83 / 102
第九章
4
しおりを挟む
「あんなどこの馬の骨ともわからない男に惑わされるなど、どうかしている。奴の評判を知っているか、野蛮な輩どもを束ねて一国の王のように振る舞っている勘違い野郎だ」
ドミニコはユリウスを口汚く罵る。
反論したい気持ちを、ジゼルはぐっと堪えた。ここで逆らおうものなら、彼の怒りをさらに煽ることはわかっていた。彼の怒りの沸点は低い。我を忘れた時の激情ぶりを、ジゼルは何度も目にし、身をもってその激しさを知っている。
「まあまあ大公閣下、そのように激昂なさらないで。王女様が怯えておりますよ」
名も知らない男がドミニコの肩を叩いて、彼を宥める。取り敢えず罵ることは止めたようだ。しかし、まだ怒りは収まらないのかぶつぶつと何か文句を言い続けていた。
「とにかく、いつまでもここにいても仕方がありません。早くバレッシオに」
「そ、そうだな。ほら、ジゼル」
「やめて」
腕を乱暴に引っ張られ、ジゼルは抵抗する。
「大人しくした方が身のためですよ、王女様。あなた如きここから運ぶのはいくらでも方法があります。ですが、乱暴なことはしたくありません」
無理矢理にでもここから引きずり出す方法はあると、男はジゼルを脅しているのだ。
あれほど慕っていた母親でさえ、ドミニコは簡単に見捨てた。しかし彼もいつ豹変するかわからない。
それでも、大人しく従うのは、自分がドミニコとバレッシオに行くことを了承したことになる。
「さあ、ジゼル」
ドミニコが再び手を差し出したが、その手をジゼルは取ることなく自ら立ち上がった。
「ジゼル?」
「勘違いしないでください。あなたは簡単に戻れると思っているのでしょうけど、それは無理です」
ジゼルは震える自分の手を自ら掴んで、震えを止める。そして真っ直ぐにドミニコを見据えた。
「あなたと私は最初から掛け違っていました。途中で掛け直す機会はあったかも知れないのに、お互いにそれをしなかった。いつまで経っても噛み合わない。離縁は残念なことですが、それでお互い新しい道を進むことが出来たのです。そう思って、諦めていただけませんか」
「諦める? 諦めるだと?」
ジゼルからそんなことを言われるとは思わず、ドミニコは目を見開いた。
「そうです。ここであったことは、私は誰にも言いません。ですから」
「甘いな。王女様」
それを遮ったのは、素性を知らない男だった。
「勘違いしているようだが、俺はあんたたち夫婦の仲を取り持つためにこんなことをやっているのではないんですよ」
「あんた達だと、お前、誰に物を言っている」
「実のないお坊ちゃま大公。我が儘で無能で、母親のスカートの陰に隠れて、偉そうな態度だけは一人前のあんただ」
「何だと!?」
ドミニコは男に食って掛かり、胸ぐらを掴んだ。
しかし男は動じない。
「手を取り合う条件として、あんたが王女様を連れてこいと言った。だからこちらも協力しただけです。拗れた男女間の関係改善まで求められても困りますよ」
「無礼だぞ、貴様」
「無礼で結構、もとよりあんたは俺の主君ではない。あんたは俺たちの目的を達成するために必要な駒に過ぎない」
「何だと!?」
「いい加減、その短気を改めた方がいいですよ。そのせいで王女様にも嫌われて愛想を尽かされているんですから。まあ、男の俺から見ても、ボルトレフの総領とあんたでは格が違うのは一目瞭然だ」
男はちらりとジゼルに視線を向ける。
「何も難しいことは無い。王女様はバレッシオ大公と共にバレッシオ公国に行く。そしてそのまま二人で暮らせば良い。後は我が国とバレッシオ公国が手を結びボルトレフを倒してエレトリカ王国を侵略する。それで終わりだ」
パチンと男が指を鳴らすと、外からバンと大きな音を立てて扉が開いた。武装した屈強な男が三人入ってくる。
「少々時間を取り過ぎた。丁重にお二人をお連れしろ。王女様は暴れるかもしれない。一応縛っておけ」
「はっ」
「やめて、離して!」
藻掻いたが三対一で適う筈もなく、ジゼルは上半身を縄で縛られ、足首も布を巻かれた。
そしてそのまま一人の男に肩に担ぎ上げられた。
「離して、やめて」
外に出ると、大勢武装した男達が待ち構えていた。いつの間にか日は傾き、松明の火が長い影を地面に落としていた。担ぎ上げた男の肩の上で、縛られた手足で何とか降りようと藻掻く。
「ジゼル、大人しくしろ」
「やれやれとんだお転婆王女様だ。聞いていた話と違いますね、大公」
「どうしたというのだ、君らしくない」
「いいえ、これが私の本当の姿です」
首を巡らせてジゼルはドミニコに叫んだ。
「バレッシオでの私は、あなたと、テレーゼ様がそうあるべきだと作り上げたもので、本当の私ではありません」
「ジゼル、いい加減にしろ」
「何をしている!」
叱責するドミニコの声に被って、空気を震わせるような野太い声が響き渡った。
ドミニコはユリウスを口汚く罵る。
反論したい気持ちを、ジゼルはぐっと堪えた。ここで逆らおうものなら、彼の怒りをさらに煽ることはわかっていた。彼の怒りの沸点は低い。我を忘れた時の激情ぶりを、ジゼルは何度も目にし、身をもってその激しさを知っている。
「まあまあ大公閣下、そのように激昂なさらないで。王女様が怯えておりますよ」
名も知らない男がドミニコの肩を叩いて、彼を宥める。取り敢えず罵ることは止めたようだ。しかし、まだ怒りは収まらないのかぶつぶつと何か文句を言い続けていた。
「とにかく、いつまでもここにいても仕方がありません。早くバレッシオに」
「そ、そうだな。ほら、ジゼル」
「やめて」
腕を乱暴に引っ張られ、ジゼルは抵抗する。
「大人しくした方が身のためですよ、王女様。あなた如きここから運ぶのはいくらでも方法があります。ですが、乱暴なことはしたくありません」
無理矢理にでもここから引きずり出す方法はあると、男はジゼルを脅しているのだ。
あれほど慕っていた母親でさえ、ドミニコは簡単に見捨てた。しかし彼もいつ豹変するかわからない。
それでも、大人しく従うのは、自分がドミニコとバレッシオに行くことを了承したことになる。
「さあ、ジゼル」
ドミニコが再び手を差し出したが、その手をジゼルは取ることなく自ら立ち上がった。
「ジゼル?」
「勘違いしないでください。あなたは簡単に戻れると思っているのでしょうけど、それは無理です」
ジゼルは震える自分の手を自ら掴んで、震えを止める。そして真っ直ぐにドミニコを見据えた。
「あなたと私は最初から掛け違っていました。途中で掛け直す機会はあったかも知れないのに、お互いにそれをしなかった。いつまで経っても噛み合わない。離縁は残念なことですが、それでお互い新しい道を進むことが出来たのです。そう思って、諦めていただけませんか」
「諦める? 諦めるだと?」
ジゼルからそんなことを言われるとは思わず、ドミニコは目を見開いた。
「そうです。ここであったことは、私は誰にも言いません。ですから」
「甘いな。王女様」
それを遮ったのは、素性を知らない男だった。
「勘違いしているようだが、俺はあんたたち夫婦の仲を取り持つためにこんなことをやっているのではないんですよ」
「あんた達だと、お前、誰に物を言っている」
「実のないお坊ちゃま大公。我が儘で無能で、母親のスカートの陰に隠れて、偉そうな態度だけは一人前のあんただ」
「何だと!?」
ドミニコは男に食って掛かり、胸ぐらを掴んだ。
しかし男は動じない。
「手を取り合う条件として、あんたが王女様を連れてこいと言った。だからこちらも協力しただけです。拗れた男女間の関係改善まで求められても困りますよ」
「無礼だぞ、貴様」
「無礼で結構、もとよりあんたは俺の主君ではない。あんたは俺たちの目的を達成するために必要な駒に過ぎない」
「何だと!?」
「いい加減、その短気を改めた方がいいですよ。そのせいで王女様にも嫌われて愛想を尽かされているんですから。まあ、男の俺から見ても、ボルトレフの総領とあんたでは格が違うのは一目瞭然だ」
男はちらりとジゼルに視線を向ける。
「何も難しいことは無い。王女様はバレッシオ大公と共にバレッシオ公国に行く。そしてそのまま二人で暮らせば良い。後は我が国とバレッシオ公国が手を結びボルトレフを倒してエレトリカ王国を侵略する。それで終わりだ」
パチンと男が指を鳴らすと、外からバンと大きな音を立てて扉が開いた。武装した屈強な男が三人入ってくる。
「少々時間を取り過ぎた。丁重にお二人をお連れしろ。王女様は暴れるかもしれない。一応縛っておけ」
「はっ」
「やめて、離して!」
藻掻いたが三対一で適う筈もなく、ジゼルは上半身を縄で縛られ、足首も布を巻かれた。
そしてそのまま一人の男に肩に担ぎ上げられた。
「離して、やめて」
外に出ると、大勢武装した男達が待ち構えていた。いつの間にか日は傾き、松明の火が長い影を地面に落としていた。担ぎ上げた男の肩の上で、縛られた手足で何とか降りようと藻掻く。
「ジゼル、大人しくしろ」
「やれやれとんだお転婆王女様だ。聞いていた話と違いますね、大公」
「どうしたというのだ、君らしくない」
「いいえ、これが私の本当の姿です」
首を巡らせてジゼルはドミニコに叫んだ。
「バレッシオでの私は、あなたと、テレーゼ様がそうあるべきだと作り上げたもので、本当の私ではありません」
「ジゼル、いい加減にしろ」
「何をしている!」
叱責するドミニコの声に被って、空気を震わせるような野太い声が響き渡った。
49
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる