雪乃でないと思いながらも、私は彼女を雪乃として認識している。
――時々、思う。
この時間の全てが、夢なのではないだろうかと。
「――奈々?」
「な、何」
「それはこっちの台詞。何をぼーっとしているのかしら?」
「別に……そんなことないから。――メッセージ、見てないの?」
「まあ、一応はプライベートだしね」
そう言って、雪乃は笑う。
「私の記憶はプライベートじゃないとでも?」
「あら、不満?」
雪乃は私の目を覗き込む。
「……そう言う訳じゃないけど」
何だか気恥ずかしくなり、目線を外し、口元を隠した。
雪乃は笑うと、再びブランコに乗った。
「でも、面白い子ね。小春ちゃん」
私はムッとした。
「あら、嫉妬?」
「そう言う訳じゃない」
「そう? ならいいんだけど」
雪乃はニヤニヤしている。
「その笑いは止めて」
「あら、ごめんなさい」
雪乃はゆっくりとブランコを揺らす。
「それにしても、深雪の中身を愛して、外見は愛していない――か」
「別に――愛していないとは言ってない。……愛しているとも、言っていなかったと思うけど」
「でも、本当にそうなの?」
「……」
「深雪の外見に――私を重ねるのが怖いんじゃない?」
「違う――」
――お前は、雪乃じゃない。
何故か、それを言葉にできなかった。
口にしてしまえば、全てが終わってしまう気がする。
その何かが分からないのに、私はそれを――恐れている。
「だから、中身だけを愛していると――あなたは口にする」
「違う」
「あなたは本当に、深雪を愛しているの? 私にはただ、お人形を手放せない子供のようにしか見えない」
私はつい、笑ってしまった。
心が冷えていく――そんな、気がした。
「私の心は覗かないって、そう言ってなかったけ? なのに、私の何が分かるって言うのよ」
「分からないから、勝手に想像するのよ。そんなの、私の自由でしょ?」
「いい迷惑なんだけど」
私の言葉に、再び雪乃は笑う。
いらっとした。
「深雪もそう思っていると思うわよ。自分の姿に私を重ねていると」
「まさか」
私は鼻で笑う。
「深雪は、あなたが思っている以上に、鈍くはないわよ。そして、あなたが思っている以上に、子供でもない」
「私の心が分からないように、深雪の心も分からないんじゃなかったの?」
「そうよ、私が知るのはあなたと同じ目で見る深雪と、同じ耳で聞く深雪だけ」
「じゃあ、同じじゃない」
「そうね、でも――同じでありながら、同じではない。同じものを見ながら、人は皆、違う何かを見る」
「あんたの見る深雪の姿が本当だとでも?」
「さぁ、そんなの分からないわよ。私がそう思ってるだけ」
「話になんないんだけど」
私はブランコの柵に腰掛ける。
「いつまでも、子供のままで何ていられないわよ」
「……今日は何、やたら説教臭いんだけど」
「そうね、小春ちゃんのせいかしら」
「あいつの?」
「あの子が現れて、あなた達の世界が変わった」
「……」
「きっとこれからも、あなた達の世界は変わり続ける」
「……だったら、何」
「二人で一つの世界はあまりにも小さすぎる。成長とともにヒビが入ってしまうものよ。深雪がもし――その世界から飛び出したとき、あなたは本当に一人ぼっちになってしまう」
「……」
「そしてあなたは呼び止めることも出来ずに、一人で空に閉じ籠もり続ける」
「深雪が……私から離れていくと?」
「あくまで、可能性の話よ。――あなたが何もしなければ、そういう未来もあるかもしれないわね」
ブランコの揺れが止まった。
「あなたはもっと、周りに目を向けるべきなのよ。そうしたら、あなたが今――本当に求めているものが分かるかもね」
そう言って、雪乃は私を眺め続ける。
その視線に耐え切れず、私は目線を逸らす。
「そろそろ、時間のようね」
そう言って、雪乃はブランコから立ち上がる。
「それじゃあね。次はいつになるか分からないけれど」
雪乃は私に背を向けて、公園から出ていこうとする。
「待って!」
柵からお尻を離し、地面に重力をかける。
雪乃が振り返る。
私は言葉がでてこない。
何故――呼び止めてしまったのかが分からない。
だって、何の言葉も出てこないのに。
雪乃は何も言わず、ただ私を眺める。
「い、いつまで――深雪の中に居続けるつもり?」
雪乃は笑う。
「おかしなことを言うのね。そんなの、いつも言ってるじゃない」
そう――私は、知っている。
「あなたが望み続けるまでよ」
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
恋してしまった、それだけのこと
雄樹
恋愛
小学3年生の女の子が、母の妹に恋をした。
星野未来(ほしのみく)は、母の妹である水瀬沙織(みなせさおり)に恋をした。
出会ったとき、未来は8歳。
沙織は20歳の大学生だった。
優しくて、少し不器用で、どこか寂しそうなその人が好きな人は、私ではなく…私の「母」だった。
一生でたったひとつの初恋。
言葉にできない想いを抱えたまま、少女は季節を重ねていく。
あなたは私の叔母で。
あなたは私と同性で。
あなたは私と12歳も歳が離れていて。
あなたが好きな人は…私じゃなくて。
それでも、この初恋を諦めることは出来なかった。
これは、ひとりの少女の、恋のはじまりと記憶の物語。
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる