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しおりを挟む悠隆が帰った後、狭いクローゼットの奥に銀色の鎧と重たい剣を押し込めて隠した心都は、隣で少し名残惜しそうにしているアイゼルに向かって口を開いた。
「これは外に出せないものだから。現代日本でこんなの持ち歩いてたら捕まるんだよ」
「しかし、剣は騎士にとって大事なもので……」
「分かるけど、ここにあるだけでもヤバいの。我慢して」
心都はクローゼットの扉を閉めてアイゼルを見上げた。なんだかすごく悲しそうな顔をするので、こちらが苛めているような気分になるが、こればかりは仕方ない。心都だってこんなことで警察のお世話にはなりたくない。
「……分かった。心都の意に反することはしない」
さっき心都が言った言葉をちゃんと理解しているらしい。心都はそんなアイゼルを見て微笑んだ。
「偉いよ、アイゼル」
大型犬を彷彿とさせるアイゼルに、つい手が伸びてしまうが心都はそれを咄嗟に引き戻してアイゼルを見やった。鎧の下には綿のシャツとパンツを身に着けていたが、少し薄汚れている。悠隆と異世界から来たというのが本当なら、多少苦労もしてここに来たのだろう。まずは風呂だな、と思い、心都は再びクローゼットの扉を開けた。
「僕のサイズだと少し小さいかもしれないけど、我慢して着て」
自分の服でも大きめなものを見繕いアイゼルに手渡す。アイゼルはよく分らずにそれを受け取ったようで、少し首を傾げていた。
「アイゼルがいたところの習慣は分らないけど、僕は夜に毎日風呂に入るんだよ。だから、アイゼルもそうして。で、それ着替え。今着てるものは洗っておくから」
心都はそのまま部屋を出て、小さなキッチンの奥にある洗面所へと歩いた。その奥に小さな風呂場がある。
「掃除はしてあるから、お湯を溜めて適当に使ってよ」
心都が言いながら振り返ると、アイゼルは心都の後ろでやっぱり首を傾げていた。言葉が分からなかったかと思い、もう一度説明しようと口を開く。
「風呂、わかる?」
「分かる。が、その、使い方は全く分らない」
「あー……そっか。じゃあ、一緒に入るか。使いながら教えるよ」
きっとこちらとは文化も、もしかしたら文明すらも違う世界なのかもしれない。初見で分かるようなものではなかったのだろう。だったら一緒に実際に使った方が早いと思い、心都は自身のシャツのボタンに手を掛けた。
「一緒、は無理!」
その様子を黙って見ていたアイゼルだったが、突然そんなふうに叫んで、心都がそれに驚き、振り返る。見上げたアイゼルの顔は真っ赤に染まっていた。
「無理、か?」
「まだ……心都の裸は、刺激が強い、から……」
そういえばアイゼルは自分にプロポーズしていたのだったと思い出し、心都は開けたボタンを閉めた。
「そっか……だったら、僕は服を着たまま手伝うよ。先に入ってお湯溜めておくから、服脱いだらおいで」
先に風呂場へと入り、壁のスイッチに触れてお湯を溜める。
短い間に色んな情報が入ってきて、正直心都は頭の中の整理が出来ていなかった。
悠隆が以前と変わらない姿で帰ってきたこと、アイゼルを連れてきたこと、嘘か本当か分らない異世界の話、これからアイゼルと暮らすことになってしまったこと――その中に、アイゼルが心都に好意を寄せていることは埋もれてしまっていた。
普通に考えたら好きな相手といきなり一緒にお風呂は恥ずかしいか、と思ってアイゼルの行動に納得していると、後ろのドアが開き、アイゼルがそっと入ってきた。自分の裸を見られることも恥ずかしいのだろう。下着は付けたままだった。ただ、見えるところの筋肉はしっかりとしていて、腹筋もしっかり割れている。なんだか彫刻のようなそれに少しドキドキしてしまいながら、心都はアイゼルから視線を外し、風呂の中の説明をした。
「一人で洗うのも大変だろうから、今日は僕が洗ってやるよ。ちゃんと覚えてよ」
アイゼルを狭い洗い場に座らせて、心都がその後ろに立つ。目の前の鏡にはアイゼルの少し困ったような顔が映っていた。
「何か不安?」
アイゼルの髪をシャワーで濡らし、心都がシャンプーを始める。アイゼルの髪は見た目よりも柔らかで、昔飼っていたゴールデンレトリバーを思い出してしまった。
「心都がいるから、不安はない。ただ、今はとてもドキドキしている」
悠隆と一緒だったとはいえ、こんな知らない世界に放り出されて緊張するのは分かる。心都が反対の立場だったら、こんなに冷静ではいられないだろう。
「大丈夫だから、リラックスしてよ。人に髪洗ってもらうと気持ちよくない?」
少しでもアイゼルがほっとしてくれたらいいと思いながら心都が聞くと、アイゼルは、気持ちいい、とぽつりと呟いて少し下を向いた。
その言葉は難しかったのかな、なんて思い、心都がシャワーでアイゼルの髪の泡を流し始める。アイゼルはまだ黙ったままで、なんだか気まずくて心都は、えっと、と言葉を探した。
「難しい言葉とかは、聞き流してもいいし、意味を聞いてくれたら教えるから」
心都がアイゼルの髪に触れると、アイゼルが突然振り返った。驚いてシャワーを離してしまい、その水流がこちらへと向かってくる。
「うわっ、ちょっと、アイゼル、いきなり動かないでよ。もー、こっちまで濡れたし」
すぐにシャワーは止めたものの、心都のシャツは濡れて肌に貼りついていて、これでは心都の服も洗濯しなくてはならない。
「心都、ごめん!」
アイゼルが慌ててしゃがみ込む。その様子に、大丈夫、と笑顔を向けようして、心都は慌てて視線を逸らした。アイゼルの中心が下着の布を押し上げているのが見えてしまったのだ。
「こっちこそ、なんか、ごめん……あと、なんとか一人でして?」
心都が立ち上がり、そのまま風呂の外へ出てドアを閉める。その場にしゃがみ込むと、ドアの向こうから、ごめん、とアイゼルの声が聞こえた。
「『気持ちいい』の意味を聞きたいだけだったんだ。それで、心都を見たら、シャツが透けて、肌が見えて……恥ずかしいところを見せてごめん」
「う、ううん。てか、男ならなんかこう、よくわかんない時にそうなることあるよね。気にしてないから、ゆっくりしてきて」
アイゼルの言葉の意味を多くは聞かず、心都はタオルを手に取って洗面所を出て、部屋の床に座り込んだ。
「……僕の姿を見て興奮してたって、こと?」
アイゼルの『結婚』というあの言葉は、もしかしたら大袈裟でもなんでもなく、本当に心都に恋をしているのかもしれない――そう思うと、心都は困惑して大きなため息を吐いた。
「そんな人と暮らすの? 僕……」
今更ながら安易に引き受けてしまったことに心都は少し後悔していた。
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