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しおりを挟む湊がメッセージを送信してスマホの画面を閉じたタイミングで、神崎がトレーにコーヒーを二つ載せて戻ってきた。
「お待たせ。こんなにゆっくり出来るんならちゃんとしたカフェに行けばよかったのに」
大学構内にあるカフェテリアは十分立派なものだが、神崎にとっては少し不満なようだ。今日は学校の中で『偶然』神崎と会い、カフェでも行かないかと誘われた。一年しか取らない必修講義が終わって、その教室を出た瞬間に声を掛けられたので、きっと意図的に待っていたのだろう。それが分かってしまったら、なんだか断わることも出来なくて湊は、『学内なら』とここまで付いてきた。
「でも、この後神崎さん、サークルの予定あるんですよね? だったらここの方が都合いいじゃないですか」
「でも四講目休講になったことをもっと早く知ってたらどこかに連れてったのに」
湊の隣に座った神崎がコーヒーをすすりながら子供みたいに唇を尖らせる。
「そんな気遣わなくてもいいですよ。それに、おれも休講知ったの、昼の後だったし」
水野と昼食を摂った後、教授からメールが来てそこで知ったのだ。だったら三講目終わったら帰ろうかな、と思っていたところに神崎と会って今に至る。
「謙虚だな、湊くんは」
神崎は柔らかい笑顔で湊を見やる。その視線に湊は手元に視線を移した。確かに神崎と会った時は、この人なら聡祐を忘れさせてくれるかもと思った。けれど、聡祐との距離が縮まるにつれ、聡祐への気持ちは諦めきれないものへと変化してしまった。そうなってしまっては、こういう優しさも申し訳ない気分になってしまって、上手く受け止められない。
「今度、休みの日にでもどこか行こうか、湊くん」
「どこかって……」
「どこでもいいよ。僕の部屋にもいつかおいで」
ふふ、と笑いながら神崎が言う。湊は、部屋って、と怪訝な顔を向ける。そういえば初めて会った時もそんなことを言っていた気がする。
「身の危険を感じるので行きません」
湊が神崎から距離を取るように身を引くと、神崎が可笑しそうに笑った。
「まあ、そうしたい願望はあるけど、でもそれだけが目的じゃないよ。湊くんとゆっくり過ごせるのはやっぱりどっちかの部屋でしょ」
「確かにそうですが……」
二人だけの空間が一番ゆっくり過ごせるというのは、多分親しい間柄の者同士なのではないかと思いながらも湊は曖昧に頷く。神崎はきっと自分とそういう関係になりたいのだろうということはわかっていたから否定も出来ない。けれど、湊は神崎と二人になりたいとは思わなかった。
あれから聡祐とは毎日互いに時間を合わせ、一緒に夕飯を食べている。あの時は緊張で味なんかわからなかったけれど、段々と落ち着いて過ごせるようになった。そして、日を重ねる毎にその時間が何より大切なものになっていった。
ゆっくりと話す今日の出来事も、湊が作った夕飯を美味しそうに頬張りながら湊の話に相槌を打ってくれる様子も、全部が幸せだ。
聡祐が自分と夕飯を食べたいと思ってくれているうちは、自分からそれを手放す気はなかった。
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