幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian

文字の大きさ
14 / 24

14.この気持ちはなに?

しおりを挟む
「そんなに端にいたら落ちてしまう。さ、もっとこちらへおいで、アイリス」

ランプの灯りだけが揺れる、仄暗い宿の一室。ルシフェルに甘く囁かれ、アイリスの鼓動は一瞬で跳ね上がった。

(困る、困るわ……そんな魅惑的なお顔でおっしゃらないで)

「そんなに嫌なのかい?それなら、やっぱり僕が床に寝るしかないね」

「そんな……」

王族を床に寝かせるなんて、できるわけがない。しかたなく、身体を寝台の中心へずらそうとしたアイリスは、その途端に抱き寄せられてしまった。

「っ?!?!っっ?!」

(なっ、何なの、この状況?!)

「こうでもしないと、君は逃げてしまうだろう?」

「でっ、ですが」

「心配しないで、君が困るようなことはしないから」

ルシフェルの腕は思いのほか力強く、もがくほど密着してしまう。いけないと思うのに、この逞しい腕に抱かれていると思うと身体が勝手に熱くなって、アイリスはどうしていいかわからなくなった。

(どっ、どうしてこんなことになったの?!私はただ、雨宿りをしようとしただけなのに)





ーー話は数刻前に遡る。

この日二人は、王都から離れたとある小さな街にいた。ルシフェルは視察だと言ったが、引きこもりがちな自分を気遣って連れ出してくれたのだと、アイリスはわかっている。言葉に出さない彼の優しさが嬉しかった。

アイリスが王宮に滞在してから半年。

毎日ルシフェルは時間を見つけては彼女のもとに通い、民や国のこと、いつか訪れてみたい遠い国のこと、たくさんのことを語り合った。彼の話に聞き入り、共感し、ときには自分の意見を控えめに語るアイリスに、ますます惹かれてしまう。

(君が豪華なドレスや宝石を望む人なら、いくらでも捧げるのにね…)

ルシフェルにしてみれば今日のことは、私利私欲のないアイリスを喜ばせたくて、懸命に考えたプランなのだ。

「あの綺麗な青色の飲み物は、蝶羽茶といってね。ここらの特産品なんだ」

「この菓子屋は焼き菓子が美味しいよ。一つ買ってみよう」

彼が何か紹介するたび、目を輝かせて微笑むアイリスがかわいくて、この街ごと買い取ってしまいたくなるルシフェルだった。


そして、雰囲気のいいカフェでお茶を楽しんでいたのだが、他愛もないことを語り合っているうちに、気がつけば夕刻になっていた。

なんだか、帰りたくない……そう思って、アイリスは困惑した。ルシフェルと過ごす時間が終わることに、寂しさを感じている自分に気付いたのだ。

(この人は、こんなに美しかったかしら……)

満足げに街を眺めるルシフェルの横顔が、なんだか眩しい。と、ふいにルシフェルがこちらを向いた。その瞬間、アイリスは彼と目を合わせるのが、急に怖くなった。鼓動が早くなり、顔が火照る。

これは、よくない。今までこんなことなかったのに……。


「あっ、そ、そろそろ帰りましょう!」

「アイリス?」

アイリスらしくもなく、慌てて立ち上がる。おそらく耳まで真っ赤になっている顔など、とても見せられない。店員にお代を手渡し、振り向きもせずドアを開けたアイリスだったが、外に飛び出すことはできなかった。

「…!」

「参ったな、まさか豪雨とは」

外はいつの間にか激しい雨になっていた。カフェでしばらく待ったが降り止む気配はなく、その間に辺りはすっかり暗くなってしまった。

いっときだけでも、と宿を探したが、あいにくどの宿も満室。町外れまで来て、ようやく小さな宿にたどり着いたのだが。

「一部屋しか空いてない……しかも一人部屋?」

「すみませんねえ。もともと小さな宿なんですけど、他の部屋は改装中なんですよ。この前の大雨で雨漏りがひどくって」

(どうしよう。でも殿下をこれ以上、雨の中歩かせるわけには……)

(こ、これは天が与えたもうたチャンスだ!)

そして結局ふたり同じ部屋に泊まることになり、冒頭のとおりとなったのだった。



「でっ、で、殿下、ここまでなさらなくても」

「ここまでって、何が?」

「で、ですから、こんなにきつく……」

抱かなくても、という響きが恥ずかしくて、口籠るアイリス。少女のように恥じらう彼女が可愛くて、ルシフェルはつい意地悪をしたくなってしまう。

「そんなこと言って、煽ってる?」

「なっ……!」

アイリスの鼓動が、またもや一気に跳ね上がる。それでなくても、シャツ越しに伝わるルシフェルの逞しさと、汗と香水の入り混じった男の匂いに、目眩を起こしそうになっているというのに。

(まずい)

ルシフェルはルシフェルで、自業自得とはいえ理性が崩壊寸前になっていた。

(アイリスの熱、アイリスの柔らかな肌、アイリスの甘い匂い……)

何もかも投げ打って、激情のまま彼女の全てを己で満たしたい。何度も本能に支配されそうになりながら、それでも耐えていた。何より大切な人を傷つけることは、自分であっても許せない。

「すまなかった。ちょっとからかっただけなんだ」

「……ひどいですわ」

「はは、ごめん。もうしないから」

その後しばらくの間、ルシフェルは優しくアイリスを抱いたまま、幼い頃の思い出話を語っていたのだが、やがてスヤスヤと寝息を立て始める。

(呆れた……眠ってしまうなんて)

少しがっかりした自分に気づいて、アイリスは複雑な気分になる。今日は本当に、困惑するしかないような気持ちにばかり、気づいてしまう日だ。

(でも、心地いいわ……)

ルシフェルの体から伝わる熱は温かい。こんなに安らかな気分になったのは、本当に久しぶりだ。規則的な寝息に眠気を誘われ、やがてアイリスもまどろみの中に落ちて行くのだった。



「……眠れるわけがないだろう」

アイリスの寝息を感じながら、ルシフェルは目を開けた。恋焦がれた女と寝台の中、平気で眠れる男がいるなら会わせてほしいものだ。

今夜は一睡もできないな、と心の中でため息をつく。アイリスのためなら、その苦しみさえも愛しいと思うけれど。


その時だった。

(足音…それに金属音?)

ルシフェルの耳が、微かな…音とも言えないようほど微かな違和感を、窓の外に捉えたのだった。

(向かいの建物の影にひとり、反対側にもひとり……他にも)
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

「無理をするな」と言うだけで何もしなかったあなたへ。今の私は、大公家の公子に大切にされています

葵 すみれ
恋愛
「無理をするな」と言いながら、仕事も責任も全部私に押しつけてきた婚約者。 倒れた私にかけたのは、労りではなく「失望した」の一言でした。 実家からも見限られ、すべてを失った私を拾い上げてくれたのは、黙って手を差し伸べてくれた、黒髪の騎士── 実は、大公家の第三公子でした。 もう言葉だけの優しさはいりません。 私は今、本当に無理をしなくていい場所で、大切にされています。 ※他サイトにも掲載しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

幼馴染を溺愛する婚約者を懇切丁寧に説得してみた。

ましろ
恋愛
この度、婚約が決まりました。 100%政略。一度もお会いしたことはございませんが、社交界ではチラホラと噂有りの難物でございます。 曰く、幼馴染を溺愛しているとか。 それならばそのお二人で結婚したらいいのに、とは思いますが、決まったものは仕方がありません。 さて、どうしましょうか? ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」

佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」 アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。 「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」 アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。 気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

処理中です...