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第ニ章
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突然扉が開いて倒れ込んで来たのは、二人の子供だった。
「ミア様、リロイ様」
メアリーがその子達の側に駆け寄り名前を呼ぶ。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「だ、だいじょーぶ」
「平気よ」
メアリーに助け起こされて、子どもたちはその場に立ち上がった。
フワリとした焦げ茶の髪をツインテールにした少女と、さらりと真っ直ぐなアッシュブロンドの髪をした男の子だった。
誰だと尋ねるまでもなく、ボルトレフ卿の双子の子供だろう。
「また覗きに来られたのですね」
ため息と共にメアリーが言った。
「だって、本物のお姫様に早く会いたかったんですもの」
「だからと言って、覗き見はいけません」
「ねえ、目が覚めたのね」
メアリーの苦言も意に介さず、少女の方がジゼルに向かって走ってきた。
「ミア様」
「ミア、ぼくも」
「リロイ様まで」
少年もするりとメアリーの脇を抜けて、ミアの隣に走ってきた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
挨拶されてジゼルは笑顔で返事を返した。
「わあ、とても綺麗ね」
「ほんとだ。本物のお姫様だ」
ミアはボルトレフ卿と同じ赤い瞳をしていて、リロイは深い藍色の瞳をしている。
二人は両の眼をキラキラさせてジゼルに話しかけてきた。
「あ、ありがとう。あなた達も素敵よ」
ジゼルがそう言うと、二人は互いに視線を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
「聞いてみようか」
「そうだね」
二人で何かコソコソ耳打ちしあっている。
「どうしたの?」
「あの、お聞きしてもいいですか?」
「何かしら」
「あなたが新しい私達のお母様になる人?」
「え?」
「リロイ様!」
メアリーが慌てて叫んだ。
「だって、皆が噂しているよ。お父様が綺麗な女の人を連れてきて、ご自分のお部屋に滞在させているのは、将来その人をお嫁さんにするからだって」
「お父様のお嫁さんってことは、私達のお母様だよね」
「え、こ、この部屋って、メ、メアリー?」
まさかこの部屋がボルトレフ卿の私室だと聞かされ、ジゼルは部屋中を見渡した。
「それを今申しあげようとしたのです」
「それに、何か誤解されているようですけど、私とボルトレフ卿との間にそんな噂が?」
「どうやらそのようだ」
入口から声が聞こえて、皆でそちらを見ると、ボルトレフ卿が立っていた。
後ろにはグローチャーもいる。
「お父様」
「ミア、リロイ」
子供たちが父親の元へ勢いよく走っていき、屈んだボルトレフ卿が両腕を広げて二人を受け止めた。
「こら、騒がしくしては駄目だろ。彼女は病気なんだから」
「だって」
「だってじゃない。すまない、子供たちが勝手に」
両腕で一人ずつ子供達を抱えあげ、ボルトレフ卿はジゼルの側へ歩いて来た。
二人一緒に抱き上げてかなり重いだろうに、彼は軽々と抱えあげている。
「す、すみません、あなたの部屋を占領してしまって」
ジゼルは慌ててベッドを降りようとする。
「いや、そんな。急に動いてはいけない」
「え、あ」
「王女様」
クラリと目眩に見舞われ、ベッドに手をついたジゼルにメアリーが駆け寄る。
「メアリー、ありがとう」
「まだ病み上がりなのだから無理をするな」
「そうですよ、ジゼル様」
「ジゼル様、だいじょーぶ?」
「ええ、ごめんなさい」
「謝ってばかりだな」
「すみません…あ」
また謝ってしまって、ジゼルは口を閉じた。
「ここ、あなたの部屋だったのですね」
「気にしなくていい。急だったから使える部屋がここしかなかった。俺はどこでも寝られる」
「でも…」
「病人が気を遣うな」
「そうだよ」
ミアが父親の腕から降りて、ジゼルのすぐ側に近寄ってきた。
「病人はわがままを言っていいんだよ」
「そうだよ。僕たちも病気になったら、何でもわがままきいてもらえるんだ」
リロイも下に降りてきて、ミアと同じようにベッドに頬杖をついて並ぶ。
その可愛さにジゼルは胸を撃たれた。
ジュリアンの幼い頃を思い出して、懐かしい気持ちにもなった。
「病人はまず治すことを考えろ。色々考えるのはそれからだ」
「そうですよ、ジゼル様、大将は廊下でだって何処だって寝られるから、気にしなくていいです。屋根のある所ならまだマシですから」
「廊下は大袈裟だ。今はリロイの部屋にいる」
「リロイは私と一緒だよ」
「リロイのベッドだと足がはみ出してるけど」
五歳児のベッドに横たわり、足がはみ出している姿を想像して、ジゼルはクスリと笑った。
「少し顔色は良くなったが、無理はするな」
「はい」
ジゼルは素直に頷いた。
「そろそろ引き上げよう、あまり長話は良くない。もう少し後で出直そう。ミア、リロイ」
「はいお父様」
「また来ますね、ジゼル様」
父親が伸ばした手に二人は小さな手を重ねた。
それもまた微笑ましく、ジゼルは自然と口元を綻ばせた。
「あ、あの、ボルトレフ卿」
彼らが部屋を出る前に、ジゼルはボルトレフ卿を呼び止めた。
「何か?」
彼は立ち止まり、その場で振り返った。
グローチャーが彼の手から子供達を引き取り、「先に行きますね」と連れて行った。
「あ、あの、色々とご迷惑をおかけしました」
「病気になったのは君のせいではない」
「はい、あの、卿が馬で私を運んで下さったとか、あ、ありがとう…ございます」
「俺の馬が一番速かったからだ」
「はい、あの、それで…」
ジゼルは扉の前に脚を広げて腰に手を添えて立つ彼に、何か言たそうにするが、なんと言えばいいのかと言い淀む。
「何か?」
「あの…私…熱のせいで朦朧として…その、あまり覚えていないのですが…その、何か…変なことを申しませんでしたか?」
「変なことと、とは?」
「いえ、その、うわ言のような…少々熱に浮かされて、おかしな夢を見たものですから」
「うわ言…ねぇ」
彼は顎に手を当てて考え込む。
「確かに魘されて何か言っていたように思うが、馬の蹄の音やらで内容までは聞き取れなかった」
「そ、そうですか。なら、いいのです。お引き止めして申し訳ございません」
ジゼルはそれを聞いて、明らかにほっとしていた。
「後で何か消化のいいものを届けさせる」
「ありがとうございます。何から何まで」
ジゼルが改めて頭を下げる。
「なるべく早くお部屋を引き渡します」
「部屋の用意は出来ているが、慌てる必要はない。用件はそれだけか?」
「はい、お引き止めして申し訳ございません」
「いや、構わん。では、ゆっくり休め」
ボルトレフ卿は、そう言って部屋の扉を閉めて立ち去った。
「さあ、姫様、もう少し横になってください」
「ありがとう、メアリー」
扉の前に立つボルトレフ卿の耳に、侍女とのやり取りが聞こえてきた。
「一体、何を経験していたのか」
ボソリと彼は呟いた。
彼女にはああ言ったが、耳のいい彼には断片的ではあるが、ジゼルの声は聞こえていた。
『赦して、ごめんなさい』
彼女は何度もそう言っていた。
「ミア様、リロイ様」
メアリーがその子達の側に駆け寄り名前を呼ぶ。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「だ、だいじょーぶ」
「平気よ」
メアリーに助け起こされて、子どもたちはその場に立ち上がった。
フワリとした焦げ茶の髪をツインテールにした少女と、さらりと真っ直ぐなアッシュブロンドの髪をした男の子だった。
誰だと尋ねるまでもなく、ボルトレフ卿の双子の子供だろう。
「また覗きに来られたのですね」
ため息と共にメアリーが言った。
「だって、本物のお姫様に早く会いたかったんですもの」
「だからと言って、覗き見はいけません」
「ねえ、目が覚めたのね」
メアリーの苦言も意に介さず、少女の方がジゼルに向かって走ってきた。
「ミア様」
「ミア、ぼくも」
「リロイ様まで」
少年もするりとメアリーの脇を抜けて、ミアの隣に走ってきた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
挨拶されてジゼルは笑顔で返事を返した。
「わあ、とても綺麗ね」
「ほんとだ。本物のお姫様だ」
ミアはボルトレフ卿と同じ赤い瞳をしていて、リロイは深い藍色の瞳をしている。
二人は両の眼をキラキラさせてジゼルに話しかけてきた。
「あ、ありがとう。あなた達も素敵よ」
ジゼルがそう言うと、二人は互いに視線を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
「聞いてみようか」
「そうだね」
二人で何かコソコソ耳打ちしあっている。
「どうしたの?」
「あの、お聞きしてもいいですか?」
「何かしら」
「あなたが新しい私達のお母様になる人?」
「え?」
「リロイ様!」
メアリーが慌てて叫んだ。
「だって、皆が噂しているよ。お父様が綺麗な女の人を連れてきて、ご自分のお部屋に滞在させているのは、将来その人をお嫁さんにするからだって」
「お父様のお嫁さんってことは、私達のお母様だよね」
「え、こ、この部屋って、メ、メアリー?」
まさかこの部屋がボルトレフ卿の私室だと聞かされ、ジゼルは部屋中を見渡した。
「それを今申しあげようとしたのです」
「それに、何か誤解されているようですけど、私とボルトレフ卿との間にそんな噂が?」
「どうやらそのようだ」
入口から声が聞こえて、皆でそちらを見ると、ボルトレフ卿が立っていた。
後ろにはグローチャーもいる。
「お父様」
「ミア、リロイ」
子供たちが父親の元へ勢いよく走っていき、屈んだボルトレフ卿が両腕を広げて二人を受け止めた。
「こら、騒がしくしては駄目だろ。彼女は病気なんだから」
「だって」
「だってじゃない。すまない、子供たちが勝手に」
両腕で一人ずつ子供達を抱えあげ、ボルトレフ卿はジゼルの側へ歩いて来た。
二人一緒に抱き上げてかなり重いだろうに、彼は軽々と抱えあげている。
「す、すみません、あなたの部屋を占領してしまって」
ジゼルは慌ててベッドを降りようとする。
「いや、そんな。急に動いてはいけない」
「え、あ」
「王女様」
クラリと目眩に見舞われ、ベッドに手をついたジゼルにメアリーが駆け寄る。
「メアリー、ありがとう」
「まだ病み上がりなのだから無理をするな」
「そうですよ、ジゼル様」
「ジゼル様、だいじょーぶ?」
「ええ、ごめんなさい」
「謝ってばかりだな」
「すみません…あ」
また謝ってしまって、ジゼルは口を閉じた。
「ここ、あなたの部屋だったのですね」
「気にしなくていい。急だったから使える部屋がここしかなかった。俺はどこでも寝られる」
「でも…」
「病人が気を遣うな」
「そうだよ」
ミアが父親の腕から降りて、ジゼルのすぐ側に近寄ってきた。
「病人はわがままを言っていいんだよ」
「そうだよ。僕たちも病気になったら、何でもわがままきいてもらえるんだ」
リロイも下に降りてきて、ミアと同じようにベッドに頬杖をついて並ぶ。
その可愛さにジゼルは胸を撃たれた。
ジュリアンの幼い頃を思い出して、懐かしい気持ちにもなった。
「病人はまず治すことを考えろ。色々考えるのはそれからだ」
「そうですよ、ジゼル様、大将は廊下でだって何処だって寝られるから、気にしなくていいです。屋根のある所ならまだマシですから」
「廊下は大袈裟だ。今はリロイの部屋にいる」
「リロイは私と一緒だよ」
「リロイのベッドだと足がはみ出してるけど」
五歳児のベッドに横たわり、足がはみ出している姿を想像して、ジゼルはクスリと笑った。
「少し顔色は良くなったが、無理はするな」
「はい」
ジゼルは素直に頷いた。
「そろそろ引き上げよう、あまり長話は良くない。もう少し後で出直そう。ミア、リロイ」
「はいお父様」
「また来ますね、ジゼル様」
父親が伸ばした手に二人は小さな手を重ねた。
それもまた微笑ましく、ジゼルは自然と口元を綻ばせた。
「あ、あの、ボルトレフ卿」
彼らが部屋を出る前に、ジゼルはボルトレフ卿を呼び止めた。
「何か?」
彼は立ち止まり、その場で振り返った。
グローチャーが彼の手から子供達を引き取り、「先に行きますね」と連れて行った。
「あ、あの、色々とご迷惑をおかけしました」
「病気になったのは君のせいではない」
「はい、あの、卿が馬で私を運んで下さったとか、あ、ありがとう…ございます」
「俺の馬が一番速かったからだ」
「はい、あの、それで…」
ジゼルは扉の前に脚を広げて腰に手を添えて立つ彼に、何か言たそうにするが、なんと言えばいいのかと言い淀む。
「何か?」
「あの…私…熱のせいで朦朧として…その、あまり覚えていないのですが…その、何か…変なことを申しませんでしたか?」
「変なことと、とは?」
「いえ、その、うわ言のような…少々熱に浮かされて、おかしな夢を見たものですから」
「うわ言…ねぇ」
彼は顎に手を当てて考え込む。
「確かに魘されて何か言っていたように思うが、馬の蹄の音やらで内容までは聞き取れなかった」
「そ、そうですか。なら、いいのです。お引き止めして申し訳ございません」
ジゼルはそれを聞いて、明らかにほっとしていた。
「後で何か消化のいいものを届けさせる」
「ありがとうございます。何から何まで」
ジゼルが改めて頭を下げる。
「なるべく早くお部屋を引き渡します」
「部屋の用意は出来ているが、慌てる必要はない。用件はそれだけか?」
「はい、お引き止めして申し訳ございません」
「いや、構わん。では、ゆっくり休め」
ボルトレフ卿は、そう言って部屋の扉を閉めて立ち去った。
「さあ、姫様、もう少し横になってください」
「ありがとう、メアリー」
扉の前に立つボルトレフ卿の耳に、侍女とのやり取りが聞こえてきた。
「一体、何を経験していたのか」
ボソリと彼は呟いた。
彼女にはああ言ったが、耳のいい彼には断片的ではあるが、ジゼルの声は聞こえていた。
『赦して、ごめんなさい』
彼女は何度もそう言っていた。
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